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36.準備のために全部出す

 習性だか特性だか知らないが、とりあえず頷いて誤魔化しておく。


『主殿』


「なんだ?」


 ヒジリが肉の塊を食べ終えたらしく、ぺろぺろと前足を舐めて顔を洗っている。猫が顔を洗うと雨が降るとお祖母ちゃんに聞いたが、黒豹でも同じだろうか。余計なことを考えながら返事をしたオレは、すっかり忘れていた。


『戦場へ行くのであろう? 銃弾や食料の補充を忘れるでないぞ』


「……うん?」


『主殿?』


「…………ああ、うん」


 戦場か。そういや昨日そんな話をしたな。部屋の床が抜けたからリアムの部屋に転がり込んだんだし……え?! オレ、これから戦場じゃん!!


 生返事が一転、慌てて立ち上がった。


「ちょ! 戦場行くんじゃん。準備しなきゃ」


「……バカかもしれないと思っていましたが、本当におバカなんですね」


 なんで陛下はこんな奴を選んだんでしょう。シフェルの心の声が駄々漏れだが、無視して収納魔法の中身を思い浮かべる。何でもかんでも放り込んだので、正直、もう何が入ってるか覚えていなかった。


「私が焼いたシフォンケーキも持っていってくれ」


「ぜひ!」


 振り返ってリアムの手を握る。すると笑いながら美人が顔を近づけてきた。頬が赤く染まっているのが、とても可愛い。見惚れている間に、ちゅっと音を立てて額に唇が触れた。


「はい。そこまでです」


 シフェルがすぐに邪魔にはいった。


 ちっ、奴さえいなければオレのアレがソレしてアアなったのに。伏字ばかりの妄想が脳裏を盆踊りしながら通り過ぎた。


「キヨ、いろいろ漏れてますよ」


 心の声が……という意味だったが、反射的に股間を確認したオレは悪くないと思う。ついでに口の端を手で拭ったのもしょうがない。


「本当に……(しねばいいのに)」


 後半をそっと唇だけで突きつける近衛騎士シフェルへ、身の危険を感じて後ろへ下がった。


『あ、主殿っ!』


 ヒジリの尻尾を踏んでしまい、怒った聖獣様に手を噛まれた。骨砕かれたが、すぐに治癒されたのでなんとか動く。ぎこちない動きは仕方ないかもしれないが。


「悪い、ヒジリ。でもすぐに人を噛んじゃダメだぞ」


『主殿以外は噛まぬから構わぬであろう』


 ダジャレか! 


「そっか、それならいい……ん? いや、オレも噛んじゃダメだろ」


「仲が良いな。聖獣殿、セイをよろしく頼む」


 リアムはくすくす笑いながらヒジリの頭をなでた。大人しく撫でられている様子にほっとする。もし噛んだら、ヒジリの前歯を抜くところだった。怖い笑みを浮かべたオレは、次の言葉に慌てる。


「セイ、その笑顔はシフェルみたいだ。やはり師弟は似るの………」


「「やめて(ください)」」


 不本意ながらシフェルとハモってしまった。


「キヨ、今回は安全な部隊に配置します」


 当初は最前線で戦力とする予定だったが、さすがに皇帝陛下の番となる存在に死なれては困る。そう匂わせたシフェルに、迷った末に頷いた。


 役に立ちたい反面、生きて帰る義務があるのも理解できる。これが本当に12歳の子供だったら我が侭言うんだけど、ここはぐっと我慢だ。


「わかった。任せる」


 素直な受け答えにびっくりしたのか、シフェルはすこし止まった。なんだ、失礼な奴だな。


「転移は何時くらい?」


「あと2時間くらいですね」


 壁際に立つ、立派な柱時計を確認する。あと2時間あれば間に合うか。


「空いてる部屋があれば貸してくれる? 荷物を整理したいから広い場所」


 収納魔法の口を開いて見せれば、あっさり了承された。扉を開くと、部屋の外にいた騎士に声をかけて戻ってくる。どうやら手配してくれたらしい。


「ではこちらでどうぞ」


「私も!」


 一緒に行くと表明するリアムをエスコートして歩き出すと、シフェルの手に首ねっこを掴まれた。猫の子じゃないんだから。何してくれてるの。じたばた手足を動かすと笑いながら下ろされた。


「陛下は着替えて、後からお越しください」


「あ、そうか。バレちゃう」


 女の子の格好(ドレス)で外を歩くわけに行かない。指摘されなければ、そのまま連れ出しただろう自分の迂闊さに焦った。やばい、本当に気をつけないと自然にバラしそう。


「また後でね、リアム」


 ひらひら手を振ると、残念そうにしながらも素直に頷く少女がいる。侍女が慌てて着替えの準備に立つのを見送り、先に部屋を出た。リアムの寝室から5分ほど歩かされる。思ったより遠くに来たな。


 広い宮殿敷地内を縦断した先は、倉庫のような場所だった。吹き抜けの天井は3階分ほどあるだろうか。柱がなくて壁と天井だけの広い建物の床は固めた土だ。訓練場として使用できそう。


「どうぞ」


 言われて収納魔法の口を開いた。手を突っ込むのではなく、掴む手の内側に物が現れるような現象は、いつ見ても不思議だ。自分が使えるようになっても仕組みがよくわからなかった。


 袋状態のものを想像して、中に手を突っ込むならわかる。だが収納魔法の口となる線から物が出てくる際、手は中に入らないのだ。大きな物だったりすると、引っ張ってる途中で落とすこともあった。意外と使い勝手が悪い。


 まず大きなものを最初に出していくため、しゃがみこんだ。前に椅子を引っ張り出した際に、立ったまま取り出したら地面に落として壊した経験がある。低い位置に口を出せばいいと気づいて、大きな家具類を出すときは座ることにした。


 最初に折りたたみベッドが2つ。大きな円形テーブル1つ。椅子5つ。机の上にクロスを敷いてから、立ち上がって食料品を並べていく。黒糖パンが5袋、柔らかい白パンが1袋、干し肉2袋、乾パン10袋、水筒6本、乾燥野菜のセットが2つ。缶詰類も20個ほど詰んだ。


「終わりですか?」


「いいや、これから」


 怪訝そうなシフェルの表情に気付かぬまま、さらに引っ張り出した。


 テントを出し忘れたので座って全力で引く。収納魔法の口に足をかけて両手で出したのは、ジャックに貰った戦場でお馴染みの薄茶色のテント幕だった。その柱となる鉄パイプも順次取り出す。


 収納魔法の特徴として、生きたものは収納できない。しまったものを忘れると出てこないという欠点がある。


 まあ忘れた場合の救済措置として、全部吐き出す呪文があると聞いているが……本当に全部積み重ねて放り出されるため、パンや食料品が先に出ると潰れるらしい。積み重なった荷物が倒れてケガをした事例も聞いた。


 出来れば、そんな怖ろしい自爆呪文は使いたくない。


 指折りして数えて思い出す。食料品は終わった、テントと家具も出した。あとは医薬品と服、武器くらいだろうか。


「まだあるのですか?」


 溜め息をついたシフェルにへらへら笑いながら、部屋の中を移動して薬を出す。絆創膏という名の万能薬、胃薬、なぜか毒薬50種類セットとその解毒薬一式、下剤、尋問用のヤバい薬と書かれた小さなポーチ。


「これは?」


「ん、レイルに貰った。毒薬と尋問用と解毒薬は必須アイテムなんだって?」


 無言になったシフェルの様子に気付かぬまま、今度は服類を出してベッドの上に積み上げる。上着15枚、ズボン8枚、靴2足、ブーツ1足、予備のブーツと言われたがサイズが合わない1足。下着類を数えながら並べていると、足音が聞こえた。


 顔を上げた先にリアムがいる。ちゃんといつもの仕事用皇帝服を身にまとっていた。中身が女の子だと知っていて見ると、宝塚っぽい。男装の美人だよな。以前はどうして男だと思ったのか不思議になるほど、綺麗な笑顔が向けられた。


「どうした? ……それは」


 言い淀んだリアムの視線を追って、ベッドの上に置いた下着類にたどり着く。一瞬で空気が凍りついた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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