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35.騎士は嫉妬で薬を盛る

「お兄さんの…」


 前の前の皇帝がお母さんで、前皇帝はお兄さんだったよな。学んだ歴史が脳裏を過ぎる。まあ前世界でも息子が「ルイ○世」なんて親の名前を継承してたから、そういう使い方があるのかも知れない。


「最初から嘘をついて、すまない」


 名前も性別も嘘をついて、友達のフリで近づいて……しょげるリアムのわかりやすい姿に、苦笑いが浮かんだ。その程度の嘘、なんてことないのに。オレにとって嬉しい方へ裏切られたんだから。


「いいよ、リアムはリアムだろ。気にしてないよ」


 ぽんと黒髪に気安く触れると、両手で顔を隠してしまった。悪いことをしたんだろうか。マナーを思い出してみると、女性の髪や肌に気安く触れないルールがあった気がした。


「あ、ごめん」


「いや……番なら許されるから」


 だからいいと微笑むリアムが可愛くて、言葉が出ないまま頷いた。侍女達が口々に「おめでとうございます」と祝いを向けてくる。擽ったい気持ちで受け取った。


「しねばいいのに」


 料理を運ぶ侍従を連れて部屋に戻ったシフェルが、呼吸するようにスムーズにオレに呪詛を向ける。ちょっとやめて、メンタル弱いんだから。面の皮と関係なく意外と打たれ弱いから、マジで。


「やめて。しょげるから」


「しょげればいいです。食事ですよ」


「毒なんて入れてないよな?」


「……もちろんです」


 今の間はなに? じっと料理を見つめると、ヒジリが膝に手を置いて起き上がり、皿のソースをぺろりと舐めた。


『主殿、毒はないが……』


「なに?」


『痺れ薬が少々』


 舌先がぴりぴりすると申告されて、視線をシフェルに向ける。満面の笑みで「さあどうぞ」と料理を勧めてくるコイツの神経を疑うのは、きっと悪いことじゃないはずだ。バレたのに平然と勧めてくる騎士を、皇帝陛下はくすくす笑いながら(たしな)める。


「シフェル、許してやれ」


「…………すっごく嫌ですが、しかたないですね」


 気持ちを切り替えるためか、諦めたのか。大きな間と溜め息のあとで、シフェルが髪をかき上げた。右頬の傷がふと気になる。あの位置ってもしかして……?


「あのさ、シフェルの頬の傷って」


「あなたのナイフの痕ですよ。消さずに残しています」


 消えなかったんじゃなくて、消さなかった。治癒魔法で消せるくせに残したなら、それだけ怨まれてるという意味か。何を考えているか表情から読んだシフェルが苦笑いする。


「たぶん、キヨの想像と違いますが……子供相手だからと油断した自分への戒めとして残しました」


「えっと、いろいろゴメン」


 謝ったところで、腕をぎゅっと掴まれた。慌てて隣をみると、リアムが上目遣いに見上げている。すこし尖った唇も、本当に可愛い。女性だと意識した途端、どんな仕草にもどきどきしてしまう。


「どうしたの? リアム……あっ。リアムがウィリアムの略なら、別の愛称で呼んだほうがいい?」


 唐突に閃いたが、なぜもっと早く気付かなかったのか。兄のウィリアムを名乗っていたから、愛称が「リアム」だった。その呼び名を教えてくれたときに「両親がそう呼んだ」と言われたが、あの言葉も意味があったのだろう。


 もし本当に彼女の愛称だったなら、両親だけじゃなく兄も同じ呼び名を使うはずだ。つまり「家族がリアムと呼んだ」表現になるのだ。兄の愛称がリアムだから、兄は妹をリアムと呼ぶわけがない。


 些細だが、気付くための要素はあった。リアムが嘘をつかずに済む範囲は、それだけ上手に誤魔化した証拠だ。簡単に嘘をつけばいいのに、誠実に対応しようとした彼女は真剣に言葉を選んでくれた。


「ロゼリアーヌだっけ? ローズ、ロゼが一般的なのかな?」


 どちらが好きかと尋ねたオレに、リアムは首を横に振った。蒼い瞳がまっすぐに覗き込んでくる。心の底まで見透かされそうな眼差しに、オレはごくりと喉を鳴らした。


「リアムでいい。それに……この部屋にいない者は私が女だと知らないから」


 外でロゼやローズと呼ばれても返事が出来ない。そう告げるリアムの呟きに「それもそうだ」と納得した。確かに呼び名が増えると面倒だし、うっかり人前で間違えて呼んだら取り返しが付かない。ならば、最初から統一しておけばいいのだ。


「うん、わかった。ロゼリアーヌのリアーヌ部分を縮めても、同じ響きになるか」


 こじつけに近いけど、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。まあ、オレにしても助かる。


 どうやら貴族連中には「男のウィリアム」で通すらしい。当然女性である以上、いつかバラすのだが……それが今じゃないだけだ。彼女の身分が安定して、他者の介入を心配しなくていい状況になれば、シフェル達が正すのだろう。


「キヨ、陛下が女性だという事実も、番になる話も一切口外禁止です」


「わかった。リアムの害になるんだろ。親友で通すよ」


 何らかの理由で秘した情報なら、命がけで守るくらいする。信頼して明かしてもらったのが嬉しかったし、隣の黒髪美人をお嫁さんに出来るなら当然の義務だった。


「オレの初恋だし」


 前世界でほんのり淡い恋心もどきを抱いたこともあるが、こんな情熱的な感情じゃなかった。そう考えれば、真の意味でリアムは初恋の女性なのだろう。異世界に来て3日目に見惚れた相手がリアムなんだから、初恋の表現は間違ってない。


 言い切ったオレに、リアムは頬を両手で押さえて俯いている。目の前の黒髪をひとすくいして、接吻けた。前に映画でみて格好いいなと思ったけど、実際にやると照れるな。気付いたリアムが耳まで真っ赤にして顔を上げてくれなくなった。


 どうしよう……顔を上げたら、シフェルが額を押さえて項垂れている。


「キヨ、今までと違いすぎます。普通に振舞ってください」


「…気をつける」


 外では気をつけよう。万が一でも態度の違いで気付かれたら、今までのリアムやシフェルの努力が台無しだ。ましてやオレの行動が原因で、リアムに危険が迫ったら悔やみきれない。


「リアム、ご飯にしよう」


 冷めかけた料理に気付いて声をかける。下ろした左手もヒジリに噛まれていることだし、気分を切り替えるために提案した。恥ずかしそうにしていたリアムも、ようやく顔を見せてくれる。まだ耳が赤いのが、本当に可愛い。


「いただきます」


 先ほど痺れ薬があると言われた料理に手を着ける前に、シフェルが手渡した解毒薬を飲み込む。錠剤を水で流し込んだオレに、呆れ顔のシフェルが忠告してきた。


「薬を盛った者に渡された薬を飲むなど、無用心すぎます」


「だってシフェルだろ? 信用してるもん」


 けろりと切り返す。こうやって信用を示されたら、逆に裏切りづらいだろう。狡猾(こうかつ)なオレのそんな予想は大当たりらしく、ぱくぱくと動いた口は文句を吐き出さずに閉じられた。


 自分の前の皿は痺れ薬が入っているので、リアムの前に置かれた皿に手を伸ばす。引き寄せて卵を切り分けると、フォークに刺してリアムに差し出した。


「あーんして」


 蒼い瞳を輝かせて食べるリアムの唇に零れた黄身を拭いてやり、紅茶に砂糖を入れて味を調えてから手渡す。こまごまと世話をしていると、ヒジリが呆れ顔で呟いた。


『やはり竜の番はこうなるのか』


 リアムの小さな口に合わせて千切ったパンを食べさせてから、ヒジリを振り返った。彼はすでにシフェル経由で受け取った肉の塊を齧っている。


「竜の番って、他と違うの?」


『昔からだが、竜属性は番の面倒を見たがる。食事の世話はもちろん、様々な面でしつこいくらい相手にまとわり付く。違う属性と恋仲になると、相手がうんざりして別れるパターンも多い』


 ヒジリは淡々と説明してくれたが、自覚がないので首をかしげる。自分の行動をゆっくり振り返ると、確かに今までリアムの食事に手出ししなかったな、と思い至った。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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