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18.裏切りか、策略か(2)

 ましてや誘拐犯がうろうろ歩き回ってる森なんて、絶対に敵地に決まってる。一息にここまで決め付けて、呼吸の回数まで制限して文字通り息を殺した。


「もう少し先か?」


 歩く音が少し遠ざかる。目を閉じて気配を探れば、動いている魔力はひとつだった。もうひとつは動かない。嫌な予感がして薄目を開くと、すぐ前に靴があった。


 悲鳴を上げそうになった口を両手で押さえた自分を褒めたい。咄嗟の行動だが、動いたことで茂みがすこし揺れた。声を出すよりマシだが、見つかったか?


「この辺に魔力があるんだよな……僅かな痕跡みたいなの」


 どうやら魔力を頼りに探す手法に長けた男らしい。言われて、自分の魔力が多少なり漏れているのだと気付いた。訓練であれほど魔力や気配を殺す方法を学んだというのに、肝心なこの場面でお漏らしって……どうよ、情けない。


 遮断しようとして、逡巡する。彼が感じている魔力は僅かだが、それをいきなり消したら……疑惑が確信に変わるんじゃないか? オレなら目の前の茂みに誰かいると判断する。


 どうしよう、攻撃を仕掛けるなら先手必勝だと思う。相手は2人だけど勝てるかも知れない。戦い方へかなり気持ちが傾いたところで、男は踵を返した。遠ざかる足音に声が重なる。


「気のせいか、魔力量が少なすぎる」


「どうせ獣だろう。仮にも中央の皇帝が獣レベルの低魔力だなんて話はないぞ。竜属性ですごい美形だと聞いた」


 リアムの噂話をする声が遠ざかる。


「いくら美形でも男だぞ」


「まだ子供なんだろう? その辺に隠れている可能性が高い」


 茂みや木の上を注意しながら去っていく連中の気配が十分離れたのを確認して、ようやく大きく息を吐いた。詰めていた息を整えるように、何度も深呼吸する。


 実戦は最初に経験したし、訓練でジャックやシフェル相手に結構戦った。彼ら相手でも勝てると思うが……こうして追われる立場になると、応戦するより先に隠れてしまうのは本能なのか。単にオレが臆病なだけか。どちらにしても、やり過ごせたことに安堵した。


 動けるように浮かせていた腰をぺたんと地面に落とし、冷たい土の上に寝転がりたくなる。脱力した身体は動くことを拒否していた。黒い沼で溺死しかけた後の眠気は吹き飛んでいるが、動く気力も体力もない。


 収納魔法で武器は持ってるし、当面の食料も足りていた。動かずに助けを待つのと、自分で逃げ出す方法のどちらが正解だろう。見上げても森の木で空はみえなかった。暗いので、夜なのは確かだ。


 ――ん? 夜?


 黒い沼の中にいた時間は短い。少なくとも窒息せず息が続く時間しか飲まれていなかった。オレが沼に吸い込まれたのは、午後の日差しが柔らかい時間帯で……午後3時に届くかどうか。現れた瞬間から暗かった状況を考えると、ここはかなり遠い場所だ。


 南半球とか、そういう概念がない可能性もあるけど……少なくとも空の色が変わる距離があるなら、他国の可能性が高いわけだ。しかも連中、外国語――つうか、何語かわからない――を話していた。


 空中に手を入れる感覚で、開けと命じる。収納魔法の口は呼び出した当人しか見えないため、そこから希望の物を思い浮かべると手に触れた。引っ張り出した地図を地面に広げ、ごろんと俯せに体勢を変える。リアムにもらった地図は昨年更新された最新版だ。


 記された旗はリアムの宮殿で、大陸の中央に近い場所にある。地図は南上で描かれているが、北が上の地図に慣れた日本人には違和感しかない。だが逆さにすると文字も逆さになるため、仕方なくそのまま眺めた。


 地図にいくつか上下に引かれた線がある。そこが所謂(いわゆる)日付変更線に近い、時間と空間の隙間だ。前世界だと丸い地球をぐるりと時間の帯が巻いてある感じで、緩やかに時間帯が動いていく。隣の国がいきなり昼夜逆転にはならないが、この世界は時空の隙間にある『時空線』で、天気や時間帯が極端に切り替わるのだ。


 ヨーロッパで地面に線が引いてあり、左がオランダで右がベルギーで国境をまたげる話をテレビで観たが、あれに近い。ただ国境を跨いでも昼夜や天気は同じなのだが、時空線を超えると雨が晴れたり、昼が夜になったりする。


 最新版の地図は魔力のある人間が触れると、現在の天気や昼夜の状況を示してくれる機能が搭載されていた。便利なこの地図で見る限り、オレは大陸の端にある東の国に飛ばされたらしい。他に現在が夜の国は、西の国にある自治領くらいだ。


「どっちだ?」


 西も東も晴れた夜なので、判断がつかない。さすがにスマホみたいなGPS機能が搭載されていない地図では、現在地の確認は出来なかった。


 GPSみたいな機能、魔法でなんとかなるなら来年更新の地図に足してもらおう。多少現実逃避しながら、中途半端な地図をにらみ付けた。


 ぽつん、雨が音を立てる。ぱたぱたと葉が雨を受ける音が響き、あっという間に周囲はスコールのような豪雨となった。慌てて地図を畳もうとして、西の自治領に雨の印が出ている事実に気付く。畳み掛けた地図をもう一度開くと、東の国は晴天のままだった。


「西の端の自治領……」


 現在地がようやく判明したところで、今度こそ地図を畳む。あたふたと収納して傘の代わりになるものを探すが、野宿セットの中に見当たらなかった。実はこの野宿セットはノアに用意してもらったのだが、干し肉や乾パンも入った優れものだ。


「なぜ傘がない」


 そこでふと気付いた。慌てて左手を頭の上に翳して、魔力を込めていく。水を弾く風の薄い膜が出来上がり、雨は頭の15cmほど上で止まった。半円形の膜は、ビニール傘に似た形をしている。想像力が物を言う魔法は、オレがよく知る傘の形状で展開した。


 丸くなって座り、温風で服や髪を乾かす。後ろで結んだ髪は、最近肩甲骨のあたりまで伸びていた。乾かすために結んだ紐を解き、風で水分を散らしていく。


 なぜもっと早く気付かなかった、オレ。ここまで濡れる前に魔法を使えばいいのに……つうか、今度は傘も装備しておこう。絶対、突然の雨で次も傘を探す自信があった。


 魔法が使えるようになってからの時間より、かつてのぐうたらニート時代の方が長い。かつての意識に釣られるのは仕方ないんだから。対策は必要だった。幸いにして収納能力は魔力と比例するので、魔力量が多いオレの収納力は高い。


「傘、GPSの地図……と」


 取り出した手帳に日本語でメモする。一通り文字の書き方は習ったが、やはり慣れた日本語が一番使いやすかったのだ。しかもこの世界の人間には読み解けないと来た。どんな黒歴史や日記も読めないとなれば、安心して記しておける。


「タオルもほしいな」


 魔法で乾かせるが、タオルも入れておこうと決めた。乾いた髪を紐で括りながら、ぎこちなく蝶結びをする。靴紐や服のリボンは問題ないのに、後ろ手に結ぶと蝶結びが縦になるのは何故だ。オレが不器用だって話だよな。


 遠い目になってしまう。


 目の前で雨を弾く薄い膜は半透明で、本当にビニール傘そのものだ。そう、本当に……音までそっくり。魔法で作った膜なのに、素材にビニール傘を思い浮かべた所為で、ぱたぱたと雨が叩く音がした。


 音はまずい。追われている身で、森の中にないこの音は敵を呼び寄せ……。


「こっちだ! 変な音がする」


 ですよね? そうだよ、敵を呼び寄せるんだから音は消しておかないと。折角息をひそめて茂みに隠れてたのに、雨傘の音でバレるってバカにも程がある。


 今更音を消しても後の祭りですよ…。傘の音を消して立ち上がり、そっと茂みの陰を使って移動を始めた。抜き足差し足で進むが、どうしても足音がする。


 足音を消す歩き方を習っておけばよかった。ついでに雨傘はメモから削除しようと決めた。

本年はお読みいただき、ありがとうございました。

来年もお付き合いただけると幸いです(o´-ω-)o)ペコッ

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