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21.呼ばれぬ客の想定外(1)

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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☆・゜:*(人´ω`*)。。☆

「「「「「え?」」」」」


 全員、いるよな? 行儀悪く指先で人数を数えるオレを他所に、騎士が一斉に剣を抜く。


 そして、奴は現れた。






 魔法陣の向こう側、西の自治領は明るい日差しが輝いていたが、こちらはまだ早朝のようだった。湿気が多くて肌にまとわり付く。不快感を感じるほどではなくて、明るくなりかけの空が紫がかった色を振りまいていた。


 朝の芝の上、のっそりと足を踏み出す。しなやかな身体がひとつ伸びをして、大きな金色の目が輝いた。以前見たときは黄色だと思ったのだが、こうして明るい場所で見ると金色だ。


「豹……」


 呟いたオレの声に反応したのか、ゆったりと細い尻尾が揺られる。大きく左右に振る仕草は、実家で飼ってた猫と同じなら……機嫌がいい証拠だった。


『見失ったが、やっと見つけたぞ』


 聞こえた声にきょろきょろ周囲を見回すが、誰も反応しない。あれ? なんで? つうか、話した声は誰。混乱するオレに、再び正体不明の声が告げる。


『何を慌てている。目の前にいるであろう』


 偉そうな口調につられて前を見るが、いるのは黒豹。その後ろに剣を構えた騎士が数人。うん、豹はない。フラグを立てたオレの予想の斜め上を飛ぶように、豹はとことこ無防備に歩み寄った。


「え、ちょ、うそ」


 武器がないのであたふたするが、その前に騎士が前に飛び出した。構えた剣の先を向けられ、黒豹は感情もあらわに表情を変える。猫科の動物は表情が乏しいと聞くが、この豹には当てはまらなかった。


 鼻のあたりに皺を寄せる。唸る時の顔に近い。


『しかたない、これならば聞こえるか?』


 明らかに豹が話したとしか思えない位置から声が聞こえて、「はあ?」と間抜けな疑問が口をつく。同時に周囲がざわめいた。どうやら彼らにも聞こえたらしい。オレには同じに聞こえるが、リアムや騎士も顔を見合わせているので突然聞こえた形なのだろう。


『主殿、この剣を下げさせてくれ』


「いやいや、主はおかしいでしょ」


 勢いよくツッコミを入れてしまう。手まで添えて突っ込んだため、豹は目を見開いた。やはり猫目で縦に瞳孔が開くらしい。金色の瞳がきゅうと収束して、僅かに色を変えた。


『契約したであろう』


「してない」


 即答で切り返す。会話が出来ることに驚いたのか、騎士が少し剣先をおろした。話したとしても獣なので、ちゃんと迎撃体制は整えておいて欲しい。


 この場面で襲われたら、間違いなく噛まれるのオレじゃん。走れなくて正面にいて血の臭いがする獲物――オレだよね?


「セイ」


「なに?」


「この黒豹に何か命じてみよ」


 リアムの提案に目を瞬く。確かに主従ならば、命令に従うはずだ。それで契約成立の有無を確認しようという考えは正しい。だが簡単な命令じゃ、従った判断する材料としては弱いだろう。猫が嫌がる自発的にしないことを命令する、とか。


 ゆっくり首をかしげて考えて、猫が嫌がりそうな命令を思いついた。


「おいで、ここで腹見せて寝転がって」


 しゃがみこんでひらひら手を振れば、素直に歩いてくる。その顔がすごく嫌そうなのだが、逆らう気はないようだった。ぺたんと座り、続いて伏せの形をとり、心底嫌そうにごろんと腹を見せた。犬ならばともかく、猫は通常嫌がる。そもそも呼ばれて近寄ったりしない。


 猫の常識が豹に適用されるなら……だが。


『もうよいか?』


「あ、ああ……いいよ」


 黒豹がおとなしく従ったため、騎士は従魔と判断したらしい。その剣は鞘に収められた。穏やかな日差しが柔らかくなってきた中、豹はぐるぐる喉を鳴らしながら近づき、大きな身体でのしかかってくる。


「お、重い……っ」


 しゃがんだオレを押し倒す形で上に乗っかるが、誰も助けに来ない。契約が済んでいるという奴の言葉を信じる根拠があるんだろう。そういえば、勉強の中で従魔とやらの講義はなかった。まだ教えてなかったのか、普通はいらないと判断されるような珍しい事例かも知れない。


「キヨ、大丈夫か? にしても、西の聖獣様と契約するなんて凄いな」


 無邪気なユハの発言に、豹を引き剥がそうとしていたジャック達が一斉に声をあげた。下敷きになったオレは顔も身体も手もあちこち舐められて、唾だらけだ。


「「「「「聖獣様!?」」」」」


「あ、あれ? 知らないで契約した、のかな」


「だって、コイツはオレを誘拐して追い掛け回した奴だぞ?」


 反射的に指差して叫んでいた。ちなみに豹はまだ上に乗っている。契約がどうなってようが、名前すら知らないのが現状だった。


『ふむ……どうやら話が混乱しておるな』


「いや、爪で攻撃したよな?」


『そなたも我に火球を放ったであろう』


「そりゃそうでしょ」


『鉛玉まで飛んできた』


「肉食獣に追われたら反撃するわ!」


 身を起こして言い争うオレに、リアムが後ろから抱きついた。体重をかけてしっかりのしかかっている。前から豹、後ろから黒髪美人。挟まれたオレは幸せなのだろうか。リアムにふくよかな胸があったら、きっと幸せだと断言できた。


「どうしたの?」


「……痛くないようだな」


 言われた言葉で、右肩の脱臼跡が痛くないと気付いた。肩をぐるぐる回してみて、本当に痛みがないことに驚く。外れた関節を戻してもしばらく痛いのが脱臼だ。驚きついでに、右足首の痛みも消えていた。


「足も痛く…ない」


 呆然としながら呟くと、目の前に伏せた黒豹が偉そうな態度で両手を重ねた。クロスする形の前足に顎をのせ、何でもないことのように呟く。


『治しておいた』


「ありがと」


 反射的に礼を言うが、まだあちこち確認している。木の枝か何かが刺さった腹部の傷も、しっかり治癒して跡形もない。破れた服がそのままなので、かろうじて記憶にある傷の存在が確認できる程度だった。


「すごい能力だな」


「聖獣なんて初めてみた」


 ユハやライアンは遠巻きにしながら声をかける。そりゃ、こんな大きな肉食獣に近寄るのは怖い。さっきジャックやノアが助けようとしてくれたのは、破格の対応だった。気持ちの上で恩を感じているので、いずれ彼らに返したいと思う。


『我は聖獣ゆえ、人が傷つけることは出来ぬ。そして契約した主も(しか)り』


 得意げな大きな黒猫は、尻尾を左右に大きく振った。褒めてもらいたいのかも知れない。手を伸ばして、首の辺りをわしわしと掻いてやった。さらに尻尾が揺れる。


 やっぱりただの大きな猫だ。


「ユハだったか、亡命希望でいいのか?」


「はい、よろしくお願いします。ルリ、挨拶して」


「お願いします」


 いつの間にやら騎士達とユハが事務的な手続きをしている。注意書きを渡されたユハと少女――ルリというらしい――は、一時的に騎士団の預りとなった。これで殺される心配はないので、一安心だ。


「ユハはオレの部隊に頂戴」


「シフェルに確認してからになるが、問題はないだろう」


「やった」


 オレ名義の予算が余っていれば雇えるんじゃないかと考えたが、正解だったようだ。皇帝陛下自らの裁可なので、そう簡単に覆される心配もなかった。


「シフェルは?」


 リアムの警護で真っ先に顔を見せると思ったが、見回す面々の中にいない。しかもいつの間にか、奥さんのクリスも消えていた。帰ってきたときは確かにいたのに。


「作戦会議だ。攻め込ませて受ける予定だったが、今回の誘拐事件でキレたらしい。こちらから攻めて一気に滅ぼすと聞いた。意外と血の気が多いからな」


「へ…へえ……」


 オレのせいか? オレが悪いのか? ひきつった顔で話を逸らそうとしたところで、助けの手が伸ばされた。多少どころでなく太くて毛むくじゃらの手だ。


『主殿、名は?』


「そうだよな、オレもお前の名前知らないもん」


 ぽんぽんと撫でると、まるでビロードのような手触りだった。絹も近いかもしれない。とにかくすべらかで気持ちよかった。

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