333.戦う準備はぬかりなく
回復に集中させるため、小型猫になったブラウを影に放り込む。黒いタールに沈む青い毛皮を見送り、リアの部屋に向かった。宮殿内を横切り、いつも通り侍従や料理人と軽口を叩く。普段と同じ行動を心掛けたオレは、じいやとベルナルドを連れていた。
リアの許可を得て、私室ではなく別の部屋に移動する。客間は遠いので、すぐ下の階にある応接用のソファがある部屋だ。ドレス姿の愛らしいお姫様をエスコートし、ソファに座らせてから隣に腰を下ろした。じいやに及第点をもらえたようだ。
「リア、異世界から来た奴が暴れてる。捕まえて大人しくさせるから、手伝ってくれる?」
「もちろんだ。先日の襲撃犯か?」
「シフェル達に傷を負わせた方の奴だ。もう一人は捕獲した」
眼帯野郎は捕まえたと告げると、リアはほっとした様子だった。突然追いかけてきて好きだと言われても、正直怖いだけだろう。顔見知りですらなく、宮殿に攻撃を仕掛けた相手なのだ。タクヤの奴も行動が即物的過ぎた。現代日本ならストーカーや変質者に分類されるからな?
「シフェルが苦戦したのに、平気なのか」
「リアはオレを信じてくれるだろ。だから勝つよ」
相手の実力がわからないから、適当な嘘はつきたくない。でも信じてくれたら、どんな形でも勝ってみせる。そう言い切ったオレに、感極まったリアが抱き付いた。受け止めて、目一杯吸い込んだ彼女の匂い。やばい、オレが一番変態だな。
「護衛を変更しようと思う。室内ではクリスティーン、宮殿内はじいやとベルナルド。聖獣はマロンを残す。オレは他の聖獣達を連れて、あいつを捕獲する」
『僕も戦えます』
「わかってる。だからリアを頼むんだ。言っただろ? オレの背中はリアで、彼女をマロンが守ってくれたら安心できる」
信用してるから残すんだ。言い聞かせたマロンは、きゅっと唇を噛んだ。拳を握り、オレの目を見つめる。逸らさず見つめ返した青紫の瞳から何を読み取ったのか。にっこり笑った。
『僕、必ず守り抜きます』
「うん。信じてる」
マロンを残したのは、能力的な問題もある。戦闘向きじゃないのは能力だけじゃなく、性格もだった。ヒジリは何も言わずに頷くに留め、コウコはぐるりとトグロを巻く。スノーはチビドラゴンの手で、しっかりとオレの肩にしがみついた。
「私も信じている。何しろ、異世界から来た私だけの王子様だからな」
くすくす笑うリアだが、我慢できなくなったのか。くしゃりと顔を歪めて胸に顔を埋めた。ぽんと背中を叩いて、それからゆっくり抱き締める。少し震える肩が細くて、オレまで涙腺が緩くなりそうだ。
『フラグ? これって生きて帰れないフラグ?』
首を出して余計な口を聞く青猫を『黙っていろ』と黒豹が踏んづけた。本当にお前ら、仲がいいな。青猫を踏むついでに、フラグも折ってくれそうだ。
「聖獣コンプリートのご主人様だぞ? フラグなんざ、お呼びじゃないっての」
戯けた口調で、しんみりした場の雰囲気を壊す。笑いながらリアの額や黒髪にキスをした。
「オレに何かあったら、リアは別の人のお嫁さんになっちゃうだろ。絶対に嫌だから勝って帰る!」
「……当然、だ」
また皇帝陛下の口調になってるぞ。赤い唇をつんと指で突いて、ここで報告と手配は終わり。明日になる前に動く。決めたら即行動、今のオレの心情だった。ニートの頃と正反対だ。
「ああ、そうそう。これを渡しておくね」
レイルに用意させたピアスを取り出し、一対の片方をリアに渡す。
「通信できるってさ。魔力を込めてオレを呼んで。必ず返事するから」
「ありがとう!」
高いけど奮発した甲斐があった。嬉しそうにピアスを付け替える彼女を見守り、オレも同様にひとつ交換した。これで連絡が取れるな。
安心材料としてのピアスだが、実は持ち主の片方が死ぬと割れる。その効果については言わなかった。まずあり得ないし、妙なフラグになると嫌だから。
ベルナルドやじいやに、皇帝陛下の護衛を依頼して部屋を出た。収納に大量の武器も食料も入っている。官舎に戻る必要はないので、そのまま騎士団がある棟へ向かった。
「シフェル、リアの護衛にクリスを回してくれる?」
「どこへ行くのですか」
見透かすような言葉に、にやりと笑った。
「害虫駆除。先日襲ってきた奴の残りを片付けてくる」
「手が足りないでしょう、同行します」
「要らない」
傭兵の大半が南の国へ移住した。そのため新しく孤児院から増員するまで数が足りない。そう指摘され、オレは首を横に振った。正直、騎士なんて寄越されても足手纏いだ。
「キヨ?」
「あのさ、自分で動けない手足は要らないし、今回の戦闘だと守ってやれないから邪魔」
本音で言い切った。傲慢に聞こえても構わない。実際、今回は守ってやれる保証がなかった。相手の実力が不明なのだ。シフェルやクリスティーンを相手取って勝つ程度の強さしか手がかりがない。何の魔法を使い、どんな戦い方をするか。
この状況で聖獣以外がオレの戦力になるのは無理だった。彼らは傷つけば影に逃げることが出来るから心配しない。結界を張りながら戦う余裕がある相手だとしても、面倒臭いのが本音だった。こういう部分が、ぼっちの要素なんだろうな。
「……私単独で同行を申し出ても?」
「出来たらリアを守って欲しいけど」
「これでも赤瞳の竜を抑える実力者です」
「じゃ、シフェルだけ」
今の言葉で、シフェルが何を心配しているか気づいた。オレが暴走した時、それを止める誰かが必要だろう? そう問われたのだ。実際、聖獣達は止めないと思う。だからシフェルが必要だった。レイルでもいいと思うけど、能力的に竜属性の方がいい。間違ってレイルを殺したら、後悔しきれないから。実力で対抗できるシフェルなら安心だ。
「敵の居場所は判明していますか」
「ブラウが情報持ってきたよ」
聖獣に手傷を負わせる相手で、現在は西の国との国境にいるらしい。そこまで説明し、シフェルの腕を掴むなり転移した。
「っ、乱暴ですね」
眉を寄せて目眩に耐えたシフェルへ、肩を竦めた。
「だって、こっそりクリスがついてこようとしたんだもん」
シフェルの後ろに回り込み、転移に便乗しようとした。オレの転移が桁外れの人数を運べるとしても、危険な行為だ。それに彼女には、リアの着替えや風呂の警護をしてもらわないと。戦える女性で、さらに信用できる人は貴重なんだから。
「それは叱れません」
「だろ?」
互いに愛する人を安全な場所に置きたい。ここは利害が完全に一致した。手を挙げてぱちんとタッチすると、オレはゆっくり振り返る。数メートル上空に、痛々しい……厨二的な意味で本当にイタイ奴が浮いていた。
「お待たせ。オレの留守に嫁の居城へ手を出した罰は、受けてもらうから」
長い前髪が鬱陶しい男は、シフェルを見て思い出したらしい。すでに銃を手に構えたシフェルへ先に声をかけた。
「また負けに来たのか?」
「うーん、ここで主人公を無視して盛り上がる辺り、さてはお前モブだろ」
びしっと指で顔を指し示す。失礼? そんなの承知の上だ。指摘するじいやは置いてきた! 準備は完璧だと思ったら、シフェルが後ろから指摘した。
「キヨ、品のない言動は謹んでください」
「お前っ! どっちの味方だよ?!」