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20.振り翳す、正義という名の我が侭(2)

 何をするのか不安になったらしいノアの必死の呼びかけに、にっこり笑ってやる。クリスを含め騎士達が用心して後ろに下がった。


「何を心配してるのさ?」


 誰も何も言わない。だが彼らの心配は理解できた。我が侭が通らなくてキレた竜のガキが暴走しかけている――半分当たってる。魔力が一気に増大していくのを感じながら、振り返った。


 左手にナイフを持ち替え、立ち上がるときに使った木に右手を当てる。振りかぶって、右手の甲をナイフで貫いた。赤い血が吹き出し、気分がさらに高揚する。


 痛みを感じないから出来るが、もし通常の状態だったら躊躇した。人の命が懸かっていても、動けなくなっただろう。


「キヨ、何して……うっ!」


 手を伸ばしたジャックに目を向けると、言葉を呑んで一歩下がった。その仕草で気付く。おそらく目が赤く染まっているのだ。外から見ればすでに暴走したと判断されても仕方ない。


「大丈夫、()()暴走しないから」


 溢れる魔力が炎のように周囲で揺らぐ。魔力の密度の差が温度差のように対流を作り出し、首の後ろで括っていた髪を持ち上げた。高揚感がそのまま可視化されたような、不思議な光景だ。


 痛みは、本来身体を守る警告だ。感じない状態は危険だと知っているから、ナイフをそっと抜いた。そのまま収納魔法の口へ放り投げる。刺した時に筋や血管を切らないように注意したため、思ったより出血量は少なかった。


 見る間に右手の傷が塞がれていく。


「キヨ?」


 ここにシフェルがいたら叱られただろう。だが彼はいなくて、クリスやジャックにオレは止められない。眉を顰めたノアの呼びかけに口角が笑みの形に持ち上がった。


「始めようか」


 溢れた魔力を大きな湖の水滴に見立てて広げた。ジャック達の反応を通り抜け、どんどん広げる。魔獣の魔力が2つ、昨日追いかけまわされた黒豹だ。うろうろ歩き回っていた。まだオレを捜しているか。


 小さな2つの反応を見つける。そこへ意識を集中した。まるで目の前にモニターがあるように、映像が脳裏に浮かんだ。


 ユハが女の子を背負っている。幼馴染だと聞いたが、ユハの方が年上のようだ。小柄な少女に見えても、種族によって成長スピードが違うから、外見は当てにならない。その場所を頭の中で確定して、方角を確かめた。


 急に振り返ったオレの視界から、数人の騎士が後退る。赤瞳の竜は暴走の証だと思っているらしい。


「見つけた、この先1km」


 草薮の先を示したオレの指に視線が集まり、すぐに彼らは示された方角へ顔を向けた。ライアンは狙撃を担当するだけあって、目や耳がいい。それでも見えない距離を告げられても、にわかに信じられないはずだった。


「キヨ、何を」


「オレが捜してる2人がいるよ。真っ直ぐに1kmだ」


 顔を見合わせた騎士達が、首を横に振った。信じられないと拒否されるのは最初から想定済みだ。だからジャックたちに向き直った。


「ねえ、オレが雇い主だろ? だったら手伝ってよ」


 じっと見つめ合う。赤瞳なのに、ジャックは目を逸らさなかった。恐怖心を感じていないのではなく、押し殺しているのが分かる。ぎゅっと握った拳が震えていた。


 本能的な恐怖に逆らうのは勇気がいる。オレが瞬きしたタイミングで、ジャックは表情を笑み崩した。伸ばされた手が、銀髪をぐしゃぐしゃと乱す。


 ああ、いつもの仕草だ。


 この世界に来てから、幼い外見の所為もあってジャック達傭兵は事あるごとに頭を撫でる。髪がぐしゃぐしゃになるほど乱暴に、でも親愛の情を込めた仕草だ。懐かしさにほっとした。実際には数日しか経っていなくても、中身が濃いと時間感覚は長くなる。


 昨日の昼前に撫でられた記憶は、オレの中で1週間以上前の感覚だった。


「……しょうがねえな。ちゃんと責任取ればいいぞ」


「ジャック達に迷惑はかけないさ」


「だったら付き合うが、最初に言った1km先にいなければ諦めろ」


 しっかり釘を刺された。当然の条件だ。いないからと次から次へ方向転換しながら移動させられたら、結局この周辺を虱潰しに調べるのと変わらないのだから。


「ちょっと、勝手は困るわ」


「1kmならすぐさ。往復で30分前後だろ」


 クリスが慌てて止めに入るが、行くと決めたジャックはあっさり言い返した。


 振り返った先で、ライアンは銃を点検し、サシャはノアの収納魔法から剣を受け取っている。普段使う長い剣は腰に下げたまま、狭い森の中で使いやすい短刀の握りを確認した。ノアも愛用の銃を手の中でくるりと回し、銃弾ホルダーを腰にかける。


 いつでも出られる状況なのを確認し、オレは腰のベルトにかけた銃を確かめる。この状況を前に、クリスや騎士も諦めたらしい。大きな溜め息を吐いた。


「わかったわ。敵地での戦力分散は危険だから、私達も行く。魔法陣ごと、ね」


 魔法陣が描かれた大きな布を巻き取る。絨毯を運ぶように、一人の騎士が肩に背負った。他の騎士も各々武器を確認する。格闘戦が得意なクリスも身体を解すと、全員が集まってきた。


 魔法陣ごと移動すれば、ユハと合流後すぐに転移ができる。危険を限りなく小さくする提案は、願ったり叶ったりだった。


「じゃあ行くぞ!」


 先頭を切って歩き出したオレだが、背後から伸びてきた逞しい腕に捕まった。


「あ?」


「お前は足を折ってるくせに1kmも歩く気か」


 しっかり叱られ、ジャックの腕が腰に回って抱き上げられる。あれよあれよという間に、ノアの背中に乗せられた。ついでに手の銃も没収されてしまう。


「大人しくしてろ。見つけたら指示をだせ。それ以外は動くなよ」


 一言ずつ、言い聞かせるように区切られた。相当信用されていない。いや、オレが逆の立場でも信用しないから当然なんだけど。子供相手の叱るような口調に、なんだか擽ったい気分になった。


 心配されるのって、不思議な気分だ。


「任せる。で、ターゲットはあっち」


 ユハは少し歩いたので、方角が左側に僅かにずれていた。しかし距離は近づいている。こちらに近づきながら移動しているのだろう。


 赤瞳の状態は気分が高揚するが、同時に魔力を大量消費すると聞いた。眠くなってきたので間違いない。寝ないように赤瞳状態を解除した方がいいかも知れない。


 ここでふと気付く。どうやって戻したらいい?


 故意に赤い瞳になるのは簡単だ、激昂して気分が高ぶっているときにケガをすればいい。理屈はわからないが、自分の血が流れると赤瞳になりやすいのだ。これはリアムから聞いたため、ほぼ間違いなかった。


 だが戻す方法は知らない。背負われたまま唸っていると、ライアンが手を伸ばしてきた。ぽんぽんと頭を何回か叩く仕草の後、目を覗き込んでくる。


「赤い色、消しとかないとマズイぞ」


「赤瞳は魔力が高い竜の証だから、他国には秘密なの。まさかバレてないわよね?」


 同じようにクリスも釘を刺す。どうやら国家機密扱いのようだ。


「バレてないけど……戻し方がわかんない」


 正直に告げておく。ユハに合流しても赤いままだと困るのだ。幸いにしてこれ以上暴走する気配はないが、戻る時期はまったく未定だった。


「「「「……え?」」」」


 騎士を含め数人が振り返った。凝視されて居心地の悪さに顳あたりを指先で掻く。指についた乾いた血がぽろぽろと剥がれ落ちた。森の奥で鳴く鳥の声が妙に大きく聞こえる。


「そんなに驚かなくても……」


 ぼそぼそと口の中で文句を言うが、彼らの凝視する眼差しは揺るがなかった。信じられないと顔に書いた面々は、続いて大きく溜め息を吐いた。


「あなた、無謀だわ」


「つうか、暴走しない方法は知ってたんだろ?」

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