38.聖獣は食べ物の誘惑に弱い
「「は?」」
リアムとシフェルが同時に聞き返す。蒼い瞳が零れそうなほど見開かれてるが、リアムは本当に美人さんだと見惚れているオレに、シフェルが詰め寄った。
「今頃何を言ってるんです。というか、先日はどうしたんですか?」
「え……、しばらくしたら消えてた? たぶん」
頭を抱えて溜め息をつくシフェルを慰めるように、ぽんとリアムがシフェルの背を叩いた。なんだろう、オレがすごい問題児みたいに扱われてないか?
この世界で赤瞳は生まれたときに分かるから、きっと子供の頃に訓練するんだと思う。だが突然12歳の外見で放り出されたオレは異世界の知識しかない。赤瞳の制御を知ってるわけなかった。
だから、本当の基礎の基礎から教えてもらわないと。それこそ幼児に教える常識からスタートしてもらいたいものだ。年齢相応の教育より重要だと思うぞ。事実、現場が困ってるわけだし。
「常識がないのを忘れていました」
何度も言われた言葉を繰り返され、シフェルはやっと顔を上げる。相変わらず無駄に整った顔だ。今度は左頬に傷をつけてやりたくなる。右頬を打たれたら左頬を差し出せ、だっけ。オレはそんなドMな性質じゃないけど。
「魔力が溢れたときに瞳に赤が浮き出ます。つまり魔力を押さえ込めばいいのです。しばらくは聖獣殿に制御の手助けをお願いしましょう」
「ヒジリができるの? そりゃよかった。ところで……」
ふと、さっきからヒジリの姿が見えないことに気付いて見回す。物音もしない。だが一緒に倉庫へ入ったのは間違いないので、荷物の影だろう。そう思ってベッドの向こう側を覗き込むと……。
白いパンが入った袋を食い破ったヒジリが、満足げに尻尾を揺らしていた。袋は残っている。問題は中身だ。パンくずが地面に散らかっているが、肝心のパンは残っていなかった。
よりによって、大事に大事に集めた白パンをやられるとは……っ!! 硬い黒パンはそのまま手付かずだった。
「ああぁッ!! ヒジリ、それ貴重なパンなのに」
「貴重なパン?」
何を怒っているのかわからなそうなリアムは置いといて、オレはヒジリから袋を取り上げた。食料の保管袋は麻を編んだような材質が使われている。すこし残ってないかな? わずかな期待を胸にあけるが……見事に空だった。
「これはオレが晩餐のときに少しずつ集めたパンだぞ!!」
そう、乾パンと干し肉、ミルクの硬い朝食に飽きたオレが、マナー講師の目を盗んで必死に残したパンなのだ。収納魔法が出来るようになってから、こつこつと集めてきたのに!! 今度の戦場で食べる予定だったのに!!
『良い匂いが悪い』
怒りの感情をむき出しにヒジリへ近づけば、殺気を感じた黒豹が飛び退いた。咄嗟に迎撃姿勢をとるあたり、やはり獣よ……じゃなくて、反省しろ!
「……シフェル、キヨの食事はそんなに粗末なのか?」
オレの必死の剣幕に驚いたリアムが、不安そうに側近の近衛騎士に尋ねる。どう答えたものか困っているシフェルが、綺麗なオブラートに包んで伝えた。
「彼の朝食は、慣れさせるための戦場食でした……成長期のキヨには物足りなかったようですね」
夕食のパンをちょろまかして保管した白パン袋だと思わなかったらしい。無造作にオレが取り出したこともあり、疑問は持たなかったんだろう。
今にもヒジリに飛び掛りそうなオレの首根っこを掴んで、シフェルが淡々と言い聞かせる。
「白パンなら差し上げますから、聖獣殿を攻撃するのはやめてください」(情けない)
整った顔に本音が溢れ出している。
「……2袋」
「わかりました」
溜め息をついたシフェルが約束したところで、緊張を緩めたヒジリが擦り寄ってきた。こうしてみると、本当に猫そっくりだ。実家の猫もオレのおやつを齧ったあと、よくこうやって詫びを入れた。
「次同じことしたらお仕置きだぞ」
……なぜ嬉しそうに尻尾が揺れる? まあ、奇妙なフラグは無視して、散らばった収納の中身を確認した。残りに危険そうな物は見当たらない。
「不要なものは?」
「置いたままにしてもらえば、こちらで処分します」
リアムは興味深々で、山になった火薬の信管を引っ張り出した。途中で何かに引っかかったケーブルに気付き、首をかしげて無造作に引き抜こうとする。
「リアム、そっと置いて。両手を離すんだ」
嫌な予感がして忠告した。ぴたりと動きを止めたリアムが、ゆっくり手を離す。大声で叫ばなかったことが幸いし、放り出されずに済んだ。
「ここら辺が、もやもやする」
曖昧な表現になってしまうが、ほかに表現の方法がわからないオレはリアムをまず遠ざけた。それから彼女が掴んだケーブルが引っかかっていた上の箱をどかす。中身はダイナマイトでした。これもヴィリから渡された記憶がある。なぜか箱に数十本詰め込まれたダイナマイトは、上をより合わせてあった。
火花が散ったら全部爆発する危険がある。とりあえずバラしておく。
「危ねっ」
眉をひそめて爆薬類を収納魔法に戻した。この中ならば爆発は起こらない。収納魔法を会得した際に聞いた説明を信じて、順番に奥へ詰め込んだ。収納魔法はイメージが非常に大切な魔法だ。具体的に大きさを指定して空間を作成するのだが、オレは中途半端な映画の知識を参考にしたため規格外だった。
まず大きさは無限だと思っていたし、好きなものだけ好きなように取り出せると誤解したのだ。目の前で使ってみせたら、ノアに「これだから異世界人は常識がない」といい意味で感心された。
ノアが収納から取り出す際、本に栞が挟まっていれば本ごと出てくる。オレは栞だけ、本だけ別々に取り出すことが出来た。以前逃げ回った際にナイフを取り出したように、鞘を残してナイフ本体だけ取り出す方法は『常識外』らしい。
他の奴ならダイナマイトは1本ずつ仕舞えば、単品で取り出せる。オレのように箱でしまったら、箱ごと出てきてしまうのが普通だった。そこでふと気付く。
「リストを作ればいいじゃん」
オレって頭いい。自画自賛しながらメモ用手帳を探してリストを作り始めたところで、逆に呆れられてしまった。
「リストもなしに物を入れるなんて」
また非常識と言う単語が続くのだろう。シフェルの呆れ声に「はいはい、どうせ非常識ですよ」と返しておく。ダイナマイトの数も入れて、本数も管理する。
「武器を含め、今回の遠征に必要なものだけ詰めてください。他のものは預ります」
「なんで?」
「収納魔法の容量を使うと魔力を無駄に消費しますから」
「……え? 魔力使ってるの?」
「「え??」」
また2人の顔に「非常識.(以下同文)」」って書いてある気がした。
「魔力、使ってる気がしないけど」
「…………そんなはずは」
ないと言い掛けたシフェルが、荷物の量を確認してから眉をひそめる。何か考え込んだ後に、「これらをもう一度収納しても平気なんですか?」と奇妙な尋ね方をしてきた。
「だって入れて歩いてたぞ。体調不良も魔力酔いもないし」
常識外と呟きながら、好きなものを持っていっていいと許可を得た。大量の荷物をもう一度数えながら仕舞って、最後にリアムの収納から食べ物を分けてもらう。どうやら着替えのついでに食堂からお菓子やパンを貰ってくれたらしい。
「ありがとう。さすがリアム。オレの好みをばっちり把握してる! いいお嫁さんになれ……」
そこではたと気付く。オレのお嫁さんになるんだった。真っ赤な顔でぎこちなく隣を確認すると、取り出しかけのパンを、もじもじと指先でパンくずにしながら照れる黒髪美人がいた。
はい、ご馳走様でした。眼福です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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