22.増えた仲間たちの確執(2)
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「聖獣殿は、キヨを守るのか?」
『与えられた名と我の名誉にかけて』
「なら、仲間だな。これからよろしく頼む」
ジャックの手はまだすこし震えていた。普通に考えて、確かに黒豹は怖い。かつてのオレなら仲良くなんてならないし、同じ部屋に入れるなど考えもしなかった。魔力感知を覚えて、戦い方を叩き込まれて、勝てる気がしてたから一緒にいられるけど。
まあ、朝起きたら魔力感知できずに潜り込まれてたという現実を突きつけられたとしても――契約とやらの恩恵なのか、ヒジリに恐怖は感じなかった。
欠伸をもうひとつ。どうしてか眠い。目元を擦りながらヒジリの背に揺られていると、濡れたタオルを渡された。受け取って顔を拭き、首を傾げながら上を見る。
「ノア、おはよ~」
「おはよう、キヨ。それと聖獣殿」
ノアは一晩間を空けて吹っ切れたのか、ヒジリに対して挨拶を向ける。だが呼び名が気になったので、礼を言ってタオルを返しながら疑問をぶつけた。
「なあ、なんで聖獣殿って呼ぶの?」
そこで「コイツ、なに当たり前のことを」って顔をしたジャックとノアが顔を見合わせる。後ろから現れたライアンが口を開いた。
「キヨ、聖獣殿は普通の使役獣じゃない。契約した人間なんて数えるほどしかいないのに、勝手に名前なんて呼べるか」
意味がわからない。ヒジリの首に手を回して抱きつきながら、目の前で動く耳を引っ張ってみた。触れた瞬間に振り返ったヒジリの金瞳に睨まれ、そっと耳から手を離す。
これは怒ってる。たぶん触れちゃいけない類だろう。尻尾がぱしんぱしんと強い音を立てて床を叩いていた。先に謝ってしまおう。
「ごめん」
『主殿であっても次は許さぬ』
言い聞かされて「はぁ~い」と間延びした返事をした。そんなに怖いわけじゃないが、悪いことをしたと思ったのだ。寝ているところで耳を舐められたり噛まれたら、きっとオレもマジギレする。やられたら嫌なことを相手にしてはいけない。
「聖獣って名前じゃないから、違和感ある」
ぷくっと頬を膨らませながら抗議したところ、最後に合流したサシャが溜め息を吐いた。
「いいか、キヨ。この国で聖獣殿と契約した者はいない。つまり、名前が無くても通じるんだ」
「ふーん」
納得できないから「はい」とは言わない。そんな中途半端な返事をしている間に、食堂へついた。彼ら4人は早朝訓練を行ったらしく、多少汗をかいている。そして今朝の訓練を免れたオレは、干し肉ではない朝食に目を輝かせた。
「まともな朝食だ!」
『主殿?』
オレの言い方に疑問を浮かべたヒジリから飛び降りて、椅子に陣取る。目の前に並んでいるのは、パンケーキみたいな形の平べったいパンとスープ、サラダ、焼いたハム、卵だった。目玉焼きに近いが、目玉は潰されている。
「キヨ、人聞き悪いこと言うなよ」
「そうだ、聖獣殿が心配しているぞ」
口々に窘められるが、すでにパンに卵と野菜を挟んだオレは小首を傾げた。何かおかしなこと言ったか? だって事実だろう。
「本当のことじゃん」
いただきますと告げてから、パンにかぶりつく。柔らかいパンに感激する。
そういや収納魔法で持ち歩くなら、食料は長持ちするらしい。完全に腐らないわけじゃないので、レトルト食品扱いくらいの感覚だろうか。多少保管できるが、何十年も入れてると食べられなくなる。おかげで茶葉や焼き菓子は持ち歩けた。
誘拐された先で食べたクッキーは涙が出るほど美味しかったのを思い出しながら、柔らかいパンを夢中で頬張る。その必死な姿に、ジャック達がこっそり涙を拭いていた。
哀れむなら、パンをくれ! それも柔らかくて白いやつがいい。
しょうがないだろう、この世界に来てから朝御飯は乾パンと干し肉だったんだから。
もぐもぐするオレの膝に顎を乗せたヒジリが見上げてくるので、手にしたパンを千切って渡してみた。目の前に差し出されたパンを、怪訝そうに匂いを嗅いで口を開く。口に放り込まれたパンをゆっくり咀嚼し、ヒジリは数回瞬いた。
「どう?」
『悪くはないが、肉がいい』
「そっか、残念」
保存食の袋を空中から引っ張り出して、干し肉を取り出す。匂いを嗅ぐヒジリに1枚食べさせた。
「どうした? 歯に刺さったのか?」
必死にくちゃくちゃ噛むヒジリの牙に、干し肉が刺さっているらしい。繊維質だから噛みづらい上に時間がかかる。味はするが、生肉主食の獣に向かない食べ物だったのかも。
「ちょっと口あけて」
無造作に手を突っ込んで牙に刺さった干し肉を抜いてやる。すると、穴のあいた干し肉を再び手から奪って食べ始めた。器用に手で立てて噛む姿は、大型の猫だった。
「大丈夫か?」
『不思議な味だが悪くない』
良くもないが、初めての食感に目を輝かせている。そんな聖獣の姿を見ていた傭兵達の涙腺がついに決壊した。目元を拭うジャックに続き、ノアはハンカチで顔を覆っている。ライアンは目元だけじゃなく鼻も赤くし、サシャは気の毒そうな顔で俯いてしまった。
「どうしたんだ? 皆」
目の前のスープを飲みながら首を傾げれば、彼らは「これも食べろ」と卵やハムを分けてくれる。ありがたく礼を言って口をつけるが、食べる姿にまた涙を零していた。
なんだろう、すごく哀れまれている。しかもヒジリとセットで……。
「ヒジリもハム食べるか?」
『……ふむ』
匂ってからぺろりと平らげ、黒く長い尻尾を左右に大きく振る。どうやら気に入ったらしい。もらったハムをさらに2枚与えて、自分も手早く朝食を終えた。もちろん、皿の上にはサラダの葉1枚残していない。舐めたようにきれいな皿に満足して「ごちそうさま」と呟いた。
「朝の訓練はなし。午前中の戦略講義もなし。リアムに使役獣について教えてもらうか」
いつもなら午後から担当してくれるリアムだが、午前中の講義担当であるシフェルが会議をしているなら、すっ飛ばしても構わないだろう。皇帝は暇な仕事だと言っていたから、きっと構ってくれるはずだ。使役獣の話もだが、魔法についてもいくつか質問があった。
かつて勉強していた頃の経験だが、「質問する質問がわからない」という状況に陥ったことがある。教師と生徒の間に大きな格差があると起きるらしいが、教師は「生徒が何を理解できていないかわからない」状況で質問がないか尋ねる。ところが生徒は「全部分からないから、どう尋ねたらいいかわからない」のだ。
少し前までその状態だった。何しろこの世界の住人にとって「常識」で「日常」だから説明しなかった部分が、オレには「疑問」だったりする。当たり前すぎて説明を省かれたため、後日首を傾げる事態が多発してしまう。
気付いたときに尋ねておいた方がいい。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥らしいからな。……合ってるよな? まあ、間違ってても前世界の諺を訂正できる奴はいないが。
『リアムとは誰か』
無意識に撫でていた黒い毛皮に尋ねられ、視線を向ける。金色の瞳は瞳孔が大きく丸くなっていて、興味津々だと示していた。
「昨日会った黒髪の美人さんだ」
『人の美醜などわからぬ』
一蹴されてしまった。そうか、確かにオレも沢山の猫を並べられて「どの猫が一番美人か」尋ねられても当てられる自信ないわ。種族が違えば美醜の基準も違うだろうし。
「黒髪で蒼い瞳が美しい、オレくらいの年齢の……あ、昨日背中に乗せた子だよ。めちゃくちゃ綺麗で優しいんだぞ」
耳の間の毛を撫でてやりながら告げれば、ヒジリは目を細めて聞いている。艶のある黒い毛皮を撫でながら気分よく話を続けた。