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19.闘争より逃走(1)

 ――癪だけど、シフェルは優秀だからリアムは無事だろう。


 全力で走りながら、直接関係ないことを考える。じゃないと泣き出しそうだった。ちらりと確認した背後に、大きな黒豹が近づいてくる。この魔獣は確か黒い沼にハマった時に出てきた。


 間違いなく敵の放った追っ手だ。しかも種類が豹ってのはヤバイ。オレだって某国営放送の番組で観た程度の知識しかないが、確か足が滅茶苦茶速い。瞬間時速は車両並みだった。しかも奴らは方向転換も容易にこなすので、フェイントして横へ飛んでも付いてくる。


 ……すでに横っ飛びして試したので、確かです。凄い反射神経で付いてきたよ。


 最後の問題点は、奴らは木に登れる。これも木の枝の上を走って逃げたらいいじゃないと試したが、しっかり木に登れました。驚きすぎて木から落ちた時に、ちょっと足を痛めたが立ち止まる余裕はない。


 頭上の黒い焦げから覗いて?いるらしい敵の存在に気付いて、すぐにユハと幼馴染に逃げるよう伝えた。彼と彼女が逃げる時間を稼ぐために、部屋の中で時間を潰してからオレも脱出する。


 西の首都まで連れて行ってもらう予定だったが、このまま大人しくしていたら間違いなく殺されてしまう。だんだんと本気になってるよな? 


 忍び込んで殺そうとして失敗し、次は天井にへばりついている。しかも明らかに敵のレベルが上がってるのだ。魔力感知にほぼ引っかからない敵って、知らないで熟睡したら目が覚めないパターンじゃん。


「っ、何だ、これ」


 右手に走った痛みに顔を顰める。魔力を封じる紐はとっくに捨てたため、今なら治癒魔法も使えるだろう。全力で走りながら、痛みの走った手の甲を確認した。


 赤くなった虫刺されのような傷口だが、何か小さな棘が刺さっている。反射的に棘を抜いて後ろへ放り投げた。ずきずきする傷口を確認するが、血は滲んだ程度でたいしたことない。


 痛みが気になり、口元へ運んで吸い上げた。口に流れた血が苦くて、すぐに吐き出す。舌の先が少し痺れるのは、毒だったという意味だ。


 走れば毒が回る。止まれば黒豹に追いつかれる。迷って、収納魔法でナイフを引っ張り出した。鞘を空間に残して本体だけ取り出したのは便利だから。


 ちなみに、レイルの前でやったら「便利だ」と絶賛されたし、シフェルには「考え方が変わっていますね」と感心された。


 走りながら左手で逆手に握ったナイフで右手の甲を切り裂く。


「いって、マジ痛ぇ」


 隠れているわけじゃないから、思いっきり叫んだ。毒を抜くために血を流す方法はレイルに教わったんだが、これ、冗談じゃなくてマジ痛い。話の通りに勢いよく切ったので、血が溢れて肘まで流れてきた。


 収納魔法の口へ血がついたままのナイフを放った。こういう使い方が出来るので、収納魔法は非常に役立つ。最初に見たときから憧れの魔法だったが、今では便利なリュック程度の感覚になった。魔法を習得するたびに、前世界での日常感覚や魔法への感動が薄れていく。


「包帯はないから……絆創膏でいいか」


 勝手に絆創膏と翻訳されたが、明らかに性能が段違いの湿布もどきを貼る。1時間もあれば傷は治るだろうから、足を止めずに走り続けた。


 ……あれ? オレがテレビで観た豹って持久力なかったよな。奴ら、やたら元気じゃね?


 振り返った先で、黒豹がぴょんぴょん跳ねながら走っている。魔獣だから元気なのだとしたら、逃げるオレの体力が尽きる方が早いかも知れない。気付きたくなかったピンチに、収納魔法の口から瓶を引っ張りだした。


 三角錐のお墓を作るお国で有名な香水瓶に似た、華奢で美しいガラスの中にどろりとした液体が入っている。瓶が綺麗だから、余計に中身の不気味さが増した。


「う……飲まずに済ませたかった」


 ぼやいて蓋を取り、漂う臭いに顔を顰めた。とにかく(くさ)い。なんだかわからないが、原料を知ったら飲めなくなりそうなので聞かなかったが、本当に臭い。


 漂う悪臭の帯が見えそうなくらい、半端ない(にお)いの瓶を口元に運び、左手で鼻を摘んだ。右手を傾けて流し込む。走りながらなので窒息しそうな苦しみの中、それでも必死で嚥下(えんか)した。


「うぇ……」


 見た目の不気味さ、酷い悪臭、味は……比例するように不味(まず)い。味覚を破壊するのが目的だと邪推するくらいの劇薬だった。その分効果は覿面(てきめん)で、体力回復に最高の薬剤だ。


 ゲームだとポーションみたいな呼び方をするが、単に『体力回復増強剤』と自動翻訳されたのは味気ない。自動翻訳の中の人に、ゲーム要素は微塵も感じなかった。


 口にねっとりまとわり付く不快な味に気分がだだ下がりだが、体力はしっかり回復する。


 残った瓶を苛立ち紛れに黒豹へ投げつける。2匹……いや、2頭と数えるのが正しいかも。とにかく片方の豹が避け損ねて頭に瓶が当たった。割れた瓶の中身がかかったらしく、鼻を押さえて悶絶している。


 人間の数十倍は嗅覚が鋭い猫科の特徴が魔獣にも適用されてたら、この薬の臭いは立派な最臭兵器(さいしゅうへいき)だ。


「1頭脱落」


 予想外の効果にもう1本取り出して武器代わりに投げようか、真剣に検討する。だが、半端ない効果と臭いの薬瓶が驚くほど高かったことを思い出した。ついでに言うなら、効果が高いから爆弾代わりにするのはもったいない。


 残り1本しかないし。まだ使う場面があるかも……。


 不吉なフラグを立てながら、回復した体力を遺憾なく発揮して全力疾走を続けた。







「はあ……ここまで来れば……っ」


 額の汗を袖で拭い、そっと覗いた先を黒豹がうろうろしている。完全に振り切れず、匂いを頼りに追ってきたらしい。大きな岩陰から足音を殺して近くの木まで歩いて、飛び上がった。手に触れた枝に掴まって一回転し、音もなく枝の上に飛び乗る。


 かつてのオレも運動神経は良かったが、こんな曲芸師みたいな器用さはなかった。当然だが一般人より少し動きがいいだけの素人なのだ。それが異世界チート的な転移時の追加能力と、早朝訓練のお陰でかなり鍛えられた。


 足元を黒豹が歩いていく。しなやかな筋肉が躍動する背中を見送り、ほっと息をついた。


 誰が使役してるのか知らないが、とにかくしつこい。野生の獣だったら、捕まらない獲物をここまで追いかける筈はない。魔力感知で追いかけていた豹が突然動きを変えた。こちらに向かって全力で走ってくる。その勢いを利用して、木の幹を半分ほど駆け上ってきた。


「うぎゃぁぁぁあああ!」


 足のすぐ下に豹の爪が届き、悲鳴を上げて上の枝に逃れる。これより上に体重を支えられる太い枝はないので、豹がじりじり昇るのを待って飛び降りた。枝が邪魔ですぐに飛び降りられない黒豹を置いて、再び走り出す。


 なんなの、この追いかけっこ。


 首筋に垂れてきた汗が気持ち悪い。豹はすぐに追いついてきた。どうしようか迷って、腰のベルトの銃を思い出す。逆になぜ忘れていた、オレ!


 銃弾は出る前に詰めたので、安全装置を外して構える。が……豹が真後ろに入り込んでしまう。走りながら撃とうとすれば、真後ろの敵は狙えない。足を止めたら襲われる。結局銃が使えないという結論に至り、舌打ちしてベルトに挟んだ。


 そうだ、魔法は? 魔法で焼き払えばいいじゃん!!


 後ろへ向かって火を放つ。もう安全だと思ったので足を止めて、大きく胸で息をした。動物は炎が嫌いなはずだ。燃えている足元を越えて来ないだろうし、超えてきたら火を直接ぶつけてやれば…。


「うそっ、来た?!」


 猫科の特徴であるバネの後ろ足で燃える火を飛び越えた。咄嗟に火を魔法で作って投げる。直撃コースの攻撃だが、豹は避けなかった。燃える姿を想像するが、なぜか豹の目前で火は霧散する。

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