28.聖獣に噛まれるだけのドMなお仕事
嬉しそうなリアムから目をそらす。なんだろう、友人を変な道に引きずり込もうとするような、奇妙な罪悪感が胸に広がってくるのは……。気を取られていたため、重ねられたスレヴィの発言の意味を理解せずに、オレは無責任に頷いていた。
「では、後ほどお願いしましょう」
ご機嫌で座りなおすスレヴィに、オレは少し首をかしげる。何か頼まれたみたいだが、後でリアムに聞けばわかるかな。
「それより、いつ噛んでもらえるのだ?」
きらきら輝く瞳で尋ねる友人に、何故だろう……涙がでそう。聖痕だとか聞いたけど、普通に噛まれて痛いだけだから。魔力増える特典とかないし。でもわくわくしている友人の頼みを無碍にも出来なくて。
「……ヒジリ、リアムの指噛んであげて」
『主殿……先ほどの話を理解したのか? あれは名誉の』
「噛んで」
今度は命令の意思を込めて繰り返す。ヒジリはのっそり身を起こし、お座りの姿勢をとった。手招きされたリアムの指をオレが掴んで目の前に差し出す。
「はい、ヒジリ」
がぶっ……咥えたヒジリの顎に力が入る。みしっと骨が軋む音がして睨みつけると、ふふんと得意げな顔をして離した。滅茶苦茶痛い……。
「っ……結構痛いのだな」
リアムの指が赤くなっている。明らかに血が出るほど噛まれている事実に、慌てて水を作り出して傷口を洗った。こういうときに魔法は便利だ。ついでに水の球を余分に作り出して、ヒジリの上で弾けさせた。ばしゃと派手な音でヒジリの上に水が降ってくる。
魔法が生物に無効の話を聞いて気付いたんだが、やっぱりオレが思ったとおりだ。魔法を攻撃の目的で他者に向けると無効化されてしまうが、今回のように『水の球を作り出す』から『水の球を弾けさせる』を通って、自然落下に任せる方法なら、他者に魔法の影響を行使できるのだ。
直接、魔法による攻撃をする意図がなければ、魔法が無効になることはない。試すついでに、リアムを傷つけた罰を与えてやった。
『っ、主殿っ!!』
「ヒジリが悪いんだろ」
頭から水を被ったヒジリの文句をぴしゃりと跳ね除け、リアムの手を確認する。右手の人差し指の先に小さく牙が刺さった跡があり、傷口からまだ血が滲んでいた。絆創膏を取り出しながら、この綺麗な手に傷跡が残ったらどうしようと眉尻を下げる。
「気にするな、余の望んだことだ」
スレヴィの目を気にしてか、皇帝としての振る舞いで笑うリアムだが、やはり痛そうだ。傷に気を取られていたから、行動は無意識だった。傷口を口元へ運び、溢れる血をぺろりと舐める。そのまま牙の傷がある人差し指の第二関節まで口に含んだ。舌を這わせてから、取り出して傷口を……あれ?
「傷が、消えた?」
「なんだ、治してくれたのか? ヒジリ」
水を掛けて悪かったなと反省しながら振り返れば、ヒジリは濡れた髭を手で拭ったあとで全身をブルブル震わせた。水しぶきが飛んできて、咄嗟にビニール傘をイメージした結界を張る。
「びっくりした」
『びっくりしたのは我の方ぞ。主殿は治癒が出来るのか』
「「「え?」」」
ヒジリ以外の3人の疑問の声が被った。何を奇妙なことを言い出したのかとヒジリの頭に手を乗せると、半端ない激痛が走る。
「うぅ……っ」
呻いて手を見れば、中指があり得ない方角に曲がっていた。これは骨が砕けたか折れたか、なんにしろ重傷だ。痛みに呻いているオレの様子を不思議そうに見たヒジリが、ぱくっとオレの手を咥えた。引き抜こうとするより早く、痛みが消えていく。
「ありがと……」
べとべとの唾液だらけだが、指はちゃんと元の通り動くようになっていた。引き抜いた手を表裏と両面確認して、異常がないことにほっと息をつく、
『主殿は他人のケガしか治せないのか?』
「いやいや、治癒は出来ないから」
「余の指を治したのはセイであろう」
リアムもヒジリの意見を肯定する。さらさらと風になびく黒髪から良い香りがした。ごめん、ちょっと現実逃避していたみたいだ。
「えっと、オレがリアムの指を治したの?」
『間違いない』
「そうだ」
「見た限りでは間違いないかと」
スレヴィまで加わって肯定されたら、さすがに疑う余地はない。自覚がないので分からないが、ヒジリの真似して舐めたのが発動条件だったのかな? 後ろから伸びてきた薔薇の蔓を叩き落として、元通りになった自分の手を見つめる。
涎塗れの手……もしかして。
「ヒジリの涎に治癒効果?」
『違う』
一瞬で否定された。アホな子を見るようなヒジリの視線が突き刺さる。スレヴィは立ち上がると「失礼」と一声かけて、オレの手を掴んだ。折れていた中指をじっくり確認する。涎がついちゃってるけど……気にしないところが凄い。
「完治していますな」
なぜか嬉しそうなスレヴィは、取り出したハンカチで手を拭いながら席に戻った。オレもタオルを引っ張り出して拭いておく。寄ってきて顎を乗せるヒジリの頭を撫でると、まだ湿っていた。タオルでゴシゴシ手荒に拭いていると、リアムがヒジリにクッキーの皿を差し出す。
『主殿、食べてよいか?』
「おう、ちゃんとリアムに礼を言えよ」
声をかけてからクッキーを食べ始めるヒジリを背まで拭き終わる頃、スレヴィが声を上げた。
「傷が治ったなら、安心して手合わせが申し込めます」
「そうだな、官舎の先に芝生がある。そこで行うがよい。余も観戦するとしよう」
お茶の道具を片付けるもの、案内の先触れに走るもの、話を聞いていた侍女達の行動は早かった。薔薇のゲートの先に控えていた騎士達が駆け寄り、リアムの警護手配をする。
「まさか、これから?」
お茶してたし、勉強の途中だし? そんなオレの疑問は逆に不思議そうな顔をしたスレヴィとリアムに潰された。
「「当然だ(ろう)」」
当たり前なんだ? 逃げられぬまま、早朝訓練によく使われる芝の広場へとドナドナされた。
騎士団の剣を構えたスレヴィと向かい合い、オレはナイフを構えていた。なぜこうなった。そんな想いが過ぎるが、周囲を傭兵や騎士達に囲まれた今、逃げ場はない。
「ルールは降参するか戦えなくなった時点で終了。致命傷と銃は禁止だ」
審判役にジャックと騎士が1人立候補した。公平なジャッジを求めるためにリアムが提案したのだ。心配そうなノアの横で、仲間に加わったばかりのユハがおろおろしている。逆にヒジリは近くの木の枝で寝そべっていた。まったく心配する様子はない。
「では、はじめ!」
わいわい騒がしい傭兵と比べ、騎士は姿勢を正して落ち着いていた。近衛隊長の兄であるスレヴィの実力を知るから心配していないのが半分、皇帝陛下であるリアムの臨席も影響しているだろう。
普通に考えてもナイフは攻撃範囲が狭く、子供の腕ではさらに不利だ。先手の利を譲る気なのか、スレヴィは動かない。ひとつ深呼吸して、オレは地を蹴って走り出した。一気に距離を詰める。
目の前に飛び出した子供に横薙ぎに振るわれた剣をナイフで受けた。キンと甲高い音がして、踏ん張った足が押される。だがぎりぎり弾き飛ばされずに残った。
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