34.夢オチが怖いので抓ってみた
動かなくなったオレはしばらく意識を飛ばしていたらしい。
「セイ、大丈夫か? セイ」
必死に呼び戻そうとするリアムの声に、「いっそこのまま亡き者に」と物騒なシフェルの呟きが被る。目を開いたまま気絶していたらしく、最初に視界に飛び込んだのは黒髪だった。
「っ、なんだろう、奇妙な夢を……」
夢オチで片付けようとしたオレを膝枕した美人は、満面の笑みで「夢ではないぞ」と逃げ道を塞いだ。ぼんやりしながら頭を動かすと、左側でシフェルが呪いの本を開き、ぶつぶつ何かを呟いている。
やばい、呪い殺される。視線をそらして反対側へ目をやると、ヒジリが寝転がっていた。背中がかゆいようで、背を絨毯にこすり付ける姿は、我関せずでマイペースだ。
「あのね、さっき『リアムが女性だ』って聞こえたんだけど」
「そうだ」
「そうだよね。こんなに美人さんだもん」
思わず納得してしまった。最初にみたときに「女の子だ」と呟いた自分の直感は当たっていたらしい。何か理由があって、男のフリをしてきたのだろう。
ラノベだと『皇位継承権が直系男子のみ』だったり『唯一の皇族が孕まされると大変なので男のフリを』の理由で男装するよな。
「死ねばいいのに、もげればいいのに」
「シフェル、聞こえてる……怖いから止めて」
普段のクールな顔が嘘のように、呪いの言霊をむけてくるシフェルにお願いしてから起き上がった。ヒジリが擦り寄ってきたので、頭をなでてから喉をくすぐってやる。
膝が軽くなったリアムは残念そうにしながらも、いそいそと隣に座りなおしていた。可愛いな、まじで。こんな美人で、中身が可愛い嫁さん……あれ? 番って嫁さんで合ってる??
「リアムが女性なのはわかった。オレのいた世界だと『番』じゃなくて『お嫁さん』っていうんだけど、つまり、リアムはオレと結婚する話で合ってる?」
「お嫁さん……///////」
ダメだ。照れちゃって話が先に行かない。仕方なく、怖ろしい視線を向けてくるシフェルを振り返る。彼から感じるオーラは『大事に育てている娘に、どこかの馬の骨が手をつけた』という、おどろおどろしいものだった。
「シ、シフェル、さん?」
『主殿、もう番を得たのか。すこし早いのではないか?』
確かに12歳前後の外見で、嫁が決まるのは早いと思う。皇族の基準はわからないけど。
「はぁ……もう仕方ありません。正式な発表は後日ということにして、とりあえず説明をいたします」
諦めた様子のシフェルがついに折れたことで、オレとリアムの婚約は仮に認められたらしい。他の皇族がいないのは聞いているから、反対できるのは側近だけなのだろう。
「食事をしながらでいいか?」
オレは尋ねながら、顔を聖獣へ向ける。悪気なく、断りもなく、オレの手を齧る。空気の読めない聖獣は空腹なのだ。さっきからゴリゴリと骨を噛んでる音がした。痛いと感じた直後に治癒されるが、傷がなければいい話ではない。
「そうですね。朝食を運ばせます」
シフェルが部屋を出て行くのを見送り、入ってきた侍女達がリアムを続き部屋に連れて行った。部屋に1人――正確には1人と1匹――になると、ソファの足元に崩れ落ちる。気が抜けたついでに、腰もぬけた。
美人で綺麗、男にしておくのはもったいないと何度も思ったが、本当に異性だったなんて。
「オレがリアムと…」
頬を染めてソファに寄りかかるオレの足に、ヒジリがのそりと顎を乗せた。
『主殿、めでたいことか?』
騒動がすごかったので、祝ってもいいか判断に困っていたようだ。オレは嬉しいし祝って欲しいので頷くと、ヒジリの身体が青白く光った。僅かな時間だけですぐに光は消える。
「今の、なに?」
『祝いだ。おめでとう、主殿』
「ありがと」
よくわからないが、素直に受け取っておく。光るのがお祝いだなんて、なかなか洒落たことをするものだ。ヒジリの頭を撫でながら待つと、隣室へ繋がる扉が開いた。
「あ、リアム……っ!?」
着替えて普段と同じ姿になっていると思ったのに、まさかの薄ピンクのドレスだった。足首までしっかりスカートが隠している。胸元は刺繍が埋め尽くす花模様のビスチェ風で、下のスカートはたっぷりしたふわふわしたデザインだ。ノースリーブの腕をアイボリーのボレロが隠していた。
クリスみたいな巨乳じゃない控えめな胸元に、薔薇に似た花飾りが揺れる。巨乳は好きだが、リアムのささやかな胸も好きだ。というか、好きな人ならどっちでもいい。結局のところ、オレにとって惚れた女が理想になってしまうのだから。
すごい清楚な感じの可愛い格好だ。象牙色の肌に桜色に近い薄ピンクが似合う。黒髪は緩やかに結って、半分ほど左側に垂らしていた。ハーフアップだっけ? 女性の髪形に詳しくないけど、項の後れ毛が色っぽい。
顔が一気に赤くなるのが分かった。耳も真っ赤だろう。バカみたいにぽけっと眺めたあと、照れているリアムの指先がスカートを掴んで震えているのに気付いた。
『主殿』
促されなくても分かった。たぶん、初めての女の子の格好で緊張しているのと、オレがどう思うか不安なのが混じっている。
「すっごい、綺麗! リアム、やっぱり美人だなぁ。惚れ直しちゃった」
素直に賛辞を口にした。花に喩えたりなんて洒落た言い回しは知らないが、思ったままを真っ直ぐに告げる。ヒジリを押しのけて立ち上がり、ちょっと痺れた足で駆け寄った。
手が触れる直前で立ち止まり、ひとつ呼吸を落ち着けてから膝をつく。礼儀作法のマナー教室で習ったとおり、差し出した手にリアムが手を重ねたあとに立ち上がり、触れるぎりぎりの距離を保ちながらテーブルへエスコートした。
今までと違う緊張感がある。微笑ましい子供同士のやりとりを、侍女達は笑顔で見守ってくれた。侍女達は着替えや湯浴みも手伝うので、女性という秘密を知るようだ。すぐにリアムをドレスに着替えさせた様子から、普段人前に出ないときはドレスを着ていたかも知れない。
椅子を引いた侍従の動きを待って、リアムを座らせる。隣の椅子に腰掛けても、視線が横顔から離せなかった。
この美人が、あと数年でもっと美人になって、綺麗なお嫁さんになってくれる。
「リアム、本当にオレでいいの? あとでヤダとか言われても困る」
今のうちに言質をとっておきたい。これで数年後に「こっちがいい」と別の男を連れてこられたら、めげるどころじゃない。ショックで禿げ散らかすかも。
夢オチは怖いので、隠れて腿のあたりを抓ってみる。大丈夫、滅茶苦茶痛い。奇妙な行動をするオレを、机の下でヒジリが生温かい目で見守った。
「セイを選んだのは、私だ」
公的な場では「余」、いままでは「俺」だった。女性らしい「私」の一人称がくすぐったくて、リアムは頬を染めたまま笑う。心配性の婚約者(仮)が心から喜んでくれてると伝わって、手放したくないと願っていると知らされて、舞い上がりそうだった。
「よかったですわね、ロザリアーヌ様」
ん?
聞き覚えがない名前に動きが止まる。ゆっくり首を傾けて、それから隣のリアムをじっと見た。同じ方角に首をかしげたリアムが、気付いた様子で頷く。
「私の本当の名前だ。ロザリアーヌ・ジョエル・リセ・エミリアス・ラ・コンセールジェリン」
以前聞いたとき「ウィリアム・ジョゼフ(以下同じ)」と名乗っていた。女性名を男性用に変更したとしたら、上の2つが名前、その後ろは称号や皇族としてのファミリーネームなのだろう。
かつての疑問もすっきり解けて、なるほどと頷いた。
「ウィリアムのリアムかと思ったけど、ロゼリアーヌも同じ略し方するんだ?」
両親がそう呼んだと聞いていたので、「リアーヌ」のあたりが変形したのかと考えながら呟く。すぐに侍女から訂正が入った。
「いいえ、ウィリアムのお名前は亡くなられた前皇帝陛下のものですわ」
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