33.朝から衝撃的シーンと事実
シフェルにしつこいくらい「一緒に眠ってはダメです」と、同性なのに同衾禁止を言い渡された。ふかふかのソファに寝転がったはずのオレは、なぜか床の上で目覚める。
「うん、状況がわからない」
困惑したまま状況を整理する。寝るときはソファにいたが、なぜか今は床の上に寝ていた。背中にヒジリがいるし、絨毯も柔らかいので身体も痛くない。だが腕が痺れていた。その腕の上に頭が乗っている。
そう、ここが問題だった。
いつの間に移動したのか、熟睡するオレの腕を枕にリアムが眠っている。皇帝陛下が絨毯で寝ちゃダメでしょう。警戒対象外のリアムが部屋の中で動いても目が覚めないのは仕方ない。大きな魔力をもつ存在が真横で動いても、魔力感知も対象外らしく働かなかった。
これも仕方ないが……なぜこうなった感がすごい。
「んっ」
腕が動いたせいか、リアムが小さく声を上げて寝返りを打った。背中を向けていたリアムが転がって腕の中に飛び込んでくる。反射的に受け止めて抱いた形になり、ちょっとドキドキした。
さらさらした柔らかな黒髪が腕の表面をくすぐり、すごくいい匂いがする。これって髪の匂いなんだろうか。好奇心で顔を近づけた瞬間、近づく魔力に気付いた。
がちゃ、扉を開く音と息を飲む気配。
「……何をしたのか、詳しくお聞かせくださいね」
朝っぱらから低空飛行のシフェルの声に、ぎこちない動きで振り返った。油が切れた機械の様なオレの動きに、真っ黒な印象の笑みが向けられる。笑顔なのに凄く怖い。というか、もういっそ怒鳴り散らしてくれたほうが気が楽です。
「えっと……おはよう?」
腕枕されたリアムが胸に顔を埋めている図にしか見えない状況で、ひきつった挨拶をする。疑問系になったオレをよそに、リアムはさらに擦り寄ってきた。
あかん、これは殺されるフラグだ。男同士なら平気だろ、でも射殺されそうな強い視線を感じる。
あたふたしながら、すやすや眠るリアムを起こす選択肢はなかった。熟睡しているのに可哀相なのが半分、残り半分は単純に可愛くて嬉しいからだ。それを見透かしたシフェルのじと目に、顔をそらしてしまった。
「私は同衾禁止と申し上げたはずですが?」
「ど、どうきん、じゃないぞ。ほら、あの……ベッド、じゃないし」
「へえ、そうですか」
どうしよう、震えが止まらないくらい怖い。
勝手にリアムが来たとは言いたくないし、ソファから床に落ちた理由もよく分からない。混乱した状況で、シフェルの緑の瞳から逃れようと身体を縮こまらせた。すると、忘れていたが背もたれになった黒豹が欠伸をして動き出す。
「ヒジリ、助けろ」
『主殿、腹減った』
「飯は後で肉をやるから、とにかく状況を説明してくれ」
黒い耳がぴくりと動いたあと、ゆったり尾が振られた。
『あの不思議で甘い焼き菓子も……』
「やる! やるから説明!!」
上手に乗せられた気もするが、ヒジリが出す条件を飲んでいく。お強請り成功で満足したのか、ヒジリはするりと抜け出してお座りした。
『昨夜の主殿はすぐに眠った。我の尻尾を握って擦り寄ったため、抱き込み直したのだが……この黒髪の者が枕片手に忍び寄ったのだ。静かにとジェスチャーするゆえ、我は動かなかった。このとおり主殿に抱きついて眠ったが、ずっと我も共におったぞ』
つまりリアムが自分で寄ってきた上、2人きりではなくヒジリも同衾(?)したと証言してくれる。ちょっと安心した。とんでもない発言が出たらどうしようかと思った。
「な? 同衾じゃないだろ!?」
なんで必死に言い訳してるのだろう。内心首を傾げるが、この睨みつけられる状況から逃れたい一心で必死になった。
「ん……朝か」
欠伸したリアムが目元を擦りながら身を起こす。ようやく取り戻せた痺れた腕で、さらさらの黒髪をなでた。無邪気にもうひとつ欠伸した皇帝陛下は、緊迫した状況を無視して挨拶をする。
「おはよう、セイ。シフェルも…早いな」
「おはようございます、陛下。昨夜の私の話を覚えておられますよね?」
確認の形をとっているが、断定系で言い切ったシフェルの笑顔が黒い。きょとんと首をかしげ、すぐに思い出したリアムが頷いた。
「ああ、同衾してはならぬのだろう? だから、一緒に床で寝た」
布団やベッドなどの寝具の上でなければ問題ない。きらきらした目で言い切ったリアムの世間知らずさに、シフェルは頭を抱えた。もっときちんと言い聞かせるべきだったのに。
がくりと崩れた騎士の姿は、昨夜に続いて二度目だった。ここまで騒ぐ理由が分からないオレは疑問符を浮かべたまま、収納空間から着替えを取り出す。
今朝のうちに準備をして、午前中早い時間に戦場へ転移すると聞いた。さっさと準備をしようとシャツを脱いだところで、床に懐いていたシフェルが復活する。
「キヨ、ここで着替えてはなりません。陛下も……」
「なんで?」
言葉の直後、新しいシャツを羽織る。今まで来ていたシャツを魔法で綺麗にしてから、収納魔法に放り込んだ。そのまま今度は下着とズボンを引っ張り出す。動き回ることを考えて7分丈にしたズボンをヒジリに預け、躊躇いなく着衣を脱いだ。
「キヨっ!!」
叱りつけるシフェルの声にびくりと動きを止め、大きく目を見開く。すると真っ赤な顔を両手で隠しながらも、隙間からちら見しているリアムが「……本物」とよくわからない発言をした。
リアムの視線を辿り、オレは大事なところがすっぽんぽんだと気付いて、新しい下着を身に着ける。同性同士、別に珍しいものがぶらさがってるわけじゃない。そもそも、リアムもシフェルも付いてる……よな? まさか異世界人だけぶら下がってるなんてオチはいらないぞ?
カミサマに脳内で「フラグじゃありませんように」と祈りながら、短め丈のズボンをはいてベルトを締めた。シャツ同様にクリーニングした服を収納空間へ放り込む。取り出したホルダーを手早く装着して銃をいれ、腰に巻くベルトタイプのホルダーへナイフを収めた。
銃弾を入れたベストを羽織って、ぐるりと装備を確認する。
「よし、OK」
まだ真っ赤な顔を手で覆っているリアムに、「準備終わったぞ」と声をかける。まあ隙間から見てたから、言わなくても分かってると思うけど。
シフェルは天を仰いで世を儚みそうな雰囲気を漂わせていた。床に膝をついて嘆く姿は、どこかの美術館の絵画のようだ。タイトルは絶望とか、そんな感じ。
「どうしたの?」
ぽんと肩を叩くと、我に返ったシフェルが突然オレの頭を揺さぶった。がくがく揺れていると「昨夜からの記憶がなくなればいいのに」と怖い呪文を呟いている。
「シフェル、余は……セイの番になる」
「ダメです!!」
「同衾したし、アレも見たし……余はセイがいい」
なんだろう、この疎外感。揺すられながら2人の意味不明の会話を聞くオレは、話の中心人物なのに無視されてる気がした。意思表示ひとつ許されなさそう。
「あの……」
「余はセイと番う!!」
何の宣言ですか。つがうってナニ? いや、もしかして自動翻訳が壊れてたかとカミサマを疑ってみたりする。番という表現は小鳥飼ってる人がよく使う言葉で、つまり人間に置き換えると夫婦なわけで……なんでオレがセイと番うんだ?
「セイ、構わないな?」
「……たぶん」
ようやくシフェルの手が離れたので、揺すられる状況から脱出した。しかし状況が理解できないので曖昧な返答すると、泣きそうな顔でリアムが「嫌か?」と尋ねてくる。上目遣いの蒼い瞳が潤んでるとか、くそ! 卑怯だぞ!! 断れないじゃないか。
「よくわかんないけど…いい「ダメです!!」
最後の部分をシフェルが遮ったが、ときすでに遅し。しっかり「いい」を聞き取ったリアムは嬉しそうに頬を染めて抱きついてくる。
「番はもっと慎重に選ぶべきです! あなた様は皇帝陛下なのですよ。それにキヨは異世界人ですし」
「もう許可は得た。セイと余は番だ」
「あのぉ……」
言い争う主従に恐る恐る声をかける。
「同性同士でも番えるの?」
何かのシステムですか? 素直な疑問に、リアムは美しすぎる笑みで「余は女だ」と爆弾発言をかました。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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