21.呼ばれぬ客の想定外(2)
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「オレはキヨヒト。皆はキヨって呼んでる」
『…セイというのは?』
後ろから抱き着いているリアムに目線を向けながら、黒豹が大きく尻尾を地に叩きつける。ぱしんと音がしても、リアムはけろりとしていた。
「リアム専用のオレの呼び名で、他の奴は使わない」
『誓約による制約か?』
「違う、な……ほら、リアムは皇帝陛下じゃん。だからリアムが使う愛称を、他の人は勝手に真似しないだけ」
表現に困って地位のせいにしてみた。友達同士のちょっとしたあだ名なんだが、この世界でそういう習慣はないと学んでいるので、説明に困ってしまう。前世界の外国人が使う愛称のような呼び方は存在するが、子供のあだ名は存在しなかった。
確かに「○○ちゃん」が「○△たん」になったりするのは、方程式も無いし脈絡がない。なかなか浸透しない文化だろう。オレにとってはどちらでもいいが……すごく嫌な予感がする。
黒豹がぱたぱた尻尾を揺らした。
「それで名前は?」
『名前は契約主がつけるものだ』
後ろからリアムが回り込んで、座ったオレの膝にちょこんと乗る。小柄なので重くないが、顔のあたりで触れる黒髪が擽ったかった。ついでに、すごくいい香りがする。
「オレが付けるの?」
『そうだ』
リアムの黒髪の匂いをかぎながら現実逃避していたオレだが、最後通牒のように突きつけられた現実に眉を顰めた。
正直、オレのネーミングセンスは酷い。そりゃもう、かつて中学校の友人が呆れて頭を抱えたくらい酷かった。ペットの犬に「いぬ」と名付けようとしたレベルだ。
「黒豹……か」
かつてのゲームネームだったDDは、イケメンの友人が付けてくれたのだが何かの略だったな。確か……ダークなんたら……ダメだ、覚えてないわ。そういう略した頭文字の方が言い逃れが出来ていいかも知れない。
「えっと…うーんと」
唸りながら、黒豹をそのまま英語にするとブラックパンサー。あれ、パンサーでいいんだよな? レパードも豹じゃね? でもピンクパンサーって豹だったよな。混乱しながら頭文字を抜いたらBP……どっかの国の石油会社みたいになったぞ。これはマズイ。
レパードって豹に自動翻訳されるんだろうか。だとしたら「豹に豹って名づけるなんてバカだ」と思われかねない。ライオンなら「レオ」で片付いたのに、残念だ。
「ところで聖獣って性別あるの?」
『ない』
即答された。そうか、男女の差が無いなら、中性的な名前がいいかも。聖なる獣……セイを先に使ってなきゃ、奴にあげたんだが。迷いながら、ふと気付く。
この世界に漢字という概念はない。つまり、同じ字で読み方を変える発想はないのだ。
リアムと愛称を決めたときも、オレが「セイ」「キヨ」と呼び方を提示した候補から選んだ。彼は「キヨヒト」という名前から、なぜ「セイ」という呼び方が発生するのか理解していない。
聖の漢字だと「キヨ」「セイ」「ヒジリ」、他の漢字をつけた時は「ショウ」なんて読み方もする。キヨとセイは自動的に消去されるとして、選択肢はヒジリとショウ。
「ヒジリ、ショウ。どっちがいい?」
『我に尋ねておるのか?』
「そう。どうせなら好きな響きを選んだらいいよ。どっちもオレの名前の読み方違いだから」
正確には名前の読み方違いじゃなく、漢字の読み方違いなのだが。説明しても通じないのは以前に体験しているので、この世界流に話をわかりやすく捻じ曲げて伝える。
『ふむ、ヒジリの方がしっくりくる』
「じゃあ、今日からお前は「ヒジリ」に決まりだ!」
『では主殿をショウと呼ぼう』
頭の上に大きなクエスチョンを表示して首を傾げる。なぜ彼にショウと呼ばれるのか、これ以上名前が増えるのは御免だ。さっきの嫌な予感フラグを回収中らしいが、状況が理解できなかった。
「なんで?」
『我も特別な呼び方とやらが欲しい』
「必要?」
『ふむ』
「…前向きに検討します」
膝の上にリアムがいるため、黒豹ヒジリが肩の上に顎を乗せる。そのままぺろりと舐められたが、耳を食べられるような感覚に襲われた。あの背筋がぞくぞくする感じだ。恐怖に近いんだけど、なんか気持ちいい。いや、Mじゃないぞ!? 絶対にこれはフラグじゃないからな!!
「陛下、そろそろ部屋にお戻りください」
「そうだな。行くぞ、セイ」
騎士の言葉はもっともだ。逆に話が終わるまで、こんな屋外の庭に待たせてしまって申し訳ない。夕方の西の自治領から移動した中央の宮殿は朝方。ようやく午前中の穏やかな日差しが降り注ぐが、今日は残念ながら風が強かった。
有体に言えば寒い。風が無ければ暖かいかもしれないが、ちょっと肌寒かった。考えてみればオレの服、あちこち破れてるしな。
先に立ち上がったリアムが笑顔で手を差し伸べてくれる。じわじわ痺れる足に苦笑いしながらリアムの手を取った。
すべすべした美しい手に、黒や赤で汚れた手で触れるのは気が引けるが、手を取らないとリアムの機嫌を損ねてしまう。あんなに心配してくれた友人へ酬いたいと思うから、素直に手を取った。だけど、リアムの重さを受け止めた僅かな時間で痺れた足は、ちょっと情けない。
もっと鍛えたら平気になるだろうか。いやそこまで鍛えたら、兵器になりそうな気がした。うっかりした発言がフラグになって、シフェルの地獄の特訓を呼び寄せそうなので、お口にチャックだ。
それより、リアムの「セイ」という愛称は二人だけの特別な呼び方だと考えていたのだが、普段使いになったらしい。小鹿のように足がプルプルしないよう堪えるオレの努力を無にするように、ヒジリが鼻先で膝裏を押した。
これは――伝説(?)の技、ひざかっくん!!
「あっ」
間抜けな声が漏れた瞬間、転がっていた。ちなみに手を繋いだリアムが離さなかったため、前に転んだオレがリアムを押し倒しそうになる。もちろんリアムにケガをさせないように受身を取って、背中を下に落ちたのだが……。
「陛下っ!」
「キヨ?」
あちこちから声があがり、あっという間に抱き起こされた。ついでにジャックに肩へ担がれてしまう。見た目の年齢が少年なので、24歳にして二人とも子供扱いだった。
「まだ疲れてるんだろう。歩かなくていいさ」
ノアも頷いている。騎士に抱き上げられたリアムは不満そうだが、我慢するらしい。足元のヒジリがジャックのズボンを咥えて引っ張った。
「ん? どうした」
あまり怖がっていないのは、ジャックの順応能力が高いからだ。オレを最初に拾ったときも、彼が一番最初に理解を示していた。傭兵だからなのか、彼自身の資質なのかはわからない。
『我が乗せていく』
「……そうか?」
困惑顔ながらも、ジャックはオレをヒジリの背に下ろした。しっとりした毛皮は艶があって美しい。中に手を突っ込むと、ふわふわしていた。ぎゅっと抱きついたオレを乗せたヒジリは満足そうだ。
視線の先で羨ましそうなリアムを見つけて手を伸ばす。
「一緒に乗ろうぜ。平気だろ? ヒジリ」
『よかろう』
なんだろう、この上から目線の獣。オレが主だよな、普通は「承知しました」とか言うと思うが……まあ、実家の猫も「この下僕め、飼わせてやってるのだ、ありがたく思え」みたいな態度だったから、猫科はこれが標準かもしれない。
「頼むな」
首筋をくしゃくしゃ掻いてやれば、嬉しそうに尻尾が揺れた。言葉より尻尾の方が正直です、はい。
騎士が迷いながら後ろにリアムを乗せる。皇帝の指示に逆らえなかったのだろう。心配そうな顔で隣を歩く彼は、何かあれば抜刀できるように準備していた。
バイクのタンデムさながら背にリアムの温もりを感じながら、オレ達は宮殿のアーチをくぐった。