18.裏切りか、策略か(3)
「あそこだ!」
「捕まえろ」
叫ぶ声が聞こえると同時に、音を気にせず走り出した。早朝訓練していて気付いたのだが、某国の雑技団並みの身体能力がある。手を伸ばして枝を掴み、身体を木の上に押し上げた。そのくらいで見失ってくれるなら楽なのだが、すぐに居場所はバレる。
「こっち、木の上だ」
指差す男は黒髪の黒人だった。闇に溶け込みそうな黒さが、正直この場面では羨ましい。夜の隠密行動では、見つからないのが最強だ。
サバゲーの経験を生かして、次から泥を顔に塗ろう。それなら見つかりにくい。自分の白い肌に眉を顰めながら、木の枝を飛んで移動する。忍者みたいで格好いい――出来た当初はそう思ったが、シフェルも出来たのがちょっと癪だった。
悪戯して逃げる最中に披露してドヤ顔したら、追いかけるシフェルも出来てしまったという……あの時のバツの悪さは半端なかった。ついでに捕まって叱られたのは言うまでもない。
幸いにして、下を走って追いかける黒人と黄色人種の男は、木の枝を走るなんて芸当はできなかった。
「オレって運がいい」
にやにやしながら枝を渡り、収納魔法の中へ手を突っ込む。先日赤魔にもらった銃を引っ張り出し、次に銃弾を探して手を入れる。指先に触れた弾を掴んでポケットに放り込んだ。
チュイン! 何かが鋭い音で掠める。靴の金具を掠った銃弾が上の枝を落とした。
「っぶね」
見つかった後なので、遠慮なく声に出す。上の獲物は狙いにくいと習った。確かに当たらなかったけど、これ、ギリギリじゃん。一歩間違えたら、オレの足を貫通してるぞ。
足を撃たれたら痛いに決まってる。茂みの前で膝をついて、しっかり狙う男に気付いた。黒人の方だ。彼が銃で狙っているってことは……進行方向を振り返れば、黄色人種の男が回りこんでいる。
囲まれた? というほど切羽詰った状況じゃないが、逃げ場に迷う。雨で滑る枝を蹴飛ばして、左側の木へ移った。猿になった気分だ。
「くそ、猿みたいにちょこまかと!」
「撃ち落せ!」
連携に慣れているらしく、2人は上手に先回りしながら追ってきた。つうか、やっぱ猿みたいだと思うんだな。この世界の猿も、オレが知る猿と同じようだ。
それはともかく、撃ち落される気はない。魔力を込めた弾は魔力で防御ができた、よな? 習った内容を思い出しながら、自分の下に逆さまの傘をイメージした。固くて弾を跳ね返せる透明の……魔法は想像力が物をいう。
思い浮かべた形や色に影響されるため、想像力がないと魔力が高くても魔法を扱う能力が低くなるらしい。そこは幸いにして、ファンタジー映画を山ほど見てきた経験が役立った。
練習中は、恥ずかしい長ったらしい呪文まで一緒に思い浮かべたため、詠唱しないと発動しないという羞恥プレイを晒した。この世界の連中って詠唱ないから、すごく恥かいたわ。
キンッ! 想像通り、きちんと銃弾を弾き返してくれている。結界ならぬ逆さ傘の存在にほっとした。これで足を抜かれる心配はなくなる。
「防御壁か?」
「まさか……」
かなり高度な魔法に位置づけられる防御壁と勘違いされたが、実際は身体を覆うサイズの小さな逆さ傘です。申告する必要はないので黙っておく。防御壁はひとつの戦場に立てると、圧倒的火力で破るしかない大きな壁だ。こんなチンケなサイズで作る発想は、異世界人ならではだとリアムが感心していた。
オレにしてみれば、どうして他人まで守る大きな壁を張る必要があるのか、そっちが疑問だった。個々に小さな壁張った方が便利だよな。
「……とりあえず逃げる」
下の2人の慌てふためく姿をよそに、情けない決意をして再び走り出した。靴の底が滑るので、魔法でズルして靴底を変更する。こういった小さな魔力を小出しに使うのも、高等技術らしい。彼らには複数の魔法を同時に使う発想がなかった。
魔法が日常の国なのに、どうして発達しないのか。戦争だって、リアムの魔力があれば敵国を焼き払って終わりのような気がする。ゴジラみたいな感じな。
そんな考え事をしながら移動したのが原因なのか。足を滑らせて落ちました――。
「っ……」
息が詰まる。背中を強打した所為で、肺の中の空気をすべて一度に吐き出してしまった。想像できないかも知れないが、肺に空気がなくなると……まあ、潰れるわけだ。その肺に新しい空気を吸い込むのは至難の業で、本当に苦しくて力がいる。
必死に口をぱくぱくさせて小分けに空気を送り込んで、やっと深呼吸できるレベルまで来た時には嬉しくて涙が滲んでいた。いや、名誉のためにいうなら『生理的な涙』ってやつ。泣いたんじゃないぞ。
「動くな」
ガチャ……銃弾が装てんされた銃口が向けられており、当然ながら安全装置も外れている。トリガー引くだけで、この世とさようなら状態だった。
「……はい」
義務教育のおかげで、イイコのお返事をして両手を挙げた。空を見て寝転がったままのオレは、突きつけられた2人の銃口に抵抗する手段がない。雨で濡れた地面からじわじわ沁みる冷たさを感じながら、諦めの溜め息を吐いた。
あのあと引き摺り起こされ、濡れた服を着替えるなんて許されずに連行された。しっかり両手を後ろ手に縛られたが、なんとこの紐が凄い。ロープより細くてリボン並みに軽いくせに、絶対に切れない。魔力込めて引き千切ろうと試みたが、どうやら魔力自体を遮断する素材のようだ。
前に人攫いに捕まった際は手錠だったが、正直、紐の方が痛い。手錠は少し緩くて隙間があるので抵抗しなければ擦れないが、紐は食い込んできた。後ろ手だから肩も痛かった。ついでに落ちたときの背中も痛い。
後頭部を強打しなかったのは不幸中の幸いだが、しっかり捕まった状況では大差なさそうだった。いっそ頭打って動けないほうが、運んでもらえて楽だったかも。
不埒なことを考えながら男達についていくと、森の中に切り開いた広場があった。人工的に作った場所らしく、最近伐ったと思われる丸太が大量に積み重ねられている。複数のテントが並び、キャンプ場を思わせる風景だった。
「捕獲しました」
報告がてら連れて行かれたテントで、偉そうな豚……失礼、ふくよか過ぎるおじさんが椅子にはまっていた。一応宮廷マナーとか叩き込まれたオレとしては、柔らかめの表現を使っていきたい。
太いおじさんは椅子の肘掛の間にはまっている。立ち上がったら、椅子がお尻についてくること間違いなしだった。
「ご苦労」
偉そうな態度でふんぞり返ってるとこ悪いが、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。きっとここは笑っちゃいけない場面だ。たとえ、おじさんの髭が八の字になって先端がくるんと丸まっていたとしても。笑ってはいけない、腹筋崩壊寸前で堪えるとぶるぶる震えてしまう。
「怯えなくてもよい。お前が中央の皇帝か?」
首を横に振れば人違いで処刑、縦に振ったら嘘になる。小刻みに震えながらも、返答を避けた。それを勝手に返事だと思うのは、相手の自由だ。
「そうか、わかった」
え? 何が?
「泣き喚かないのはさすがだ」
24歳だし、ね。
「これから西の国王へお前を渡す。大人しくしていれば危害は加えない」
西の国王……首都はここより中央に近いか。
「お前は大事な取引材料だからな」
喉を震わせて笑うなよ、豚らしさが増幅されるぞ。それより、これからの計画とかぺらぺら喋るなよ。めっちゃ小物感あるおじさんが、ぶひぶひと笑う。
失礼な考えが浮かんでくるが、頭の半分はさきほど見た地図の位置関係把握に当てられていた。地図の左側が西……じゃないな。南が上だから逆さまで、右側が西の国だ。そこの端が自治領だったから、右側の端っこから真ん中まで進む必要があるわけだ。