表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/410

18.裏切りか、策略か(4)

 中央の国の地図だから、当然中央の国が真ん中に描かれている。西の国の首都は下側の北の国寄りの中央方面だから……えっと、中央の国へ帰るには西の首都経由が近い。頭の中で整理した情報から、このまま首都近くまで運ばれてから逃げるのが楽だと気付いた。


「それにしても、綺麗な顔をしておる」


 顔を近づけられて、オレは身を反らして息を止めた。おっさん、息くさい。おじさんと丁寧に呼ぶ気力を奪うほど、マジ臭い。


「首都に献上するのでなければ……ぐひひっ」


 ぶひひっって聞こえた笑い声の意味は想像はしたくない。言わずもがな、オレもリアムも男だ。変態なのはおっさんの自由だが、あちこち触ったら殺す。絶対に息の根止める。


 強い決意を胸に、おっさんを睨み返した。


「その尊大な態度がいつまで続くか」


 言われた言葉で、リアムと勘違いされていたのを思い出す。そうか、予定通りリアムが攫われていたら、こうして臭いおっさんに顔を寄せられたのはリアムだったんだ。そんなの許さん。攫われたのは不覚と油断の結果だが、リアムを守ったと思えば悪くない。


 とりあえず勘違いさせたままの方がいいだろう。違うとバレたら殺されそうだし、変な趣味を持ってそうなおっさんに襲われるのも嫌だ。だけど、どうやったら皇帝陛下らしく見えるんだ?


 リアムらしく振舞う方法を考えながら、さりげなく顔を背けた。なぜこんなに生臭いのか、もしかして魚類か? あれ、属性に魚がいた気がする……まあ、おっさんが魚とは断定できないけど。


「言っておくが、西の国王は我輩ほど優しくないぞ」


 聞こえた単語がツボに嵌った。崩壊した腹筋を引き締める。ついでに、崩れそうな表情筋もぐっと力を入れた。ダメだ、崩壊する。よりによって、自分のこと『我輩』って言った! なにそれ、ゲームの中でくらいしか聞いたことないし。普通に使う奴がいたんだ。


 衝撃的過ぎる笑いのツボが全身を震わせた。ヤバイ、マジやばい。言葉が出てこないくらい笑える。そういや、前に二つ名を聞いたときも笑いを堪えたっけ――そんな思い出に意識を馳せて、ツボ過ぎた『我輩』を記憶から追い出す努力をした。どうしても我慢するとぷるぷる震える。


 恐ろしさで怯えていると勘違いした領主は満足げだった。ちなみにオレの筋肉は限界が近い。


「しっかり拘束しておけ、だが丁重にな」


 結局、オレは何も言わなかった。声を出してもバレないだろうが、下手な発言が命取りになる可能性がある。ここで似合う(ことわざ)は『沈黙は金』だと思う。





 連れてこられた屋敷は、テント村から近かった。


 領主のおっさんが丁重にと命じてくれたおかげで、牢ではなく部屋に放り込まれた。ベッドと木製の小さなテーブルくらいしかない部屋は粗末な部類に入るだろう。装飾品や絵の一枚もない殺風景な部屋だった。狭い部屋は肌寒い。


 最近は窓が割れたり壁が吹き飛んだ部屋で過ごしていたので、ぐるりと壁に囲まれて窓がちゃんとあるだけで嬉しい。隙間風があっても、壁が片面ない部屋より快適な筈だ。


 ……あれ、なんか可哀相じゃね? オレ。使用人レベルの小部屋で満足出来ちゃうって、哀れな気がする。環境に適応する能力が高いというか、高すぎて馴染み過ぎてたな。でも小部屋といっても6畳間くらいはある。


 ちなみに部屋の大きさを示す畳は、当然ながらこの世界では通用しなかった。自動翻訳も役立ってくれなかった程だ。


「……着替えたい」


「だめだ」


 そうだよね、そう言うよね。分かってたけど背中が冷たい。濡れたままの服じゃ風邪引く。この世界で身体能力高まったけど、毒も平気だったけど、たぶん風邪は別物だと思うわけで。頭痛や高熱に悩まされるのは御免だった。そこで粘ってみる。


「寒い」


 ぼそっと文句をつける。じっと視線を固定して待つと、衛兵達が顔を見合わせた。丁重にと言われた手前、体調を崩されても困るだろう。きっと着替えをくれる。当然後ろ手の拘束も緩めるか、外される筈だ。


 皇帝陛下という大層な肩書きを装うため、手の拘束を緩める間も動かない。とにかく偉そうに、何でも彼らにやらせるくらいの心持ちが大事だ。頭を下げて衛兵が動きやすくしてやる、なんて皇帝らしくない。


 背を反らしたまま、姿勢よく待った。探った魔力から、大体の兵の配置を頭の中に描き出す。彼らの動きから、大まかな建物の形状を探った。これは、あれだ。中学校あたりの校舎の感じだな。北側に廊下が真っ直ぐに引かれ、南側へ部屋が並んでる形だ。


 大きく見えるが荘厳さや豪華さは失われる。実用性は高いのかも知れない。逃げたり追いかけたり、移動するのに真っ直ぐな廊下は便利だろう。長方形の建物は建築も楽だし、使えない空間が出にくくて合理的だった。


 大判のタオルを肩にかけられ、後ろ手の拘束を解かれる。ここですぐ逃げるような無駄はしない。このまま大人しくして、西の首都まで連れて行ってもらうのだ。それから逃げれば、すぐ中央の国との国境だった。


 途中経路は楽をしつつ、策を練る時間に当てるのが正しい戦略だ。人前でも平然と着替えをしていたリアムには悪いが、タオルの陰でこそこそ着替えをする。兵も凝視しては申し訳ないと思ったのか、ちょっと顔を逸らしてくれた。


 タオルの陰で与えられたシャツを羽織りながら、収納魔法でこっそりとナイフを取り出す。潜入に関する知識をレイルに叩き込まれたが、音を出さないナイフの方が銃より適した武器だと聞いた。しかも魔力を込めて銃弾を発する銃は、居場所を特定されやすいので危険らしい。


 あれこれ教わったときは、そんな危険な場面にならないので不要だと思って聞いたが……こうしてみると、どんな知識でも蓄えておくに限る。知らないより知ってる方が強い。


 取り出したナイフを腰のベルトに差し込んだ。見えないようにシャツをベルトの上に出してボタンを留める。着替えに時間をかけすぎたかと心配になるが、リアムは自分でボタンを留められなかったから……特権階級である皇族や王族は、一人で着替えなどしないのだろう。


 もたもた着替えたように装い、背中の冷たさから解放された安堵に息をついた。


「終わった」


 皇族っぽい言葉遣いは身についていない。臣下としての礼や話し方が出てこないように、ぶっきらぼうに短く話すことに決めた。これが一番バレにくそう。


「手を出せ」


 後ろ手に再び拘束されそうになり、首を横に振った。手を前に出して両手をそろえて待つ。大人しく兵を見上げれば、彼は子供相手にバツが悪そうだった。頬に傷があり、黒髪の兵はジャックに似ている。身体はジャックの方が大柄で、人が良さそうな顔立ちだった。


「……まあいいか」


 魔力を封じる文字が記された紐なので、前後どちらで拘束しても構わないと考えたのだろう。兵は特に警戒した様子はなく、手際よく紐を手首に巻きつけた。抵抗しない姿から、あまり危険視されていないのも影響している。


 巻いた紐を縛った時点で、魔力が完全に封じられた。仕組みをしっかり理解したオレはひとつ欠伸をして寝転がる。とりあえず、眠い。黒い沼から出て、ずっと動き続けたのだ。咳き込んで苦しみ、泥を雨で流して、木の枝の上を走る追いかけっこもした。魔力も使ったし、当然体力も消耗している。


 もう限界だった。領主の言い分では殺される心配も、貞操の危機もなさそうだ。意外と清潔な白いシーツの上に寝転がると、若い兵が上掛けをかけてくれた。


 年の離れた弟を見るような彼の優しい目に、敵も悪い奴ばかりじゃないと今更ながらに気付く。西には西の理屈があり、中央には中央の考え方がある。互いにぶつかるのは仕方ないが、全員を排除すべき敵だと思い込むのは危険なのだろう、たぶん。


 かつての十字軍とイスラム教徒の戦いなんかが同じだ。十字軍の全員がイスラム教徒を虐殺したり拷問したわけじゃない。逆にイスラム教徒全員が、キリスト教徒の巡礼を阻んだわけでもなかった。傷ついた十字軍を助けたイスラムの一般人だっていただろうし、隠れている敵を見逃した兵士だっていた筈だ。


「……ありがとう」


 皇帝陛下を装うなら「ご苦労」とか言うのが正しかったかも知れない。だけど半分眠りかけたオレの口をついたのは、単純な礼の言葉だった。


 若い兵士はかすかに笑ってくれた気がした。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ