20.振り翳す、正義という名の我が侭(3)
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
感想やコメント、評価をいただけると飛び上がって喜びます!
☆・゜:*(人´ω`*)。。☆
聞かれたくなかった部分を突くライアンに、オレはびくりと肩を揺らした。動かなければバレなかったが、さすがに背負ったノアには隠しきれない。ぎぎぎ…と硬い音がしそうな動きで振り返ったノアへ、引きつった笑みを向ける。
「いや……たぶん、こう……本能的な、感じ?」
かろうじて返事が出来ただけでも褒めて欲しい。確信はなかったが、暴走しないといいな……程度で試した事実を知らされた傭兵と騎士は青ざめていく。
もし暴走していたら、この一帯は火の海か。氷の山か、はたまた巨大クレーターが出現した可能性もあった。国ひとつ簡単に滅ぼす存在のくせに、まったく意識なく使ったと聞かされたら当然の反応だ。
彼らの命は風前の灯火扱いだった。
「……ごめん」
謝るしかなかった。大丈夫だという根拠のない自信はあったが、一歩間違えば彼らを含めてここら一帯を滅ぼすまで止まれなかったのだ。この滅ぼす対象は、捜索されるユハたちも含まれる。
「おれらの命って、文字通り吹いたら飛ぶ軽さなんだな」
嫌味ではなく、実感として呟かれると耳に痛い。申し訳ないと思うが、なんとかなると軽く考えた部分は確かに存在していた。
「拭いておけ」
湿らせたタオルを渡され、小首を傾げる。ジャックは苦笑いしながら、オレの指を掴んで拭きはじめた。歩きながらなので、結構手が引っ張られる。白いタオルが汚れていくのを見て、手が血塗れだったのだと気付いた。
飲んだ薬が効いてるのか、徐々に熱が下がっている。すっきりした気分で上を見上げれば、木漏れ日はかなり明るかった。気分がさらに上向く。
「ありがと」
それ以上問い詰めたり責める言葉を言わないジャックの優しさに、素直に礼が口をついた。シフェルは意外と子供っぽい性格をしているし、この世界でオトン役に落ち着きそうだ。言うまでもなくオカンの座はノアが射止めた。不動のオカンだ。
「あと少しか」
「そろそろ見える距離です」
騎士達の話に、もう一度魔力感知する。波紋が広がる中、ほぼ重なるくらいの位置で魔力を感じた。
「ちょっと感じにくいわ」
クリスが眉を顰める。ジャック達も同様に感知を行ったようだが、首を傾げていた。これだけ近い距離に感じるのに、彼らは感じないのだろうか。
「ん? すぐ隣くらいの感じだけど」
だから素直に場所を特定して指差した。大きな茂みがあり、確かに人間を覆い隠すくらい出来そうだ。目の前だと言われても、ジャック達は感じ取れないらしい。
「ユハ、いるんだろ?」
「え! もしかして……キヨくん?」
呼び方がいつの間にか「キヨくん」になっていた。名前教えたときは「キヨ様」で次は「キヨ」だった気がするが……もしかして、まだ皇帝だと思ってるとか? 捕まってる間だけの自称代理なんだけど。
騎士や傭兵がいるから気を使ったのかも知れない。
「出てきて」
がさがさ茂みが揺れて、ぴょこんと茶色い頭が飛び出した。続いて、明るいオレンジ色の髪が一緒に這い出してくる。咄嗟に剣を抜いた騎士は、しかし剣先を向けずに困惑顔だった。
彼らの予想はもっと大人の亡命者だったと思う。それがまだ若い20歳前後の青年と、さらに幼い少女が顔を見せたので、対応に困っている。
木漏れ日が当たると、少女のオレンジの髪は燃える炎のように見えた。
「ノア、下ろして」
「ダメだ」
なぜ即答される?
「下ろしてぇ!!」
「危険だろう」
「危険じゃないから!」
子供のやり取りに騎士が苦笑いする頃、呆れ顔のジャックが抱き下ろしてくれた。ノアは不満そうな顔をしているが、その過保護さはオカンの証なのでしかたない。
「キヨくんて、箱入りなんだね」
驚いた顔でこちらを見るユハは、感心したような声を出す。抗議しようにも今の姿をみたら、反論しても効果はない。溜め息ひとつで切り替えたが、ふとユハと一緒の少女の視線に気付いた。凝視してくる少女がぽつりと呟く。
「赤い瞳だわ」
ざわっと周囲の空気の色が変わった。意味を知っているのか、知らないのか。彼女の意図はわからないが、赤瞳を持つのは上位の竜のみだと習った。もし彼女がきちんとした教育を受けていれば、オレが希少な上位の竜だと気付いた可能性がある。
「綺麗ね、宝石みたい」
無邪気に笑う姿に、騎士たちが柄にかけた手を外した。
彼女は単純に赤い色が気に入って声に出しただけらしい。庶民ならば教育を受けた可能性は低く、自分に直接関係ない種族の話や魔力量など知らないのが普通だった。
「よかった、合流できて。これで帰れる」
ほっとしてジャックに声をかければ、地面に敷いたシートの上に下ろしながら彼は笑う。無事にオレを確保したし、任務も完了だ。きっと安心したんだと思う。そう考えると正義感から我が侭を振り翳した行為が、申し訳なくなった。同じ場面で同じことするから、謝る気はないけどな。
「魔法陣を用意して頂戴」
クリスの指示で、巻物が広げられていく。大きめの絨毯状の魔法陣に、騎士数人が乗った。
「最初に転移しますので、すぐに続いてください」
「くれぐれも、余計なことはしないでくださいね」
一緒に訓練に明け暮れた騎士達は顔なじみだけに容赦がない。ユハ達を探すために我が侭をした前例もあるし、興味半分で支部を吹き飛ばした経歴もあるので、きっちり釘を刺された。
「大丈夫、もう帰るから」
余計なことはしないと約束し、最初の騎士達を見送る。以前に習ったが、最初に騎士の半分が転移するのは、転移先の安全を確保する目的があるのだ。殿を残りの騎士が担当することで、警護対象を守ることも出来る。
軍の編成やルールは本当によく考えられていた。
ひらひら手を振ると、4人ほどの騎士が転移する。ちなみに転移の魔法陣があれば、魔力はたいして必要としない。魔法陣自体に事前に魔力を込めてあるのだ。魔法陣の書き方をリアムに教わった時間を思い出す。あの時は幸せだった。
お昼寝後の怠い時間に座学では寝てしまうの確実だが、あれだけの美人がマンツーマンで教えてくれる。彼に見惚れるオレは必死で覚えた。バカだと思われて呆れられたら、それこそ立ち直れなくなりそうだったのだ。
象牙色の健康的な指先が、魔力を込めて描く魔法陣は美しかった。目の前の転移の魔法陣も教わったが、少しばかり文様の配置が違う。転移する先の指定が関係しているのだと分析しながら、そっと魔法陣に手を触れた。
ざらりとした布の感触を通り抜けて魔法陣の縁に触れた瞬間、吸い込まれるように落ちる。
「「「「キヨっ!」」」」
叫ぶ声と伸ばされた手を残し、オレは転移の渦に巻き込まれた。
転移した先で何かにぶつかる。頭をしたたかに打ち付けて呻いた。
「ううぅっ、痛い」
「セイ!!」
実際には1日半くらいなのに、まるで数週間離れていたような気がする。ばっと顔を上げた先で、黒髪に縁取られた美しい蒼い瞳が目に飛び込んだ。そのまま勢いよく飛びつかれて、後ろの芝の上まで滑りながら受け止める。
せ、背中が痛い。あと最初にぶつけた頭と、右足首の骨折が……。
「心配したぞ、軽率に罠に飛び込みおって」
「ごめんなさい――悪いけど、起こしてくれる?」
「…っ、右足首を骨折したのだったな」
人目があるからか、リアムは皇帝としての口調を崩さない。しかし咄嗟にセイと愛称を呼んだくらいに取り乱していた。引き起こされると、今度はしっかり手を握られる。
森の中と同じように布に描かれた魔法陣は対になっているらしく、その上に人が乗った状態でオレが転移されたからぶつかったようだ。騎士が下りた魔法陣が光って、今度はユハと少女を連れたジャックが到着。すぐにノアたちも続き、最後にクリスと残りの騎士が転移した。
これで全員終了だが……ふと疑問が過ぎる。
「あのさ、向こう側の魔法陣は残してきたの?」
王宮に繋がる魔法陣を残してくるなんて、見つけた追っ手にとって幸運過ぎるだろう。ほぼすべての動物は魔力を持っているのだから、魔獣が転移しても危険だった。
「ああ、それなら対のこちらを壊せば消えて、ただの布に戻る」
魔力で刻んだ魔法陣は対の片方が失われると反対側も消える、説明を受けている間に魔法陣が光った。