32.毒と解毒薬、どっちが苦いか
※誤字訂正済
「早く飲め」
リアムにせかされて、とりあえず薬を口に含んだ。なぜかシフェルはコップの水を捨てて、新しく魔法で水を精製して渡す。素直に水で流し込んだが、ひどく苦い味だった。
「う…まずい」
「これで一安心だ」
ほっとした顔でリアムが椅子に座る。未だに状況が掴めていないので、苦かった薬の味を中和しようと果物に手を伸ばした。林檎に似た果実を齧ろうとしたら、シフェルに取り上げられる。
「いけません、ここにある物に手をつけないでください」
「なんで? 腹減った」
目の前に用意されたご馳走の半分はヒジリに食べさせたし、パン以外ほとんど食べていないのだ。しょげて項垂れていると、呆れ顔のシフェルに諭されてしまった。
「いいですか? あなたの発言で毒が盛られていたと判断しています。その料理に手をつけないのは当然でしょう? 毒を盛られたのが、あなたなのか陛下なのか。わからないのですよ」
状況はわかった。お座りしているヒジリの頭を撫でながら、聖獣にも毒は効くのかと疑問がわいた。
「なあ、ヒジリ。お前は毒が効くの?」
『すべて無効化されるゆえ、我に毒は効かぬ。そもそも人や魔獣のような生命体と違う』
後半はよくわからないけど、とりあえず解毒しなくていいのは理解した。頷いて喉をなでてやる。もしヒジリに毒が効いて、オレの飯をわけた所為で死んだら大事件だった。
「毒の味はわかる?」
『辛く感じる』
「さっきは?」
『少々辛かったな』
あれ? 毒が盛られたのは、オレじゃん。ヒジリとの会話を終えて顔を上げれば、オレ以上に複雑そうな表情をしたシフェルと目が合った。視線を逸らせば、リアムも考え込んでいる。
皇帝陛下の食事ともなれば、専門の毒見役がいる。調理は一緒に行われても、盛り付ける皿はそれぞれ別だ。盛り付けた後でオレの皿だけ毒を振りかけたら、リアムの毒見に引っかからない。オレは皇族じゃないから毒見の対象から外れていた。
何も気付かず食べて、毒殺が成功する可能性が高い。コース料理の食べ方やマナーを勉強した後なら、リアムに食べさせてしまう危険も回避できる。
つまり……確実にオレを狙った毒殺事件。
「オレが狙われたみたい」
「そうですね。聖獣殿の話を考えると、あなたの料理に毒を入れたと考えるべきでしょう」
がたんと椅子の音をさせて立ち上がったリアムに、オレは驚いた。普段は音をさせるような立ち振る舞いをしないのが皇帝陛下だ。それだけの教育を受けたはずなのに、派手な音を立てて椅子が後ろにずれた。
「リアム?」
「セイを狙った者を見つけ出せ! シフェル、これは最優先だ」
低い声は怒りを滲ませていて、心配されて嬉しい反面…ちょっとだけ不安になった。オレが知ってるラノベの王族は公平に振舞うことを求められていた。オレ1人に心を傾けると、内部の貴族に反発を食らうんじゃないか?
視線を合わせたシフェルが額に手を当てた姿を見て、やはりマズイのかと確信した。
「あのさ、リアム。オレの方で、レイルに調査を頼むから騒がない方向で頼むわ。相手に警戒されたら逃げられちゃう」
「しかし! 余の友人であり異世界人であるセイを狙うなど……それも余との会食の場でだ。これは皇族への挑戦だぞ」
「まあまあ、落ち着いて。殺されかけたのはオレだから、ケンカはオレが買う。友人であってもリアムに譲る気はないぞ」
くすくす笑いながら、収納から取り出したクッキーを頬張る。ついでにリアムの前にもクッキーを積んだ。この世界では焼き菓子はあるが、クッキーのようなさくさくした歯触りの菓子はない。もっとしっとりした物が主流だった。
作って振舞ったときから、リアムがこのクッキーを気に入ったのは知っている。少し傾きかけた機嫌が上昇するのを見ながら、リアムにダメ押ししておいた。
「オレの獲物に横から手を出すと、噛まれるぞ」
「……わかった。譲る」
ご褒美とばかり、摘んだクッキーをリアムの口に押し当てる。ぱくりと開いた口に食べさせて、オレは収納から非常食が入った袋を引っ張り出した。
収納魔法で保管したものは、腐りにくいが痛まないわけじゃない。数ヶ月の保管は可能らしいが、生ものや水分が多い食べ物は腐ることもあるらしい。そのため、非常食袋は乾燥したものが多い。
干した果物、乾パン、干し肉、多少の調味料、チーズ……とりあえず、収納魔法で確保していた食料は安全だと判断して食べ始めた。『腹が減っては戦は出来ぬ』というからね。ちなみに後日、ヒジリ相手にこの諺を披露したところ通じなかったので、こちらの世界には該当する諺がないと判明した。
「レイルさんへの連絡は早いほうがいいでしょう。私が手配します」
「お願い」
チーズを放り込んだ口が空になるのを待って、頼んでおく。ふと静かなリアムが気になって目を向けると、きらきらした目で乾パンを拾い上げていた。
ちょっ! 食べやすいクッキーを用意したでしょ。なんで食べにくい乾パンに手を伸ばしてるのさ!! 慌てて取り上げる。
「何をするのだ、セイ」
「いや、これ硬いから。クッキー食べなよ」
「嫌だ」
なぜか乾パンが入った袋をリアムと取り合うはめになる。こういう場面で止めに入るはずのシフェルが連絡で席を外したため、誰も止めない争いは激化した。そして布の袋が裂けて乾パンがテーブルの上に散らばる。
「あ~あ」
肩を落とすオレをよそに、リアムは嬉しそうにひとつ口に放り込んだ。もう諦めたので見守るが、硬すぎて口の中で右へ左へ移動させている。それは歯が折れないように奥歯でゆっくり噛むか、飲み物で柔らかくして食べるんだよ……と注意する前に、がりっと大きな音がした。
ばりばりもぐもぐ食べる音が響き渡る。
知らなかった。乾パンを食べる音って意外と煩いんだな。敵地で食べるときは飲み物に浸す一択にしよう。リアムが紅茶に手を伸ばし、ぐいっと一気に飲み干した。お行儀は悪いが、気持ちは理解できる。最初に食べた時のオレの反応と一緒だもん。
前世界で知ってる乾パンより硬くて、口の中の水分を一気に吸い取る。飲み物なしで食べたら、喉が渇いて脱水症状になりそうな食べ物だった。長持ちするのはわかるが、結構危険だと思う。
「……不思議な味だ」
「硬くて美味しくないでしょ。クッキー食べなって」
クッキーの皿を押しやるが、今度は干し肉に興味を示した。うーん、止めるべきなのか。一度味わえば満足するだろうから、好きにさせるか。迷いながら、小さく裂いて差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
裂いた残りを口に運ぶ。2人でもぐもぐ噛み締めているところに、シフェルが戻ってきた。
「レイルさんには連絡が取れました……何を召し上がって、え?」
毒があるから食べるなと皿を下げさせたのに、食事を続行しているオレ達に首をかしげる。まだ干し肉が口内を蹂躙中なので、残った干し肉を指し示した。理解するなり、シフェルの顔が青ざめた。
「もしや……同じ干し肉を裂いて食べたり……?」
頷くと、なにやら口の中で文句を言いながら崩れ落ちる。騎士として皇帝の前で突然床に崩れるのはどうかと思う。ようやく解けた干し肉を水で一気に流し込んだ。
「んっ……どうした?」
「この話は絶対によそでしないでください!!」
両手を握って懇願するように迫ってくるシフェルの勢いに負けて、こくこくと縦に頷いた。なんだか怖い。そんな必死になるような事件、あったか?
「陛下も、よろしいですね?」
疑問系なのに命令のように言い聞かせる器用さを発揮した騎士に、皇帝陛下は無邪気に頷いて笑った。
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