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18.裏切りか、策略か(8)

「本当に…来るのか?」


「たぶんね」


 若くんを含めた護衛の人達は、拘束されたオレが中央の要人の子供と聞かされたらしい。正確には皇帝(代理)だよと教えた時の驚きは凄かった。


 この世界には写真がない。銃は前世界と同水準なのに、文化は中世ヨーロッパと変わらなかった。そのため要人の顔写真は存在しなかったのだ。遠くから見たことがある、または美化した似顔絵を見たことがあるレベルだった。


「しかし……」


「それより、名前を交換しようか。オレはキヨ」


「わかった。ユハという」


 通称だと前置いたが、若くん改めユハはそもそも皇族や王族の名前など知らない。江戸時代の庶民が将軍様のフルネームを知らないのも理解できる。かつての世界観でなんとなく理解を深めながら、左手に巻きついた紐を指差した。


「地図を出したいから、一時的に解いても平気か?」


「特にバレる心配はないぞ」


 あっさり重要事項をばらしたユハの人の良さに、頭を抱えてしまった。聞いておいてなんだが、こんなに簡単に答えていい内容じゃない。


「ああ……っと、ユハ。オレが言うのも変だけど、普通は人質にこんなこと教えちゃダメだぞ」


「そうなのか? 口止めされていない」


「それは上司が無能だ」


 口止めしないことはもちろん、きちんと部下に教育をしないところがダメダメだ。そういえば、傭兵のジャック達も「教育を受けられるのは幸運だ」みたいな話をしていたな。


「じゃあ、ちょっと外すな」


 ひょいひょいと右手で紐を引っ張って外していく。するする落とした紐を横に置き、収納魔法で空間から地図を引っ張り出した。リアムのお茶会でも分けてもらった烏龍茶と自作クッキーも出す。お茶を淹れる道具が必要だと気付いて、今度はカップとポットを取り出した。


 少し考えてから、今度は銃を選んだ。銃弾も用意する。だんだんと増える荷物を眺め、ぽんと手を叩いた。


「ああ、リュックがあった。着替えも」


「……キヨ、様?」


「キヨでいい、何?」


「あまり荷物が増えると怪しまれる」


「あ、そっか」


 残念だが着替えは戻して、リュックも中に放り込む。反撃のために銃は必要だし、当然銃弾も使うよな。


「お茶飲んだら、カップとかも片付ける」


「……そうか」


 お茶を淹れてクッキーを齧る。甘いものを食べるの、すごく久しぶりな気がする。といっても、昨日の午後はリアムとお茶してたけど……随分昔の出来事に思えた。


「どうしたの? 食べなよ」


 オレが作ったから味は保証するぞ。遠慮しているのか目の前に正座したユハへ、自作の紅茶入りクッキーを手渡した。口に運ぶ姿を見ながら、ふと気になって尋ねる。


「ユハって、弟か妹いる?」


「いたが……」


 この場面での『が』は()()()()()()()()()()()類の話だろう。


「そっか、子供慣れしてると思った」


 誤魔化すように笑って見せれば、彼は泣き出しそうな顔で唇を噛んだ。やばい、これは昔話に突入するパターンだ。襲撃の対策を話し合う必要があるのに……。


「弟は、北の国に殺された」


 ああ、予想は大当たりだ。自分から聞いたくせに申し訳ないが、続きも想像がつく。弟が殺された年齢は12歳前後で、オレと重なったとか。


「まだ11歳で可愛い盛りだった」


 うん、わかってた。


「だから北と手を組むのは反対なんだ。一兵士の意見なんて価値がないけど」


 自嘲じみたユハの言葉が気に入らなくて、ふんと鼻を鳴らす。


「一兵士じゃなくなればいいだろ」


「え?」


「他の家族はいる?」


「いや、父母もとうに…」


「なら、オレと一緒に中央へ行こう」


「……は?」


 あれ? 言葉が通じないわけじゃないよな。そんなに突飛な発言したか? 内心で首をかしげながらも、にっこり笑って紅茶を手渡した。


 反射的に受け取ったカップに口をつけたユハが「烏龍茶?」と呟いた。


「お、知ってるんだ。このお茶さっぱりしてて好きだから」


「故郷のお茶だ」


 ふわりと柔らかく表情を崩したユハがひとつ深呼吸して顔を上げた。


「任せる、キヨと一緒に行く」


 お茶ひとつで説得できてしまった。お手軽すぎてゲームみたいだ。ほらあの…『○○が仲間になりたそうに……云々』ってやつに似てる。


「わかった。中央ではオレの下にいる傭兵部隊に入ればいいよ」


 ジャック達なら上手に訓練してくれるだろう。少なくとも三途の川が見えるような訓練はしない、と思う。オレみたいに急速にレベル上げする必要ないから。


 話が決まった途端、ユハは床の上にごろんと寝転んだ。何か吹っ切れたらしい。表情が明るいので、特に声をかけずに隣に寝転がってみた。天井に大きな焦げ跡がある。


 魔法がない世界だったら、なぜこんな場所に焦げが!? となるが、いい加減慣れてきた。誰かが脱出を目論んで燃やした跡か、うっかり失火したか。


「仲間は増えてもいいか?」


「ん、誰」


 ユハの問いに、軽く返す。起き上がったユハが、眉尻をすこし下げる。


 あ、厄介ごとだ。ぴんときた。こういう場面で提案される仲間は、たいてい(いわ)くつきで騒動の原因になる。


「幼馴染で同郷の子がいて」


 子……つまり、ユハより年下か。


「おれは兎なんだが、彼女は鳥だった」


 ふむ……女の子ね。


「鳥は治癒に優れた子が多くて、彼女は軍に協力()()()()()る」


 嫌々協力させられたパターンか。


「うーん、その子は一緒に逃げる気あるの?」


「間違いなく逃げる」


 言い切ったユハの言葉は強かった。確信があるのだ。ならば構わない。少なくともオレの命を救ったユハが困っているなら、助けてやりたいと思う気持ちは嘘じゃないから。


「いいよ」


「さすがは皇帝陛下だ。心が広い」


「そういうことにしておいて」


 正確には皇帝陛下の盾だけど。ここで素性をバラして計画が頓挫(とんざ)するのもバカらしい。肩を竦めて、空になったカップやポットを片付けた。誰かに見つからないよう銃を枕の下へ、銃弾はポケットに忍ばせる。それからユハに魔法封じの紐を結んでもらった。


 地図をベッドの上に広げ、現在地と思われる場所を指し示す。


「ここが今いる場所で、これから西の首都へ輸送されるだろ。最初は首都へついてから抜け出すつもりだった。だけど、ユハ達がいるから…ここを抜けて」


 地図の上の指を滑らせたところで、奇妙な感覚を覚えた。人の視線に晒されたような違和感だ。魔力感知は切っていないが、特に何も……ん?


 網の目に張っていた感知を解いて、今度は波紋型で魔力を探る。面で広がる波紋に僅かな揺らぎがあった。見過ごしてしまいそうな、本当に微かな反応だ。


 位置は……ほぼ真上。


 ゆっくり顔を上げると、先ほど見つけた黒い焦げがある。視線を落とせば、突然話を打ち切ったオレに不思議そうなユハがいた。彼は何も気付いていない。仲間である可能性がない以上、確実に敵だった。


「……ユハ、敵が上にいる」


 小声で囁いて、ひとつ深呼吸した。


「こっちへ逃げる」


 乗り出した身体で陰にした左手で別のルートを教えながら、わざと右手で違う地点を指差した。右手の指を見ているユハが頷いたのを確認し、オレは地図を畳んだ。


 予想通りとはいえ、こうも襲撃が多いと――懸念が浮かぶ。中央の国に裏切り者がいる可能性がある。それも皇帝のお茶会の場所を特定できるほど、中枢に近い部分にだ。策略で皇帝を排除しようとする勢力の存在を否定できない。


 複雑な状況に溜め息が漏れた。

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