27.自己紹介は大切ですが、手合わせですか?
「キヨヒトです。挨拶遅れてごめんなさい」
貴族相手の言葉遣いは習っていない。皇帝陛下のお友達だからなのか、リアムもシフェルも最低限の礼儀作法は教えてくれたが、そこに言葉遣いは含まれていなかった。そのうち、初対面のお偉いさんに無礼を働くんじゃないかと思ったけど、シフェルのお父さん相手は予想外だ。
「あの有名な……! 近衛の騎士やシフェルから話を聞いておりますぞ」
「は…はい」
何が有名なんだろう。シンカーの支部壊したことか? 市場のビル溶解事件? それとも誘拐された話の可能性も……怖ろしいことに心当たりがありすぎる。
後ろから飛んできた蔓をぺちんと追い返しながら、間抜けな返事をしてしまった。
「一度手合わせをお願いしたいですな」
「……いえいえ、オレなんか」
ここは日本人の美徳『謙遜』を発動しておく。体つきもごついし、絶対にこのおじさんと戦ったらマズイ気がする。
剣を振り下ろされたら、受け止めきれずに真っ二つなんて……コントみたいな状況になりかねない。レイルあたりに「受け止めずに流せよ」と笑われそうだが。
「ふむ。なるほど」
納得した様子のスレヴィに首をかしげると、くすくす忍び笑うリアムが種明かしをしてくれた。
「シフェルの父ではなく、兄だ。シフェルは竜だが、スレヴィは熊なのだ。属性により外見年齢に違いが現れることは教えたであろう?」
――お父さんじゃなくて、お兄さん? 口にしなくてよかったぁ…実際には手遅れだが。自分が呟いた内容を忘れて、リアムに笑ってみせる。
「うん、習った」
熊か、大柄なわけだ。って別に属性で外見が変わるわけじゃないか。焦りを隠すオレは、できるだけ端的に答える。そのまま手を伸ばして菓子をひとつ口に入れた。誤魔化すためじゃないぞ。
属性が違うと年の取り方が違うから、シフェルは若く見える。熊属性の方が竜より早く年をとるため、年齢が開いて感じるわけだ。理解はできるが、複雑すぎるぞ。この世界の外見年齢と実年齢の見極め方法は、自己申告か?
属性が違っても、兄弟の顔立ちや髪と瞳の色は同じなのも興味深い。遺伝子検査できたら、解明できるのかな。まあ、こちらの世界にそんなの必要ないと思うけど。
「こちらは聖獣殿か。お初にお目にかかる、スレヴィと申します」
足元のヒジリにも丁寧に応じてくれる。その真面目さは、兄弟だけあってそっくりだった。
『うむ、主のみならず我への挨拶いたみいる』
「ヒジリが賢く見える」
『我がどう見られていたか、よくわかったぞ』
ぴしぴしと苛立った感じで地面を叩く黒い尻尾に、慌てて両手を目の前で振った。
「そういうんじゃないって。いつもより賢く見えるって意味だよ。普段も賢そうだぞ?」
『……疑問形になっておるが』
許してくれたらしい。ほっとして、機嫌取りに菓子をいくつか渡してみる。意地悪を兼ねているのか、指ごと食われた。痛みに顔を顰めたら治してくれたが、噛み癖を直すのは飼い主の躾だろう。
「セイ、此度の戦は勝ち戦だ。経験を積むために参加するか?」
なんだろう、その学校行事に参加を打診されるみたいな……微妙な誘い方。リアムは皇帝陛下なんだからさ。命令されれば出撃するけど、経験を積むための戦ってあるのか?
「つまり?」
「疑問に疑問を返してはならぬぞ。そうだな、練習試合のようなものだ」
今の単語にフラグが立った気がする。絶対にその練習試合で何かが起きる。でも参加しなくても、それはそれで騒動が起きる気がした。どっちでも同じなら宮殿を壊すより、敵陣で暴れたほうが被害が少ないかも。
「いいよ。行ってくる」
「部下は増やしておいた」
「ああ、さっき受け取った。30人なんて奮発したな」
「いや、50人はいるはずだが」
「「え?」」
互いの認識にズレが生じて、同時に首をかしげた。するとスレヴィが笑いながら口を挟む。
「私が把握している数は50人です。傭兵中心ですが、すべて赤い悪魔の手配ですから信用できるメンバーだと思います」
「レイルの手配なの? じゃあ安心だな」
傭兵の中に伏兵がいて後ろから撃たれる――漫画とかでよくある展開だ。フラグの嫌な予感はこれじゃなかったので、一安心して紅茶を飲み干す。すぐに注がれるお茶に、今度はレモンを放り込んだ。
「赤い悪魔をご存知ですかな?」
「レイルはオレのナイフと情報戦の先生だし、出会ったときに銃を借りた仲かな」
貴族は気位が高いもので、公爵なんて地位にいればなおさらだと思っていた。しかしシフェルの兄スレヴィはまったく気取った様子がない。堅苦しい言葉や丁寧な物腰は確かに貴族っぽいが、見た目は美形の熊だ。大柄で威圧感はあるが、笑うと目尻の皺が優しそう。
シフェルを良く知るから余計に気安さが先にたった。
「彼が銃を貸した、と?!」
そんなに驚くことか。と思ったら、隣のリアムが「そうであろう、余も驚いた」と同意している。もしかして、レイルってケチで有名なんだろうか。オレがリラの魔力で気絶してたときも、無視して銃の回収した奴だから、その薄情さで知られてるのかも。
「撃ち方はジャックに聞いたけど」
「ジャック……雷神の?」
「そう。そういや二つ名で風神っていないの?」
軽い気持ちで振ってみる。すると驚いた顔をしたリアムとスレヴィが身を乗り出す。
「どこでその二つ名を!?」
「極秘事項だぞ!」
「えっと?」
何かヤバイ質問をしたみたいだ。どこから情報が漏れたと思案するスレヴィをよそに、リアムは別方面で心配しているようだった。
「まさか、奴に何かされたのか?」
それなら叱ってやろう。言葉にされなかった続きを読み取ってしまい、複雑な心境になる。真面目なお父さんキャラであるジャックと、正反対のタイプの可能性が出てきた。
「オレのいた世界だと、雷神と風神は対なんだよね。だからジャックが雷神なら、風神の名前の人もいるのかな? と軽い気持ちで聞いただけで」
会った事もなければ何かされたこともない。説明を終えると、とりあえず紅茶を飲む。半分ほど飲んだところで、ヒジリが顎を膝の上に乗せてきた。
「ん? どした?」
ぺろぺろと口周りを舐めている仕草は、食べ物を強請る仕草のひとつだ。言葉が話せるんだから、口で伝えればいいのに。思いながら目の前のスコーンを2つほど手に持って差し出した。1つ目は普通に食べたのに、どうして2つ目でオレの手を噛む?
「っ…ヒジリ」
『何だ? 主殿』
「人の手を噛んじゃダメだろ」
「ッ! セイ! 噛まれたのか!?」
「いや、ちょっとだけ。一応ヒジリが治してくれるし」
たいしたことはないと手を振れば、驚きすぎて立ったリアムがゆっくり腰掛けた。見れば、テーブルの向こう側で同じようにスレヴィが立ち上がっている。
『主殿、聖獣に噛まれるのは栄誉ぞ』
「変なギャグ言ってんじゃないよ、いくらオレが異世界人でも騙されるわけないだろ」
右手でチョップをくれてやる。確か猫科は鼻の上が急所だったよな。狙って叩くと、鼻を押さえて蹲るヒジリが唸る。慌てたスレヴィが仲裁に入った。
「いや、聖獣殿のお話は本当だ。聖獣が噛んだ場所は聖痕と呼ばれる、名誉の傷痕である」
「そうだぞ、余もちょっとなら噛まれたい」
何そのドM発言とドMなシステム……知らなかったけど、もうすでに3回は噛まれたぞ。すべてヒジリに餌を与えたときだから、単にがっついて噛まれたとしか認識してなかった。とりあえず、さっきチョップした鼻のあたりを撫でてやる。
「あとでオレだけじゃなくて、リアムも噛んでやってくれ」
「私はキヨヒト殿と手合わせを願いたい」
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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