339.世界を維持する仕組みのひとつ
「ヒジリ、くれる?」
『主殿が結界で包むなら良いが、この場の全員が死ぬぞ』
忠告するあたり、ヒジリは優しいよな。周囲の人間を心配するんじゃなく、その後オレが責められたら可哀想って考えてるんだろ? 聖獣は基本的にその気質が強いが、主人や契約者以外は路傍の石扱いだ。
「結界を作るから、その中に出せる?」
話を聞いて、数人の騎士が腰を浮かせている。まあ、致死性の毒をこの部屋に出そうってんだから、心配だろうな。騎士団長殿は平然としていた。シフェルはオレの実力を知ってるから、問題ないと考えたらしい。さっきもこの毒からリアを守ったばかりだし。
「ここ、ここがいいな」
足下に丸い結界を作る。それを地面に埋め込む形で半円形にした。ドーム状態の内側へ、黒い影が盛り上がって毒を瓶ごと吐き出す。それをくるんと包みながら持ち上げた。上へ持ち上げた時に、その下に円が続いてるイメージだ。
新しく作るより、元からあった形の一部が隠れていた、の方が簡単に反映できる。そのために球体をイメージしたんだから。
毒はまだ蒸発していたのか、量がさらに減っている。オレの足元から噴き出したりしないよな? ちょっと不安になる。最悪の時は、黒豹に咀嚼されて蘇ると思うけど。
『これで良いか?』
「立派、ありがとう」
顎の下を撫でてやり、ご機嫌な黒豹に微笑む。なぜか数人の騎士が前屈みになった。お前らはお呼びでない。さっき逃げようとしたくせに。睨み付けて、紫に染まった球体を持ち上げた。ガラス玉みたいな内側は、割れた瓶の破片と猛毒。なんとも物騒な飾り物だ。
「証拠だよ、シフェル。これを固定して保管して」
「魔法ですよね? 途中で弾ける可能性は?」
部下の命の心配するところが、シフェルらしい。にっこり笑って物騒な例えをした。
「そうだな。オレが瀕死になるか死亡するまで平気だよ。後はオレ自身が解除したらしょうがないよね」
「その例えは不愉快です」
きっぱり捨てる言い方で叱られた。ごめんと謝り、シフェルらしいと思う。口元が緩んじゃった。オレを叱るのは、いつだってレイルかシフェル。その意味でレイルは従兄弟で親友だけど、シフェルは兄か。歳の離れた兄弟が上にいたら、こんな感じじゃないかな。
「裁判はなし。罪はすでに確定しているし、罰を決めるだけならオレ達でいいじゃん」
遠回しに、リアに決断させたくないと匂わせた。シフェルは迷ったものの、頷いた。気持ちは同じだが、皇帝陛下の決裁なしに皇族を処断するのは、かなり勇気のいる決断だ。ここで提案したのがオレという事実が生きてくる。
養子だが皇族で、北の王族。聖獣の主人という特殊な立場もだが、貴族が好きな家柄の話でもオレより上はリアしかいない。皇族の筆頭分家当主だからな。オレが決めたら公に反対できるのは、リアだけだった。
「全部オレが責任を持つから、さくっと……いや、簡単に終わらせるのは勿体無い。甚振って後悔させて、真似しようなんてバカが二度と出ないよう、見せしめにする。派手にやろう」
「……いつもなら止める立場なので、賛同するのは癪ですが。頷く以外の選択肢はありません」
心情的に同意し、立場的にも覆せない。そう言って頷くシフェルが、揺れるブロンズ色の髪に気づいて手早く結ぶ。
「その髪色、珍しいよな」
この世界でいろんな髪色を見たが、ブロンズ色はシフェルの一家だけだ。メッツァラ公爵家にだけ遺伝するのか? 首を傾げると、彼はけろりととんでもない事実を口にした。
「この髪色は皇族の控えです。皇帝陛下の血筋が絶えたとき、世界を支えるために身を捨てて呼び戻す。その生贄の証で私の誇りです」
「は?」
驚き過ぎて、間抜けな声がでた。それをどう捉えたのか、シフェルはなんでもなさそうに続ける。
「皇族はこの世界の要です。本来はこんなに数が減ることはない。替えが効かないお方を害された場合、命の対価に命を差し出す一族が必要でした。我が先祖は魔術師であり、その魔術を編み出した。これは誇りであり、私の役目ですよ」
心底誇りに思っているのだろう。当たり前のようにリアのために死ぬと言った。その立場がオレの物なら、オレも同じように誇れるか? そう問うたら、難しい。抜け道を探して一緒に生きたいと願うから。きっとオレには無理だ。
「ヴィヴィアンが魔術師なのは」
「その影響です。先祖返りでしょうね、魔術が得意なのです。私は攻撃に使う分には問題ありませんが、彼女ほど魔術に明るくありません。皇家直系が陛下だけになった当代、優秀な魔術師としてヴィヴィアンが生まれたのは、世界の加護でしょう」
シフェルは部下の淹れたお茶を飲み、渋かったのか苦笑いした。気負うことなく当たり前のように命を投げ出せる。それが騎士だ。理屈でわかっていたつもりで、感情は理解していなかった。
「っ、だとしたらシフェルの兄……」
リアへの叛逆で捕まった熊男も? 確か騎士としての地位を落とし、爵位を剥奪したとか。あの時スレヴィを殺さないことに、この世界は存外平和だと思ってたけど。違う……いざというとき、メッツァラの血筋を絶やさないための行動だ。
危険な時、ヴィヴィアンの魔術でスレヴィを犠牲にすれば切り抜けられる。シフェルが子を残せば、次代にも生贄の血筋は繋がる計算だった。だから皇帝陛下に弓引いた公爵家当主が殺されなかったのだ。
「貴族って怖っ」
「これからはあなたも同じ世界で生きていくのです。頭は悪くなさそうですし、カンもいいので何とかなるでしょう」
嫌なお墨付きをもらってしまった。そうか、リアが崇められるのは皇族の血筋が世界の仕組みのひとつだから。絶対に絶やしてはいけない血筋だから、竜属性で長寿を与え、番となる存在を異世界から呼び付けた。前の世界のカミサマの「貸しを返す」はこの辺に掛かってたのか。
「オレは知らなくてもいいことを知ってしまった……」
「そうですか? どちらにしろ、皇族に名を連ね、次代の皇帝陛下の父上となるキヨに「知らない」という未来はありませんよ」
曖昧に微笑んで賛否を避ける。これは日本人特有の表現だが、シフェルはにっこりと微笑み返した。くそ、負けた気がする。
「もっと勉強するか。リアのお婿さんがバカにされるのは癪だし」
オレが悪く言われるのはいいけど、リアに恥をかかせるのは御免だ。レイルのように偏った知識も悪くないが、もっと広く浅く全体を把握するシステムを構築しないと。まさか皇帝陛下の配偶者が、裏社会の帝王ってわけにいかないだろ。
決意を新たにしたが、わずか1ヶ月後、思わぬシステムを構築していたことを突きつけられ、オレは愕然とする。
「……なんだこれ」
「キヨが命じた通りだぞ」
「問題ないはずだ」
オレが作らせた孤児院が機能しているか、確かめに向かった。その先で、軍隊式の敬礼から始まる挨拶で迎えられ、中も自衛隊ばりの厳しい規則をこなす子ども達……想像と違い過ぎて。
「自衛隊の訓練機関かな?」
自衛隊が通じなかったが、軍隊と翻訳されたらしい。軍ではないと否定されたが、下手すると騎士の寮で暮らすより窮屈そうだ。子ども達はすっかり訓練されて、特に負担に思ってないのが怖い。
「よかったじゃねえか、手足が伸びて」
同様の教育方針で情報組織を拡大したボス、レイルはからりと笑った。




