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18.裏切りか、策略か(7)

 この扱いから判断しても、オレが中央の皇帝として捕まってる事実を、彼らは知らされていない。末端の兵にまで周知する必要がないと考えたのだろうが、これでは警備に支障が出る。実際支障が出たし……。


「夜が明けたな、もう少し寝られるだろう」


 そう言って、若くんがオレを抱き上げた。子供を抱っこするから当然縦抱っこだ。お姫様抱っこじゃないことに安堵しながら、大人しくしていた。事実、眠い。ベッドまで運んでくれるならお任せした方が楽だ。


「子供なんだからしっかり寝ないとな」


 ぽんぽんと背を叩く姿は様になっていて、確かに年の離れた弟妹がいるんだろう。うとうとしながら、そんなことを考える。手で欠伸を隠しながら、魔力感知で周囲を探った。


 特に異常はなさそうだ。警備の人間の数を数えながら、落ちてくる瞼に逆らえず目を閉じた。うん、警備の人間は12人か。さっきまで8人だったから、この騒動で増やしたようだ。


 冷たいシーツの上に下ろされ、上掛けをかけてもらう。訓練所のベッドのマットより柔らかいと思うのは、オレの待遇が悪かったからか? それとも壊される可能性が高いベッドだから安物を使ったのか。


 浮かんだブロンズの髪の美形に悪態を吐いて、そこで意識は途切れた。






 リアムは不機嫌な様子を隠そうともせず、腕を組んで庭に立っていた。


「陛下、そろそろ……」


「うるさい」


 一言で侍従の言葉を遮る。斜め後ろに控えるシフェルが騎士服の襟を正しながら、これみよがしに溜め息を吐いた。ちらりと視線を向けるが、リアムは無視して作業を見守っている。


 現在、宮廷の専属魔法師が真剣に黒い沼跡を調べていた。


 戦争で魔法はほとんど使われない。そのため宮廷にいる魔法師はほぼ全員が研究職だった。魔法の発動に関する掟や新たな魔法の開発、また銃弾に魔力を流して殺傷能力を上げる術の研究などが彼らの役目だ。他国と戦争に明け暮れる現在、役立たずと罵られることも少なくない役職なのだが。


 皇帝陛下直々の命令で呼び出された3人は、真剣に芝の上から魔法の痕跡を手繰り寄せていた。元が研究好きな連中なので、没頭すると寝食を忘れるタイプだ。


 見たことのない魔法の痕跡に目を輝かせて調査を進める彼らの背後で、皇帝ウィリアムは動こうとしなかった。自分は守られる立場だと理解している。異世界人であるセイを保護した時点で、彼は自国民と同じだろう。


 セイが自分を守るために飛び出し、黒い沼に飲まれた姿は……当たり前なのに。酷く心が痛んだ。これがシフェルやクリスでも心は痛むが、まるで違った。家族を奪われたみたいな喪失感が胸に穴を開ける。時間が経つにつれ、その穴が大きく広がる気がした。


「宮殿の中にお戻りください、皇帝陛下」


 シフェルが長身を折って頭をさげる。俺を守る騎士である彼の立場故の言葉だ。皇帝たる存在が、狙われやすい屋外に立っている。それも護衛が少ない状況で……どれだけ危険か、シフェルは理解していた。なのに、夕方になって日が暮れるまで待って声をかけたのだ。


 気持ちが落ち着くのを待ったシフェルは、やはりセイを心配しているのだ。心配する俺の気持ちを共有するから、こうしてギリギリまで待ってくれた。いざとなれば自分の身を盾にして守る覚悟を決めている筈だ。


 その気遣いを無碍(むげ)に出来るなら、ここに立っていたかった。飲み込まれたセイが出てくるまで、いや彼の消息が掴めるまででいい。あと少し……子供の我が侭を振り翳せたら。


 何も言わずに目を伏せた。シフェルは頭を下げたまま待ち続ける。目を開いて決意した。


「わかった、戻ろう」


「ありがとうございます」


「何か分かれば夜中でも構わぬ。必ず報告せよ」


「「「はっ」」」


 頭を下げて見送る一部の侍従は、魔法師のために灯りを用意する。シフェルを連れて歩き出すが、その足取りは重かった。未練がましく振り返ってしまいそうで、ぎゅっと拳を握る。


 宮殿内に入ったところで、シフェルが一歩足を進めて近づいた。


「キヨの行方を捜すため、レイルに依頼を出しました」


「返答は」


「二つ返事で了承されました」


 キヨがレイルのお気に入りだと報告は受けていた。だが、彼は仕事に私情を挟まないことで有名だ。ましてや報酬は高額で、内容も選り好みをする。


 これだけ悪条件が揃う情報屋なのに、仕事の依頼が引きも切らないのは、彼の情報収集能力や分別して分析する能力が優れているためだ。


 他の情報屋をいくつも経由して得られなかった情報が、レイルにかかれば数日で解決したなんて珍しくもない逸話だった。


 そんなレイルが二つ返事で受けたと聞き、リアムは僅かに頬を緩める。中央の国だけでなく、東西南北すべての国に情報網を張り巡らせる彼ならば、近くセイの情報を持ち帰るだろう。


「ジャック達はすぐに動けるように配置しています。出来る手を打って、後は悠然と構えて結果をお待ちください」


「じいやのような事を言う」


 片眉を持ち上げて、心外だと示しながらもシフェルは何も言わなかった。






 午後のお茶会で黒い沼に飲まれ、夕方に捕獲された。変態のおっさん領主に引き合わされ、殺し屋らしき黒尽くめに襲撃されて生き残る――まさに分刻みのスケジュールだな。


 訓練のときもそうだが、この世界に来てから1日の密度が高すぎる。前世界の1ヶ月分くらいの出来事が1日に凝縮された感じだ。


 夜明けに寝たのに、2時間ほどで目が覚めた。すっきり目が覚めて気分が良かったので、そのまま起きることにする。ベッドの上で柔軟体操をして、窓の外を眺めた。


 ちなみに両手を拘束していた紐は、左手首に絡められている。逃げるつもりがないと理解してもらえたのが半分、拘束された状態で無茶したのが半分だろう。3階から飛び降りた瞬間はオレも終わったと思ったし。見てた連中もそう思ったらしい。


 紐があるので魔法は使えないが、魔力感知は出来るし……収納魔法から飲食物や着替えを取り出せない不便さ以外は、まったく問題なかった。ピアスやネックレスによる魔力の圧迫と違い、眠くならない。解いて収納魔法を使ったら、バレるだろうか。


「腹減った」


 ぼやいて外の揺れる葉を眺めた。風が強そうだ。


 昨日は真正面に見えた大木が、少し左にずれている。まあ木が歩いたわけじゃなく、オレを閉じ込める部屋が隣に移ったのだが……。


 昨日とは違う部屋に移動したのは、黒尽くめから逃げる時に窓を割って飛び出したからだ。飛び出してから魔法が使えないことを思い出して青ざめたのも、今になれば笑い話だった。もちろん一歩間違えば、『ザクロ再び』だったのは言うまでもない。


 一応『皇帝陛下』扱いなので、寒風吹きすさぶ部屋に再び寝かされずに済んだ。本当に良かった。お陰様でぐっすり眠れました。


 窓枠に肘を突いて顎を支え、ぼんやりと外を見つめる。


 暗殺者が送り込まれたのは、偶然か。なぜ中央の国の皇帝が拘束された、その夜に来る? 情報が回るのが早すぎるだろう。


 どこかから情報が漏れている、としたら……また襲撃される筈だ。オレなら、今日中にもう1回襲撃する――撃退して油断した瞬間が一番成功率が高い。


 窓の外を睨み付けながら対策を考えていると、ノックの音が聞こえた。


「起きてるか?」


 顔を見せた若くんに笑顔で振り返る。彼は助けよう、可能な限り彼は生かす。首絞められたときに助けられた恩は返しておきたかった。


「何か食べられるなら用意しよう、傷は痛まないか?」


 近づいて首についた赤い痕を心配そうに撫でる彼の手を掴み、さらに笑みを深めた。ちょっと若くんが引き気味なのは見ないフリをする。


「ねえ、相談があるんだけど」

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