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23.聖なる獣って偉いんだってよ(3)

「猫やトカゲも?」


「ああ、それが聖獣だから」


 大きく首をかしげる。聖なる獣って書くくらいだから、おそらく何らかの特殊技能があると思ったが、まさか空を飛ぶのが必須項目だったとは予想外だ。


『驚くことではあるまい』


「聖獣殿、セイはこの世界の常識を知らぬ“異世界人”だ。何も知らないと思ったほうが間違いない」


「……ソウデスネ」


 赤子か幼児のような扱いを受けているが、確かにこの世界の常識はオレのいた前世界と違いすぎた。混乱している頭を一度真っ白にして、疑問点を口にする。


「ヒジリが飛ぶときって、どうやるの?」


 背中に翼でも生えてくるんだろうか。顎を乗せたままのヒジリの肩甲骨あたりを撫でてみる。特に翼が出てきそうな穴や切れ目はないが……。


『主殿、翼はないぞ』


「あ…うん」


『飛ぶより駆けるの方が表現が近いやもしれぬ』


「うん」


 頷きながら、すごく残念な想いが広がる。ばさっと背中の真ん中から翼が生えて、ペガサス的な格好になるのを期待したんだけど。がっかりしながら相槌を打っていると、むくりと起き上がったヒジリにぱくりと右手を食べられた。


「セイ!?」


「うん」


 まだ考え事をしていたため、ぬめぬめした感触に気付くのが遅れてしまった。齧られたわけじゃないので痛みはない。背を撫でる右手が豹の口の中に入っただけで――え!?


「ちょ、ヒジリ? 腹減ったならお菓子やるから」


 左手で焼き菓子の乗った皿を引き寄せて差し出せば、むっとした顔で離してくれた。ちなみに涎でびっしょりなのだが、舐めてくれる気はないらしい。収納魔法で取り出したタオルで拭いていると、焼き菓子を食べながらヒジリがぼやく。


『菓子が目当てではないぞ。主殿が聞いていないからだ』


「ソウデスネ」


 最近カタカナで返事するような事態に陥ること、多いな。夢中で菓子を頬張る姿からは、腹が減っていた獣にしか見えないんですが? 聖なる獣様よ。


『空を翔るのだから、その背で満足せよ』


 子供に言い聞かせる大人の口調は、しっかり上から目線だった。いや、たぶんヒジリのが年上だと思うからいいけどさ。


「だって、翼の間に跨ってみたかったんだもん」


 頬を膨らませて抗議してみたら、ヒジリは金瞳を大きく見開いた。そのあと思案するように伏せてしまう。怒らせたのだろうか。我が侭が過ぎると叱られるとか?


「セイ、聖獣殿をあまり困らせるものではない。普通は契約など受け入れてくれる存在ではないのだから」


「聖獣って、カミサマの使いなの?」


「カミサマという存在は何だ?」


 ああ、疑問に疑問が返って来た。この世界に来てから、このパターンが非常に多い。うーんと唸って思い出した。こちらの世界で「宗教」の話や観念を聞いた記憶がないのだ。つい先頃もその疑問が過ぎったが、ここで聞いた方がいいだろう。


「カミサマってのは、万能の存在で世界を作った人――オレの世界では祈りの対象だった」


「祈りとは?」


 そこからか。確かに宗教がないとしたら、祈りと言う行為が理解できないのも仕方ない。哲学の自己証明みたく、ずっと答えが出ない質問のような気がした。ラッキョウの皮みたいにむいていったら、何も残らなかったみたいな感じだ。


 宗教家じゃないし、どう説明したら伝わるだろう。


「困ったときにお願いしたり、どうにもならないことを頼んだり、何かいいことがあったときに感謝する行為……かな」


 困った時の神頼みという単語が頭の中で踊っている。こういうときこそ、神様に助けて! と祈ったら、何とかしてくれないものか。


「つまり、侍従のようなものか」


「いや。だいぶ違う」


 即時否定。申し訳ないが、それはかなり違う。違うけど……オレの説明が悪いんだよな。確かに困ったときに頼る相手と考えれば、侍従や騎士が浮かぶ立場の人なんだから。


「心のより所が近いかも。オレの世界では『世界を作った人で、万能』なんだよ。だから無駄を承知で頼む行為を祈りと呼んでいて、もちろん答えてくれたり手を貸してくれることはないし、姿も見れない」


「無能だな。どうして存在するとわかるんだ?」


 すっぱりきっぱり『無能』だと断言されてしまった。確かに見えない、答えない、手を貸さない存在を崇める理由はわからない。オレのいた日本だと宗教の感覚はほとんどなかったし。正月は神社で初詣、鬼を祓う豆まきは寺、クリスマスはキリスト教で、ハロウィンはケルト人の儀式だっけ。


「………いると信じてるから?」


「信じると存在するのか」


「えっと……オレは信じてなかったけど、この世界に飛ばされる時に会ったんだ」


 禅問答になってきた。


 どうしよう、あまり深く聞かれても答えられない。というか、聖獣の説明を受けるはずじゃなかったっけ? 無理。オレみたいな学のない奴が、宗教の定義や神様の存在証明なんて出来ない。頭を抱えて唸るオレに、リアムは首を傾げた。


 どう説明しても納得させる自信がない。


「あのね、リアム。説明しきれないから聖獣について教えて」


 降参だと手のひらを上に向けて示せば、くすくす笑い出したリアムが黒髪を揺らして俯く。しばらく笑ったあと、目尻に浮かんだ涙を拭っていた。そこまで笑うなんて酷くね?


「わかった。カミサマについては終わりにしよう。しかし俺はカミサマとやらに感謝する必要があるな」


「どうして?」


「お前をこの世界につれてきて、俺に会わせてくれた」


 蒼い瞳を真っ直ぐに覗き込んでしまった。凝視したまま止まったオレの目の前で、リアムがひらひら手を振る。足元で伏せていたヒジリが起き上がって右手を噛んだ。


「痛っ、痛いぞ…ヒジリ」


 さっきと違って今度は歯が当たった。我に返って文句を言えば、大きく尻尾が左右に振られている。齧られた手を見ると涎塗れだが、牙は刺さらなかったらしい。


『他の聖獣はどう考えるか知らぬが、我は主殿との契約を誇りに思うぞ』


「うん、ありがと。でも噛まないで」


 礼と文句を同時に告げながら、ヒジリの首筋をわしゃわしゃと乱暴になでた。気持ち良さそうなのが、ちょっと癪だ。髪をぐしゃぐしゃに乱された時の複雑な気分にしてやりたかったのに。


「聖獣殿について、だったな。この本を見ろ」


 紅茶のカップを横によけて、詰まれた本から1冊を引き抜いたリアムが広げる。数ページ捲ると手を止めた。差し出された本を読もうとして、中央に置かれたケーキスタンドを避ける。すぐに侍女が片付けてくれたのを横目に、ヒジリが残念そうな唸り声をあげた。


「あとでな」


 顎を撫でてやり、立ち上がって向かいの本を覗き込んだ。椅子の上によじ登ったのは、ちょっと身長が足りないからだ。身を乗り出したオレに、リアムが首をかしげた。


「回り込まねば本が逆さまだぞ?」


「……あ、そうか」


 慌てて身を乗り出した格好を正してぐるりと回りこむ。隣で覗き込むが、目の端で揺れる黒髪にどきどきしてしまって、集中力はかなり散漫だった。


「聖獣は強大な魔力を秘めた世界の護り手だ。それぞれが気に入った地方に加護を与えていることが多い。そのため、聖獣がいる地域は繁栄する傾向が強いな」


「護り手って何するの?」


『世界の崩壊を防ぐ役目だ。人や魔獣が死んだ際に放出される魔力をそのまま放置すると、世界の境界が傷つく』


「死んだ人の魔力を吸収するのか」


『先日は大量に与えたりもした』


「へえ、誰に?」


『………主殿だが』


「……っ! オレ?」


 リアムの髪がいい匂いするから、ぼんやり受け答えしてたら大変な言葉が聞こえてきた。オレに魔力を与えたのが聖獣だとすると、カミサマは? 希少価値がある天然記念物みたいな赤瞳の竜になるほどの魔力を、異世界人にくれちゃうのって迂闊だよな。


『ここ数年の戦で溜め込んだ魔力を、この世界に落ちる存在に与えるよう指示があった』


「指示……」


「誰から?」

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