26.魔法は無効、魔力は有効?(2)
「何が気になるのか知らぬが、余はお茶が飲みたい」
我が侭なお姫様……げふん、げふんっ……麗しき皇帝陛下のお言葉で、傭兵達を残して移動となる。先ほどお小言を口にしていた騎士が付いてきた。
オレの隣をヒジリが悠々と歩いていることは、言うまでもない。基本的にオレの近くが落ち着くのか、主従の契約とやらに関係あるのか知らないが、ヒジリは離れようとしなかった。
オレとリアムが部屋を出た後、ジャックとノアは大きく溜め息をついて顔を見合わせ、ライアンは苦笑いしていた。周囲に集まっていた傭兵達も思い思いに散っていき、壊された机を前に「直したそばから壊れていく」と嘆く職人達がいたとか、いなかったとか。
「魔法とは魔力を使って物事を変質させ、移動させ、破壊したり、再生したりする行為だ。魔力は生命力そのものと言い換えることが出来る。魔法は基本的に人や魔獣などの有機物に作用しない特徴があり、これは世界の理として揺るがない事実だ」
リアムは紅茶にレモンを浮かべ、口元に運ぶ。侍女が丁寧に整えただろう爪は綺麗で、もちろん指先も傷ひとつなかった。銃を握ったり遭難して爪を割りながら這った、小傷だらけのオレとは明らかに違う。
ちなみに服は着替えさせられた。騎士を従えた仕事服の皇帝陛下の隣に、血塗れのオレが立つのは問題らしい。まあ、見た人の気分が良くないのはわかるので、素直に渡されたシャツに着替えた。汚れた原因はヒジリの餌やりだが……今後も同じ状況にならないよう、対策を考える必要はありそうだ。
「魔法は生き物を傷つけないんだよな? でもシフェルに勉強叩き込まれたときは背中に傷が出来たぞ」
「お前は意外と賢いな」
褒められたのかな。意外と…の部分に、本音ではバカだと思われてたのかもと落ち込む。目の前に用意された焼き菓子を、足元のヒジリに与えた。肉と違って口をあけて齧る必要がないため、猫科特有のざらついた舌で器用にお菓子を口に運ぶ。
「背中にできた傷は、術によってセイの脳に大量の情報が注がれた『弊害』だ。急速に流れ込んだ情報を整理しきれず、脳が混乱して魔力が暴走した。セイの背を切り裂いたのは、セイ自身の魔力なのだ」
「……それって魔力が少ない人間は術を使われても、大したケガしない可能性があるってこと?」
「そうだ」
うわぁ……魔力量が多いと、傷が深くなるってか。あの激痛の背中をサシャが癒してくれたからいいけど、治癒魔法使える奴がいなかったら、自分の魔力で切り裂いた痛みで寝られなかったかも……あれれ?
眉を顰めて「うーん」と唸る。
「治癒魔法の仕組みは? 生き物に魔法が通用しないなら、治癒魔法も同じじゃないの?」
「本当に賢かったのだな」
スコーンを割って口に運ぶリアムは驚いたように目を見開く。いい加減失礼だが、相手がリアムなので聞き流した。庭の一角は蔓が襲い掛かる薔薇に囲まれている。他人の目が気にならないので、以前も勉強の際に使った場所だった。
伸びて絡み付こうとする蔓を魔力で弾くが、不思議とリアムは襲われないのだ。異世界人だから襲われるのかと思ったら、隣のヒジリも絡みつかれていた。尻尾で弾き飛ばしたけど。1人と1匹で薔薇と戦いながら、新しいお菓子に手を伸ばす。
紅茶のスコーンの食べかすがリアムの唇の端に残っていることに気付き、ちょっと手を伸ばして指先で拭った。そのままぱくりと自分の指を咥える。
うん、いま食べかけの焼き菓子より美味しい。次はこっちを食べよう。
「……セイっ」
「何?」
真っ赤な顔で叫んだリアムが立ち上がり、陶器のカップがカチャンと音を立てる。紅茶のスコーンを手元に引き寄せて首を傾げると、彼は何も言わずに椅子に座りなおした。首をかしげている間に、ヒジリが手のスコーンを横から咥える。
なんて食い意地のはった獣だ。
「いや……何の話だったか」
顔を赤くしたまま呟くリアムの後ろで、ポットを落としそうに驚く侍女の姿があった。ついでに言うなら、彼女の手に刺繍の施されたナプキンが握られている。もしかしてオレがリアムの口元を拭ったから、彼女の仕事を奪ってしまったとか? だとしたら、悪いことをした。
「治癒魔法の仕組み」
謝ったほうがいいかな。迷いながらリアムに返事をすると、深呼吸して気合を入れたリアムが口を開いた。仕方なく謝罪は後回しにする。
「治癒魔法は、正確には魔法ではない。対象の魔力の流れを整え、誘導し、自己治癒力を導く手腕を治癒魔法と呼んでいる。こちらも術と同じで、本人の魔力量に左右されるものだ」
サシャが治療した際は、術によって乱れたオレの魔力を整えて、治癒したってことか。凄い早さで楽になったから、魔法って凄いと思ったんだけど……あれもオレの非常識な魔力量の結果だったわけだ。そういや、バズーカ砲を3発撃ったら驚かれたが、通常はもっと魔力量が少ないのかも知れない。
「オレやリアムなら、早くケガが治るって意味?」
「そうだ。飲み込みが早い」
褒められてるんだよな? さっきからオレがバカに分類されていた事実が、さりげなく突きつけられている。ちくちく刺さる抜けない棘みたいに、ダメージが蓄積されるんだけど。
魔力感知を切らない生活に慣れたせいか、突然現れた反応にぴくりと肩がゆれた。パシン、隣でヒジリが黒い尻尾で地面を叩いている。また薔薇の蔓が絡まったらしい。
「誰か来る」
「ああ、あの気配は…」
複雑そうな顔でオレを見たあと、リアムは溜め息を吐いた。厄介な相手なのだろうか。そう思って探ると、誰かと似ている気がする。この感じは……。
「シフェル?」
「近い」
当たらずとも遠からず。そんなリアムの断定の直後、薔薇のゲートの前で鮮やかなブロンズ色の髪の男が一礼した。
「陛下、失礼いたします。メッツァラ公爵家当主、スレヴィでございます」
「ご苦労、座られよ」
皇帝として対応するリアムから、ゲートの前にいる男に視線を移す。シフェルと同じ髪と瞳の色が、明らかに血縁者だと示していた。竜だから見た目年齢が若いシフェルと比べても、兄と言うより父親に近い年齢差がある。
「シフェルの、お父さん?」
首を傾げて、40歳代のおじさんを見上げる。きっちりと身だしなみを整えた姿は、騎士服がよく似合っていた。シフェルがそのまま年を重ねると、こんな感じになるかもしれない。つまり、モテそうなおじさんなのだ。
「……失礼いたします」
皇帝陛下の前だからか、堅苦しい態度を崩さないスレヴィが椅子に腰掛けると、オレは大変な事実に気付いた。さっき、このおじさんが『なんたら公爵家当主』って名乗ったよな。だとしたら……シフェルって大貴族の跡取りじゃん。
でも、オレが知ってるシフェルのフルネームは『シフェル・ランスエーレ』だった。家名が違うのは、何でだろう。お兄さんがいて跡取りはそっちだから、弟のシフェルは分家になったとか?
考えをどんどん進める間、気付けば相手が貴族なのに挨拶すらしないで唸っているという、かなり失礼な状態になっていた。
「お茶の時間をお邪魔してしまい、申し訳ございませぬ」
「気にせずともよい。プラスの報告であろう?」
確信を持って尋ねるリアムに、スレヴィは表情を和らげて笑みを浮かべた。笑うと目尻に少し皺がよって、優しそうな雰囲気になる。
「ご明察恐れ入ります。西と北の国へ対して行っていた工作が功を奏し、勢力を2割ほど削ぐことに成功いたしました」
「それは重畳」
「ところで、こちらは新しいご学友ですか?」
いきなり話を向けられ、挨拶どころか自己紹介もしていなかった事実に気付いた。24歳にもなって、なんて情けない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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