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25.やめろと言われたが遅かった(2)

「聞いてない…」


 いつの間に部下が増殖したんだろう。くれと頼んだ覚えもないので、余計に困惑してしまう。だって、前世界で一般人だぞ? 警察や自衛隊の指揮官じゃないのに、うっかり全滅させたらどうするんだ。


「出世なんだから喜べ」


 乱暴な仕草でジャックが頭を撫でる。見回した先の傭兵達は子供が指揮官で平気なわけないと思う。現場で裏切られても困るな……なんて冷めた考えが過ぎった。


「どうした?」


「ん、子供が指揮官だろ。よく納得したなと思って」


 この場で離脱表明してくれた方が助かる。そんな軽い気持ちで呟くと、黒髪の青年が苦笑いした。素直すぎる子供に傭兵側は驚いたらしい。


「お前が実力あるのは分かってる。年齢は問題じゃない」


「そうだぞ。何しろバズーカ3発も放って平然としてた奴だ。不満はない」


「なるほど……シンカーの支部を爆破したってのはコイツか」


「そりゃすごい」


 様々なご意見ありがとうございました。ここで締め切りたいと思います、と顔を上げたところで大人達は笑いながら手を伸ばす。あっという間にジャックの前から拉致られ、抱き上げてたらい回しにされた。あちこちで持ち上げられた状態で、頭を撫でられ肩を叩かれる。


「え、ちょっ」


 助けを求めるオレに、ジャックは機嫌良さそうに笑うだけ。ノアやライアンも手を伸ばそうとしない。手荒い歓迎のあと、なぜか机の上に下ろされた。ここは座る場所じゃないぞ。居心地の悪さに靴を脱いで、正座してみる。


 傭兵達の間から顔を覗かせた赤髪のレイルが、大笑いしながら肩を叩いた。


「お前は認められたんだから。堂々としてればいい」


 なぜか嬉しいのに鼻がつんとした。泣く気はないのに、視界が滲んだ気がして瞬きを繰り返す。今まで24年間生きてきて、こんなに手放しに受け入れられた記憶がない。きっと生まれた時や赤ん坊の頃は経験したはずだけど、まったく覚えていなかった。だからすごく嬉しい。


 同時に恥ずかしさに正座した膝の上に手を揃えて俯いた。


「レイルの言う通りだ。お前が指揮官だ。おれたちはお前に従うんだから」


 ライアンの声に顔を上げて「あ、ありがと」とお礼を言うのが手一杯だった。物慣れなくて頼りない子供なのに、こうして認めてもらえる。これからも頑張れば認めてもらえるんだろう。


 身を起こしたヒジリが、机に手をかけてオレの膝に肉球を乗せた。太い前足がぐっと力を込めると、机がぎしぎし悲鳴を上げる。


『主殿、腹が減った』


 …………ここは感動的なセリフが来る場面だろ。


「腹減った?」


 いらっとして強い語気で返すが、ヒジリは気にしない。頷いて尻尾を振っていた。机の悲鳴がミシミシに変わりつつあるので、いい加減離して欲しい。


 直したそばから机や建物を壊したら、マジで怒られる。


「ヒジリ、机から……」


 忠告は遅かった。


 机の斜め前、左側が最初に折れた。続いて右側も折れて、机はオレの前方へ向けて斜めに傾く。当然正座したままのオレが転がり、慌てて捕まえようとしたレイルが首根っこを掴み、反対側で受け止めようとしたノアが手を掴んだ。


「ぐぇ……っ」


 本当のお母さんなら離してくれるはず……なんて大岡裁きを期待してる場合じゃない。一瞬首が絞まって息が止まった。すぐに2人も離してくれたので、ほんの一瞬だ。そうか、2人とも本当のオカンか……じゃなくて、同時に離されたオレは結局床へ転がった。


 咄嗟に手をついてくるんと回転できたのは、この世界に来てから鍛えられた運動神経のお陰だ。ほっと息をついたところに、傭兵達が拍手を送ってくれる。そうじゃない、求めてる喝采はコレじゃない。でも、何もないと寂しいから、遠慮なく受け取っておく。


 手を振って応えた直後、ヒジリが覆い被さってきて、頭から着地したところを踏まれた。しゃがんで手を付いた体勢で、自分より大きなヒジリを支える腕力はない。倒れたオレの顔は無残に肉球の下敷きだった。


「ぶっ……」


 潰れたヒキガエルのような声が漏れる。でかい肉球が、オレの鼻を思いっきり踏んだ。


 痛い、マジで痛い。カミサマが美形に作ってくれた顔が、残念な造形になったら怨むぞ。肉球に噛み付いて、飛び退いたヒジリを横目に立ち上がった。うっ……目の前が涙で滲みそう……男の子だけど。


「大丈夫か? キヨ」


「美人が台無しだな……」


「ほら、タオル貸してやるから」


 傭兵やノアの優しさが身に沁みる。


『主殿、肉球は急所のひとつであるから……』


「わかっててやったんだよッ!」


 噛まれた肉球をぺろぺろ舐めながらの苦情に、全力で叫んでいた。周囲の大人の生温かい視線が逆に辛い。宥めるようにノアがぶつけた鼻に冷やしたタオルを当ててくれた。ついでに流れた涙とその他諸々を拭いておく。いや、鼻水じゃないぞ。断じて涎でもない。口と鼻から溢れた、ただの体液だ。


 魔力が強くても痛いものは痛い。当たり前の原理だが、つい忘れそうになるのは……それだけ魔力がチートだからだった。


「うう……オレの数少ない取り得の顔が」


 嘆きながらしっかり冷やす。ちらりと視線を向けると、ジャックがヒジリに肉を差し出していた。干し肉じゃない生肉のようだが、ヒジリは座ったまま食べようとしない。


「ヒジリ? 腹減ったんだろ、肉を貰えよ」


『……主殿、我は野生の魔獣(けもの)ではないのだ。誇り高い聖獣は、誰彼構わず懐いたりしない』


「ふーん。その誇り高い聖獣さんは、大事な主の顔を潰したくせに」


 聞こえないフリをするヒジリに溜め息をついて近づいた。足や腹の傷が治ったと思えば、今度は顔という……常にどこかケガをしている気がする。


「ジャック、悪いな」


「いや」


 気にしていない様子のジャックから肉を受け取り、それをヒジリに差し出した。オレは優しいから地面に投げ出して「食べろ」なんて命令しないぞ。ちょっとやってみたい気はするが、そんな悪役貴族ばりの行為はやめておいた。


「ほら、ヒジリ」


「あ、やめておいたほうが」


 誰かの忠告は遅かった。


 パクッ! モグモグ……ヒジリは喉を鳴らしながら肉を齧って、骨を噛んだ。骨付き肉じゃねえから! つうか、今噛んだ骨はオレの腕かっ!?


「うぎゃぁあああああ!!」


 慌てて引き抜いた腕は血塗れで、余計にパニックが伝染していく。


「止血用のタオル!」


「いや、サシャを呼べ。治癒魔法をかければ」


「先に傷口を洗わないと」


 傭兵達の騒ぎの中、オレはふと気付いて動きを止めた。傷をじっとみて、それからシャツの胸元で腕の赤い血を拭ってみる。不思議と痛みがなかった。ついでに、拭った傷口があるはずの場所から血が吹き出てこない。


「ん?」


『我が主殿を傷つけるわけがなかろう』


 肉の塊を食べ終えたヒジリは、自由になった口でけろりと言い放った。確かに腕に噛まれた傷跡は見当たらない。


「なんで? 噛まれたぞ?」


 骨が砕ける痛みを感じたんだぞ、気のせいじゃない。痛くて叫んだんだから……。


『治癒魔法が得意なのだ』


 あ――わかった。コイツ、オレの腕ごと肉を噛み砕いたあとで、オレの腕を治癒して戻した。だから噛み砕かれて痛かったし、引き抜いたら傷がなかったわけだ。治癒魔法でも血は戻らないし、血塗れの大半は生肉の血かもしれない。


「……ヒジリ、オレの手を一度食ったんだな?」

 

『知らぬ』


 けろりと悪びれずに言い放った巨大な黒猫は、顔周りの汚れを拭うように顔を洗っていた。猫が顔を洗うと雨が降る――そう、これから血の雨を降らしてやんぜ!


 右手に炎、左手に氷を作り出して、目の前の黒豹に叩き付けた。

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