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05.猫じゃなかった

「だからさ…………じゃね?…」


「…いや……無理……」


「……アイツに…預け…ら………」


 ぼそぼそ話し声が聞こえて、左手を持ち上げる。


 頭痛がひどくて吐き気がした。咄嗟に口元を押さえて身を起こそうとする。だが思うように動かない身体は、ごろんと寝返りを打つに留まった。


 簡易ベッドの上に転がされた身体は重く、僅かな動きでも辛い。



「あ、起きた! ……具合悪そうだが」


「本当だ。こりゃ魔力酔いだろう」


「リラの連中より優秀じゃん?」


 口々に勝手なことを言うサシャ、ジャック、ライアンの声を聞き分けて、ほっと息をついた。


 あの女性がいる気配はない。人の気配なのか、魔力なのか。とにかく目で見なくても、相手が特定できるのはチート能力だろう。


 敏感だとやたら褒められたし、少なくとも異世界に転移するまで持たない能力だった。


「……ぅ、きもち、わるっ…」

 必死に状態を訴えると、誰かがそっと背を擦ってくれた。風邪を引いたときの母親を思い出す。だが、このごつごつした手は……おそらくノアだろう。


 背後の気配を感じながら、何度も嘔吐(えず)く。擦られている間に落ち着いてきたので、恐る恐る目を開いた。幸いにして眩暈はない。


「起きるか?」


 ノアの言い方は硬いのに、声に込められた感情は柔らかい。それに気付いて頷いた。


 助け起こしてくれる手が自分より冷たい。どうやら少し熱があるらしい。ベッドの上に座って足を落とすが、床にわずか届かなかった。


 やっぱ縮んだんだな……。まさか足だけ短くなったわけじゃあるまい。つうか、いくら美形になろうとそんな車高短(シャコタン)体形は嫌だ。


 格好悪すぎる……。


 ぼんやり考えるが、頭の中に霧がかかったようで纏まらなかった。



「ちょっとゴメン。ああ、熱があるな」


 ライアンが手を伸ばして額に当てた。冷たくて気持ちがいい。ぼんやりした意識の中で感じたまま、冷たい手を掴んで押し付けた。


「こら、離せって」


「やだ……」


 具合が悪い所為か、自分が幼い外見につられているのがわかる。恥ずかしく思うより、ただ冷たい手を離したくなかった。


 ひどく我侭な感情のままに振舞うと、苦笑したライアンが肩を竦める。諦めた彼の手が離れることはなかった。


「ノア、氷くれ」


「ああ」


 ひやりと首筋に触れた氷に、ぼんやり後ろを振り返る。ノアが袋に入れた氷を差し出してくれるのがわかった。受け取って頬に当てると気持ちがいい。


 強く掴んでいた手を放り出し、氷を抱き寄せた。とにかく頭が痛くて、冷やすと楽になれる。



 ようやく開放された己の手を見つめるライアンが、驚いた顔をした。


「なあ、ジャック。こいつ……使えるぞ」


「何が?」


 赤く痕がついた手首を示して、氷に頬擦りしているオレに視線を戻す。


「俺が手を振り解けなかった、この意味わかるだろ?」


 まったくわからない。だが伝わらなかったのはオレだけらしく、ノアとジャックは顔を見合わせて頷いた。


 サシャの黒い目が鋭く細められる。



 何か悪いことしただろうか。


 不安になって見上げると、彼らはいっせいに視線を向けた。注目されたことで、余計に不安が募る。


 座った状態で足をぶらぶらさせる子供を取り囲む、ガタイのいい兵士達……どう考えても安心できる要素がない。


 オレがいた世界なら、誘拐犯と被害者の子供にしか見えなかった。



「あの~」


 沈黙が怖くて声を出すが、その先の言葉が出てこなかった。


 いろいろ聞きたいのだが、何を尋ねればいい?


 質問なんて、ある程度状況がわかっていないと出来ない。何を質問すればいいのか、わからないこともわからないのが現状だった。


「ああ、悪い」


 ジャックがくしゃりと髪を撫でてくれた。大きく温かな手の感触にほっとする。今まで生きてきた中で、こうして頭を撫でられる機会なんて、どのくらいあっただろう。


 子供の頃はともかく、義務教育を受ける頃から減っていった。高校生になった頃には、大人に頭を撫でられる経験なんてない。


 久しぶりの行為に感じるのは、なぜか安心だった。


 外見が子供になると、中身もつられるという意味か。


 まあ12歳なら頭撫でられる仕草も似合うからいいけど…。



「まず、さっきは悪かったな」


 アラクネと名乗った女性のことだと気付く。彼女を『リラ』と呼んでいたが、名前の略称ではなさそうだ。首を傾げて疑問を口にした。


「うん。あのさ……リラって、何?」


「牙のみが集まった部隊の通称がリラだ」


 何かの頭文字を集めた読み方かも知れない。おいおい覚えればいいかと「ふーん」と生返事で応じる。ジャックがまた髪をぐしゃりとかき乱した。


 足をぶらぶら揺らして頭を撫でられる姿は、外見相応の子供だ。


「お前のことなんだが、猫属性じゃない」


 複雑な心境を飲み込んだ苦い顔で、ノアが呟いた。倒れる前の会話を思い出せば、確かにそんな話をしていたな……と頷く。


 アラクネには「猫じゃない」と判断されたし、ジャックも「もしかして」と別属性を示すような発言をされた。


 これは覚悟を決めて聞く話か。


 ごくりと喉を鳴らして真剣にジャックの目を覗き込む。


「……おそらく希少種の竜だ」



「はあ……」


 凄い、のか。いや、数が少ない種族だと判明しただけのこと。特に能力が優れている属性という話じゃない……たぶん。


 考え事をしながら聞いているので、どうしても返事が中途半端になる。しかし彼らも驚いているらしく、特に咎める声は上がらなかった。それどころか、どこか同情する目で見られている。


 もしかして、竜は盛大な欠点がある……とか? 


 チート能力与えた引き換えに、大事な部分をマイナスされたんじゃないかと不安になった。


「猫と竜は似ているところがあって、どちらもゆっくり瞬きすると落ち着く習性がある」


 なるほど。


「竜は気が荒い。だが、それは戦闘時のみで普段は大人しい」


 へえ。


「珍しい属性だが、牙と違って尊敬の対象になるから安心しろ」


 ん? 牙と違って?


 ノア、サシャ、ライアンの説明に頷いていたが、最後の部分に引っかかる。


 牙だと尊敬されない? 眉を顰めて少し考え、素直に尋ねた。


「牙は尊敬されないのか?」


「さっき会ってわかっただろう。奴らは蛇と竜の間の習性を持つ。周囲を不快にさせる魔力を放つし、嫌われるような性格をしている奴が多い」


 ジャックの説明は端的だが、なんとなく理解できる。


 あの気分の悪さと恐怖感は、どうやら魔力の種類? 質? が原因だったらしい。だから魔力や気配に敏感なオレは極端に反応したのだろう。


 逆に魔力に疎い属性の奴は、牙が傍にいても気にならない可能性がある。性格が悪いのは、アラクネの態度を見れば一目瞭然だった。嫌がってるのを承知で触ろうとしたくらいだ。


 彼女が牙の一般的なタイプだと仮定したら、お近づきになりたいタイプじゃない。



 竜と蛇の間……つまり、東洋でいう『龍』みたいな感じか。


 蛇という属性はなかったから、動物としての蛇が習性として近い可能性がある。少なくともアラクネと名乗る彼女の言動から蛇に近い感覚を受けた。


 オレが知る龍はこう……もっと畏怖と尊敬の対象だった気がする。大雨降らして地上を沈めたりする龍神の話もあるが、雨乞いに応じて恵みの雨を降らせてくれるイメージの方が強かった。


 そう、圧倒的な強さと畏怖で崇められる神様。


 牙が自動翻訳で龍にならない理由は、ここにあるのかも知れない。勝手に言葉を翻訳してくれるチートは、勘違いするような誤訳を避けたのだろう。


 でも、なぜ蛇じゃなくて牙? の理由はわからない。



「ただ……牙の戦闘能力はかなり高い」


 その戦闘能力こそ、牙が周囲から排除されない理由だろう。4つの国に囲まれて常に敵の真ん中で戦うこの国にとって、戦闘能力が高い種族や属性は必要不可欠だ。


 強いから、多少のトラブルは見逃される。ましてや、高い能力を誇る牙同士で集まった『リラ』という部隊の評価は高い筈だった。


 多少の問題を起こす精鋭部隊扱いだ。


「……牙は竜より強いの?」


 あの嫌悪感や恐怖は、牙への拒絶反応だと思う。オレの子供っぽい問いかけに、ジャックは笑いながら首を横に振った。


「竜の能力は高いが、滅多にいないからな。牙はかつて竜の眷属だったし、竜の方が明らかに上だ」


 思い浮かべたのは本に書かれた順番だ。気性が荒い属性が左側に並んでいたが、もしかしたら強さの順に多少関係あるのかも知れない……いや、それはないか。少なくとも犬や猫より兎が強いってのは想像できない。気が強いってのは理解できるけど…。


 かつて友人が飼っていたウサギを思い浮かべて溜め息をついた。



「竜だといいこと、ある?」


 一番大事なことを聞いておく。


 希少種なのはわかった。牙より立場が上だった時代があるのも理解した。ただ珍しいだけで際立った能力がないなら、この異世界で生き抜くのが難しくなる。


 ふと……気付いて周囲を見回した。簡易ベッドに座るオレのベルトに、銃がない。見回しても枕元やサイドテーブルの上に銃はなかった。


 あれは武器であると同時に、他人からの借り物だ。命より大切にしろと言われたことを思い出し、血の気が引く。


 やばい、殺されるかも……。


「竜は魔力や気配を感じる能力が高く、さらに…」



「ごめん、遮っちゃうけど」


 説明を止める声を上げれば、ジャックは小首を傾げて続きを促してくれる。


 気遣い上手なお兄さんといった感じだ。彼とはこれからも良好な関係を築いておこう! 保護者代わりになってくれそうなジャックをロックオンしておく。


「オレが持ってた銃、どこいった?」


 最後に手にしたのは倒れる前、アラクネに向けた時だ。あの後に気を失って運ばれたとしたら、誰かが預かっている可能性がある。


 セキマと呼ばれていた彼に会う前に返してもらわないと、命が危ない気がした。


 失くしたなんて言ったら、無言でいきなり撃たれる……たぶん。


 ノアが目を見開き、何か納得したように頷いた。


「銃なら、赤魔に返したぞ」


「セキマさん、来たの?」


「ああ、倒れてるお前を無視してさっさと銃だけ回収していった」


 オレ、無視されたんだ……へえ。いや、いいんだけど? いいんだけどさ。


 子供が倒れてたら気にしてくれるのが普通だよな。最初に会ったときの印象は悪くなかったけど、実は性格悪いのか? めっちゃ心配して付き添ってくれとか言わないが、銃の回収だけってのは…。


 ライアンの説明に、複雑な思いが滲んで顔が引きつる。



「ところでな、勘違いしてるみたいだが『赤魔』は名前じゃないぞ?」


「え?」


「あいつの名前はレイルだ。戦うより情報屋として名を馳せてる。その二つ名が『赤い悪魔』で略して赤魔ってわけだ」


 咄嗟に口元を押さえる。ライアンは「やばい奴なんだよ」なんて同情っぽい口調で肩を叩いてくれてるが、オレは必死に笑いを堪えていた。


 ヤバイ、吹き出しそう。


 なに、その廚二病みたいな二つ名。髪が赤いからか? それ以前に二つ名って、普通にあるんだ。


 確かに魔法使い映画でも『疾風の○○』とか『闇の○○』とかあったけど、あんな恥ずかしいの、現実で呼ぶの? 使えるの? 呼ぶたびに笑う予感しかないけど。


 肩を震わせるオレに何を思ったのか、ジャックがくしゃりと髪を撫ぜる。


「まあ、二つ名あるような実力者だってことさ。この最前線でも二つ名をもらう実力者は2割もいないしな」


 ……2割近くも、あんな二つ名持ってる人がいるんだ……っ!


 まあ、ファンタジーだから? 仕方ないのか。


 そこでふと気付く。


 ジャックは現場で指揮を取っていた。つまり、指揮官クラスってこと。まさか……?


「えっと……ジャックもあるの? そういう名前」


「あるぞ」


 答えたのはジャックではなくノアだ。慌てた様子で止めようとするジャックの手を払うノアが告げたのは、またもや痛い名前だった。



「『雷神ジャック』だ」


 雷神……、近いうちに風神も出てきそうだ。


 フラグを立てた気もするが、たぶんどっかにいる。妙な確信を持って聞いた名に、ジャックはむっと口を尖らせていた。


 どうやら二つ名が気に入らないらしい。


「格好いいじゃん、ジャックは嫌いなの?」


 子供特有の無邪気な残酷さで、傷口に塩を塗りこむ。計算してにこにこと笑顔を浮かべれば、吹き出しそうな顔の緩みも誤魔化せて一石二鳥だった。


 頭の上に置いたままだった手がぴくりと動き、ジャックが大きく溜め息を吐く。次いで、その手に頭をがしっと鷲づかみにされた。


「呼ぶなよ?」


 疑問系の言葉だが、声は強制力が滲んでいる命令だった。頭を掴まれた状態で逆らう術はなく、傷口に塗りこんだ塩は早々に回収する。


「わかった」


 素直に了承したオレに、ジャックは苦笑いして乱暴に髪をかき乱した。

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