30.増える魔力と罰ゲーム
初日から地下を爆破したり窓をぶち破ったりしたオレは、最後の夜を前に床をぶち抜いた……という不名誉な事実を残して移動となった。戦場への移動は転移魔法陣があるので早朝で問題ないが、壁や窓が抜けてる程度ならともかく、床のない部屋で寝るのは不可能だ。
咄嗟に部屋の外へ逃れたシフェルに捕獲され、宮殿の一室に放り込まれた。とりあえず、貸せる部屋を手配してくれるらしい。
「セイ、余の部屋に泊まれば……」
「陛下」
「構わぬ。余が決めた」
静かな声で制止するシフェルに、リアムは珍しく食い下がった。
他の傭兵たちは官舎に残してきたが、実戦の前日に10人も軽傷者が出たのはいただけない。まあ、ふんだんに絆創膏を渡したので治るだろう。被害者のはずが叱られたオレは頬を膨らませたまま、不満を表明しつつ紅茶のカップを引き寄せた。
「オレはリアムの部屋でいいぞ。ソファとかあるだろうし」
皇帝陛下の寝室ならば、大きくて柔らかいソファがあるだろう。そこに寝かせてもらえれば熟睡できる自信があった。何しろ、魔力酔いとやらのせいで眠いし怠い。このまま眠ってしまいたかった。
客間のような部屋は、応接セットと立派な飾り棚が目をひく。上に控えめに小ぶりなシャンデリアが揺れていた。壊すと高そうだ。
「同室など絶対に許しません!」
「……同性の子供同士ならばおかしくあるまい」
ふてくされた様子でさらに続けたリアムが、バンとテーブルを叩いて立ち上がった。
「とくかく、これは決定事項だ! 余の部屋にセイを泊める!」
「……しかたありませんね。では控え部屋に私が泊まりこみます」
「許す」
妥協したリアムとシフェルのやり取りを聞きながら、熱に浮かされたように頭が働かないオレは、ソファに備え付けのクッションを抱えて顎を乗せた。赤瞳になったからなのか、単に魔力の使いすぎや制御不足で酔ったのか。とにかく体調不良ってやつだ。
膝の上の大きなクッションに顎を乗せたまま、大きな欠伸をした。
「どっちでもいいよ、もう」
呟いた途端、近づいたリアムが手を額に当てた。ひんやりする指が心地よくて目を閉じる。リアムの手から冷たい水が流れ込むような感じがした。すこし意識がはっきりしてくる。
「ん、楽になった。ありがと」
「セイの魔力量はまだ増えるな」
「……まだ、ですか?」
眉を顰めたシフェルと正反対に、リアムは嬉しそうに断言した。
「ああ、おそらく余と同じか。それ以上だ」
2人の話に、オレは首をかしげる。あれ? 魔力は聖獣がオレに注いだ分だけだよな? 異世界に落ちたときに注がれた分だけなら、なんで増えるんだろう。もって生まれた能力を伸ばすのと違うはずだ。
「――魔力って増えるの?」
「「『は?』」」
今、1人増えた? かしげた首をさらに傾けると、足元から目を丸くしたヒジリが覗いているのに気付いた。ああそうか、頭が茹ってて忘れてたけど、ヒジリがいたんだわ。
『主殿、おかしなことを……』
「セイは常識を知らないから」
「そうですね。我々の常識が通用しない人ですから」
たいがいに失礼な連中だ。オレが非常識みたいな言い方しやがって。かしげるのをやめて、クッションの上に真っ直ぐ顎を乗せる。リアムの手が離れると、あのひんやりした感覚が消えた。
「魔力制御のときに説明したであろう。人は生まれたときに与えられた魔力量は固定されるが、使う魔力や能力によって変動するのだ。セイの場合は聖獣殿と契約したことで倍近くまで魔力量が増えるだろう」
「……そんなに要らない」
嫌な予感がするんですけど? オレが知る数少ないラノベの勇者は異世界召還されて、訓練や冒険でどんどん魔力量を増やしたんだよ。そしたらさ、魔王復活の鍵とかで死に物狂いで戦うはめに………あらやだ、フラグなんかじゃないぞ。
「セイは贅沢だ。竜属性だから魔力が多いので不便しないが、犬や猫属性の中には生活に使う収納魔法にすら足りない者がおるのだ。そのような贅沢を口にしては怨まれるぞ」
窘めるリアムの声に「うん、気をつける」と素直に受け入れる。そうか、前に聞いてたけど、犬や猫属性の中には収納や湯沸しも魔力で出来ない人がいるんだな。その人たちにしてみたら喉から手が出るほど欲しい魔力だろう。
つまりあれだ。前世界のオレが金持ちセレブを羨ましく思ったのと同じだろう。もし金持ちに「金などもう要らない」と言われたら、速攻殺す。平均50点顔の奴の前で、超イケメンが「女なんか飽きた」と言えば殴られても文句言えない。そりゃもう顔の形が変わるほど殴るわ。
「まだ具合が悪いのですか?」
シフェルが顔を覗き込んでくる。相変わらず綺麗な顔してるな。でも右頬にうっすら傷痕があるのは……もったいないが、本音だと「ざまぁ」だ。巨乳の別嬪さんを嫁にするなんて、もげればいいのに!
「余の部屋で休むといい」
「陛下、あなた様の仕事は残っていますよ」
「……今日くらい許せ。明日はセイもそなたも出掛けるであろう?」
時間がないのだと唇を尖らせる子供っぽい仕草に、オレはぼんやりした頭で「可愛いなぁ」と呟いていた。頭の中だけのはずが、声に出ていたようで……。
「あ……ありがとう」
なぜか真っ赤な顔でリアムに礼を言われてしまった。複雑そうな顔をしたシフェルが紅茶を飲み干してカップを伏せる。同じようにオレも飲み干してひっくり返した。
リアムは「出掛ける」なんて穏やかな表現をしたが、出掛ける先は戦場だ。この世界に来たばかりの頃に体験した本物の戦場は実弾が飛んでくるし、魔力の篭もった弾に当たれば死ぬ。
「この怠いの、明日は治るかな」
体調万全で臨みたいとぼやけば、ヒジリがのそりと立ち上がった。クッションを抱いたままのオレを後ろに押し倒す。前足で器用に押されたが、勢い余って頭を肘掛にぶつけた。滅茶苦茶痛い。
「ううぅ、何するんだよ。ヒジリ」
痛いだろと涙目で見上げると、上に覆いかぶさったヒジリが顔を舐める。猫科の舌はざらざらしていて痛い。文句を言うために口を開いたら、口の中まで舐められた。
「ちょ……っ、あ……」
なんだろう、襲われてるの? 性的な方向性で??
状況が理解できないが、とにかく窒息しそうになって鼻で必死に息を吸う。苦しかったが、すぐに大きな舌は出て行った。涎だらけだし、口の中の涎を多少飲んじゃったし……最悪の気分でヒジリの顎を押しのける。
「……っ、ヒジリ~~!!」
怒りの声をあげると、驚いて固まっていたシフェルが慌ててタオルを取り出した。丁寧に拭いてくれるタオルが、ひんやり冷たく湿っているのは嬉しい。気持ちいい冷やしタオルで顔や首をぬらした涎を拭った。
「ありがと」
「いえ……今のは、その……」
シフェル、目を逸らさないで欲しい。オレは別に獣姦とかの変な趣味は持っていないから。
『頭痛も魔力酔いも治ったであろう』
得意げに尻尾を振るヒジリの指摘に、そういえばと気付いた。身体がやたらと軽いし、あの気怠い感じもない。熱に浮かされたようだった頭もすっきりしていた。
『肉食獣と無理やりディープキス』という罰ゲームめいた心理的ダメージを無視すれば、気分も悪くないのが……なんだか悔しい。
「治ったけど……」
『どうした?』
「他の治療法はないの?」
『ない』
断言されてしまったので、項垂れて「ありがとう」と礼を口にした。礼を言わないなんて最低だし、こんな罰ゲームの後に礼を言わされるのも最悪だ。
ふとリアムが静かなことに気付いて顔を向けると、困惑した表情のシフェルの前で固まっている。刺激が強すぎたのか、戻ってこれないみたいだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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