31.同衾って同性でも使うの?
真っ赤な顔のリアムの後ろを歩いて、彼の寝室に入る。すでに風呂は入って髪も洗ったし、あとはゆっくり休むだけなのだが……。
「いいですか? 絶対に同衾は認めませんよ」
「同衾って、同性同士でも使うの?」
シフェルの念押しにオレは首をかしげた。同じ布団で男女が寝るときに使う単語だと思ったんだけど、この世界では違うのか。しょっちゅう常識を疑われたため、もう知らないことがあっても疑わずに受け入れる態勢に入っている。
「……とにかくダメです」
「わかったよ。こっちのソファを借りるから」
やたら広い部屋は、ふかふかの絨毯が敷き詰められていた。謁見の間のふかふか具合と同じだ。しゃがんで直接絨毯を撫でて、後ろのヒジリに声をかけた。
「ここで寝ても平気そう」
「セイ、それはダメだぞ!!」
なぜかリアムに叱られた。大人しく頷いて了承しておくが、前世界で使ってたせんべい布団より絶対に柔らかくてふかふかだ。手触りがよくて、ぺたんと絨毯に座った。なにこれ、すごい柔らかいんですけど。
ヒジリが寝そべったところに寄りかかると、あら不思議。すごい寝心地がいいベッドが出来た。このまま寝たら温かいし、よく眠れそうな気がする。
やたら立派なキングサイズ以上のベッドは、ほぼ正方形だ。天蓋がついて豪華なベッドから少し離れると、応接セットが置いてあった。オレは猫足の長椅子に寝る予定なのだが、このままでも十分熟睡できる。というか、官舎のベッドよりリアムの寝室の絨毯のが寝心地良さそう。
ちょっとした疑問だが、どうして貴族の邸宅は猫足の家具が多いのだろう。実用性を考えたら、どっしりした足の方が長持ちしそうな……まあ、この種の人達は実用性は無視して見た目重視の可能性もあるか。
「セイ、床で寝るなら余も……」
「陛下! そのような我が侭は」
「少しも許されぬか?」
隣に寝転ぼうとしたリアムを叱ったシフェルへ、静かに切り返す。リアムの無言の圧力に、シフェルは周囲に目配せして人払いをした。侍従や侍女が姿を消したのを確認して、床に膝をついてリアムに視線を合わせる。
「お分かりでしょう、陛下。あなた様はこの国の要です。多少の自由は許されますが、身分に合わぬ我が侭は」
「余は皇帝になりたかったことなど、一度もない」
オレだったら怒鳴り散らす場面で、リアムは淡々と静かに声を荒らげず口にした。シフェルは言葉に詰まったのか、きつく目を閉じて項垂れている。
なにやら深刻な場面で大変申し訳ないのだが……。
「リアム」
「なんだ?」
「お腹すいた」
空気を読まない発言なのは重々承知で、腹の虫が喚く前に宣言しておく。だって真剣な話してる感動的なシーンで、オレの腹が鳴るの格好悪いじゃん。それなら自己申告の方がマシだった。
「ぷっ……わかりました。用意させます」
吹き出したシフェルが表情を和らげて立ち上がると部屋を出た。その後姿を見送ったオレに、リアムは泣き出しそうな顔で抱きつく。反射的に受け止めて、後ろのヒジリに寄りかかった。
また押し倒されてる気がする。
「ありがとう、セイ。余…いや、俺はいつもお前に助けられているな」
助けた記憶がないので、何も言えない。リアムが何やら感動しているらしいと判断して、そっと肩を抱き寄せてみた。黒髪から、すごくいい匂いする。
「俺が一族の最後の子なのは事実だ。皇帝になりたくなかったなど、臣下に対して絶対口にしてはいけないのに」
後悔するリアムの声が震えていて、単純に考えなしの発言が口をついた。
「あのさ、臣下に対して口にしちゃいけないなら、オレに言えばよくね? だって友達じゃん。友達になら愚痴を言っても構わないだろ」
「セイ、に?」
顔を上げたリアムの目尻に涙らしき光るものがあって、そっと指先で拭っていた。すごいイケメンな行動だが、今はイケメン(仮)だから許されると思う。拭った涙を追うようにリアムが顔をそらした。耳まで真っ赤なのが可愛い。
その気がなくても美人は好きだし、可愛いは正義だ。
「事情はよくわからないけど、文句や愚痴ぐらいオレが受け止めるよ。だから泣くなよ」
「……セイと出会ってよかった」
感動の場面で吐かれたセリフに、背筋がぞくっとする。やばい、なんかフラグっぽい。これは帰って来れない予感とかじゃないよな。明日から戦場なのに、そんな別れ際のセリフは怖い。マジ怖いから。
「えっと……オレもリアムと出会えてよかったし、これからも傍にいるからさ」
フラグ打消しのために、長生きフラグを立てておく。きっと上書きされると信じたい。というか、信じるしかなかった。
ヒジリがのそりと動いたせいで、オレは背もたれを失って絨毯の中に倒れこむ。幸いにして柔らかい絨毯が受け止めてくれたので、痛みもなく寝転がった。問題はその上にのしかかった状態で、潤んだ瞳の黒髪美人さんだ。
子供の身体だけど、何か起きてはいけないオレのオレが目を覚ましそうです…はい。
「お待たせしまし……、何をしているのですか? キヨ」
「え? なに、オレが悪いの?」
食事を運ぶ侍女を連れて戻ったシフェルの低空飛行の声に、オレは反射的に身を起こした。なんだろう、殺気が物凄いんですけど。子供同士が寝転がってるだけなのに、まるで婦女子を襲おうとした獣扱いされてる気がします。
「食事にしよう、セイ」
お腹が減ったのだろう? 無邪気なリアムは殺気に気付かないのか、あっさりスルーした。過去のオレならたぶん出来たけど、訓練して気配に敏感になったオレにとって針の筵だ。
シフェルが差し出した手を平然と受けたリアムが先に起き上がる。続いて立ち上がったオレは、用意された食事に目を輝かせた。
「まともなご飯だ!」
顔を見合わせたリアムとシフェルが苦笑いする。訓練中の携帯食は朝食だけだが、夕食はマナー教室だった。そのため食材は豪華だが、自由に食べさせてもらえなかったのだ。訓練期間の状況を思い浮かべた2人は、さっさと席に着いたオレを生ぬるい目で見守る。
「どうしたの? 早く食べよう」
「そうだな」
同意したリアムが席につき、侍女が飲み物を用意していく。その後は人払いをしてもらったので、遠慮なくパンに手を伸ばした。白くて柔らかいパンを頬張り、幸せに頬が緩む。
「多めに焼いてもらって、収納していこうかな」
「ならば今夜のうちに用意させる」
「ありがとう、リアム」
『主殿、我も』
口をあけるヒジリへパンを放る。ぱくりと空中で受け止めたヒジリがパンを食べ終えるのを待って、今度は肉を切り分けてやった。気付けば半分近くヒジリに食べられている。
「キヨ、聖獣殿の肉は用意させますから」
普段なら侍女が立つ場所で警護するシフェルの言葉に、収納魔法から生肉を引っ張り出して与えればよかったと思い出した。ヒジリ用に沢山貰ったのを保管していたのだ。
すっかり忘れて、自分の食事を与えてしまった。
「お腹が減っているのなら、分けて食べよう」
「いえ、追加を用意させますので」
シフェルにしっかり止められる。友達同士なら普通の行為も、必要以上に厳しく咎められている気がした。これはリアムも窮屈だろうと思う。
「いいじゃん、分け合って食べるのも友人同士なら当たり前でしょ? ついでに毒見もできるし」
リアムが切り分けてフォークで差し出した肉をぱくりと口で受けた。同じ肉だが少し味が違う。首をかしげて飲み込んだ。
「あれ? オレのと味が違う」
「「え!」」
途端にシフェルは何やら薬を取り出し、受け取ったリアムは魔法で作った水で流し込む。それから同じ薬の包みをオレに渡した。急な展開によく分からなくて、手の中の紙包みをじっと見つめる。
「なにこれ」
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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