23.聖なる獣って偉いんだってよ(1)
「そういや、ヒジリも黒い毛皮だよな。オレの周囲には黒系の美人さんばっかりだ」
金の瞳の黒豹なんて、厨二心を刺激する。ヒジリを褒めるオレの前で、ジャック達が固まっていた。ノアは失礼にもオレを……いやオレの後ろを指差している。首を傾げて振り返れば、頬を赤く染めたリアムが部屋の入り口に立っていた。
「あ……あれ、リアム。いた、んだ?」
挙動不審になったオレがあたふたしながら顔を逸らす。同性でも美人は美人だ。
「ああ、…今、来たところ…だ」
リアムも動揺しているらしく、変に掠れた声で答える。互いに顔を見られなくて、頬を染めたまま互いの出方を窺っていた。
「お二人とも、何をしているんですか」
溜め息と呆れ声が降ってきて、救いの手にオレは顔を上げた。ブロンズ色の髪を肩で切りそろえた美青年は、新緑の瞳を細めて苦笑いを浮かべる。白い手を伸ばしてオレの髪をくしゃりと乱しながら、顔を覗き込んだ。
「無事の帰還、おめでとうございます。明日から講義再開しますからね」
「あ、うん……わかった」
あまりに普通の対応で、逆に反応に困ってしまう。黒い沼に飲まれ、誘拐された間に迷惑をかけたことを揶揄られると思っていた。だから身構えてしまったのだが、彼はさらりと流してしまう。
兵士用の粗末椅子にリアムが座ると、その斜め後ろに立った。踵を揃えて姿勢よく立つ姿は、近衛の騎士団長という肩書きに相応しい気品がある。野良犬みたいなオレとは格が違う。
「そちらが聖獣殿ですか。シフェルです、よろしくお願いします」
『ふむ』
鷹揚に応じるヒジリはちらりと視線を向けたが、すぐにまたオレの膝に顎を乗せて寛ぎ始めた。失礼なのではないかと思うが、誰も気にしていない。
オレが考えるより聖獣とやらは偉いのだろうか。
「あのさ、ヒジリって偉いの?」
「「「「「「え?」」」」」」
異口同音に疑問を発した彼らの視線が突き刺さる。びくりと肩を揺らしたオレの姿に、彼らは納得した様子で頷いた。
「「「「「「異世界人だからな(ですからね)」」」」」」
すっごく失礼な納得のされ方をした気がするが……。ジト目で彼らを順番に睨むと、溜め息をついたサシャが口を開いた。
「おれのいた東の国では、聖獣は竜だ。北や南は知らない」
うん? おかしいな。
「それだと、西は白虎じゃね? 黒豹は違う」
確か中国の風水の考え方だよな? 四神の考え方だ。南の鳳凰、東の青龍、西の白虎、北の……なんだっけ、ほら……げんど、じゃなくて…蛇がついた大きな亀。北だけはっきり思い出せないが、そのうち出てくるだろう。適当な考えで流して、サシャへ尋ねる。
「ヒジリは聖獣じゃないかもよ?」
『……我は聖獣だが、白虎ではない』
自分の話だというのに、欠伸をしてから答えるヒジリに緊張感はない。逆にシフェルやリアムの方が緊張しているようだ。割れたままの窓から寒風が吹き込み、首を竦めてシャツの襟を立てた。
「その辺はこれから説明します。陛下とよく勉強なさってください」
にっこりとシフェルに話を纏められてしまい、オレは渦巻く疑問を放り出して頷いた。考えてもわからないし、この世界の常識がオレの知る当たり前と違う事実は今更だ。悩むより、教えてもらったことを覚えたほうが早い。
「ところで、戦略会議とやらは終わったの?」
「ええ、明日の午後に再開します」
どうやら今日は一度終わりにしたらしい。明日も午後に集まるというのなら、意見がばらばらで纏まらないか、何か資料や情報が足りないのかもしれない。
「今日はどこで勉強する?」
リアムに話を振れば、考える素振りをしてから「図書室、がいいか」と返った。まあ、庭は除外されると思っていたから、ある意味予想通りだ。
黒い沼に攫われたのは、一昨日の午後すぐの庭だった。ましてや今日は隙間風も寒い天気なので、外に出るのは御免だ。魔法を使えば周囲を快適空間に保てるらしいが、まだ習っていなかった。
「ヒジリはどうする?」
『主殿と一緒に行くぞ』
何をおかしなことを言っているのだ。そんな顔でヒジリに言い切られ、図書室に動物を入れる許可が出るかと考えてしまう。
「大きな敷物を用意させよう」
リアムがあっさり許可したため、黒豹を連れてのお勉強会が決まった。
図書室は侍女たちで賑やかだった。前世界だと図書館は静かに使うもので、飲食禁止が当たり前だったが……この世界は常識が違うようだ。
「今日の紅茶は余のお気に入りを用意させた」
笑顔の皇帝陛下の向かいで、差し出された紅茶を受け取る。手元にはたくさんの茶菓子を積んだタワーが用意され、果物が入った藤籠も置かれていた。まだ侍女が近くにいるため、リアムの口調は皇帝陛下バージョンだ。
足元に敷いたふかふかのラグに寝そべる黒豹、レースのクロスとお茶セットが並ぶテーブル、ワゴン型のサイドテーブルは大量の本、ゆったりしたチェア。すべてが図書館の概念から外れている。まあ、図書室という表現の通り、ここは王宮の一室だから当然なのかもしれない。
「ありがとう」
素直に紅茶を引き寄せる。そっと温度を確かめてから口をつけた。実は猫舌である。ついでに言うなら、目の前でカップを優雅に傾ける皇帝陛下も猫舌だった。
「「あちっ」」
ほぼ同時に叫んでカップを戻す姿に、足元で欠伸をしていたヒジリが驚いている。多くの侍女が一礼して出て行くと、リアムは目に見えて力を抜いた。薄い水色のシャツに濃いグレーのベスト、金縁の刺繍がされたハンカチを胸元に飾っているリアムは、ぐったり椅子に沈み込んだ。
「セイがいないと落ち着かない」
「いやいや、オレが来て1ヶ月も経ってないじゃん」
笑いながら告げるが、そこで重大な事実に気付いた。すごく沢山の事件や騒動が起きたので感覚がズレてるが――オレがこの世界に来て、まだ3週間程度じゃないか?
怖ろしいほど濃密な時間だが、考えてみたらこの世界の新人じゃん。唸って考え込んだオレの様子に興味を惹かれたらしく、ヒジリが身を起こして膝の上に顎を乗せた。
『主殿は異世界人であったか』
「あ、うん。そっかヒジリは知らないんだっけ」
無意識に顎の下をなでてしまうのは、実家で猫を飼っていたためだろう。紅茶に口をつけたリアムも大きく数回瞬きしてから口を開いた。
「簡単な報告は受けたが、俺も詳しくは聞いていない」
「うーん、そんなに面白い話はないけど……簡単に説明すると」
ぱくりとクッキーと頬張る。
「別世界から飛ばされて、落ちた先が最前線で銃撃戦の真っ最中。確かレイルの隣に落ちて、ジャックがいる壕へ転がり込んだ。武器がないから銃を借りて敵を倒して、一段落したらジャック達に拘束されて尋問、その後リラと会って」
「……セイ、それは1日の出来事か?」
不思議なことにリアムの声がかすれている。風邪でも引いたのか?
「うん、初日分だけ。どこまで言ったっけ? ああそう、リラの魔力に当たったらしくて気絶して熱がでちゃってさ。寝てる間にレイルが銃だけ回収するって失礼じゃね? 挨拶すらなかったからな、あいつ。翌日は人攫いに騙されて、殴る蹴るの暴行があったけど……あれは児童虐待だぜ。小指が折れて、激痛と怒りで赤い瞳になった」
『主殿……赤瞳の竜か』
いつの間にか乗せた顎を引いて、きちんとお座りしているヒジリに首を傾げた。金の瞳が少し潤んでるように見える。
「説明してなかったっけ? まあ、ヒジリはほとんど知らないことばっかりだよな」
ここで紅茶を一口。さすがに皇帝陛下が用意する茶葉は香りがいい。
「えっと、どこまで話した?」
リアムとヒジリが口を挟むから、どこまで説明したか分からなくなったじゃないか。焼き菓子を口に放り込んで噛み砕いた。
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