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17.教育は情熱だ!!(4)

 渡された大量の歴史書も、ついに最後の1冊になった。


 木陰で大きなトカゲの背に寄りかかり、解説するリアムの声を聞きながら読み進める。ときどき伸びてくる薔薇(食虫タイプ)の枝を指で払うことを忘れない。読書に夢中になりすぎて、髪の先を齧られたのは初日の出来事だった。


 長くなった髪は常に後ろで結んでいる。侍女が丁寧に梳いてくれるため、さらさらのビューティー・ヘアを保てているが、自分だけで手入れしたら間違いなく鳥の巣になりそう。こしの強い髪は一度うねってしまうと伸ばすのが一苦労だった。


 天使の輪が見えるほど艶はある。


 毛先を指で弄りながら、リアムが挿絵を指差した。


「これが俺の先祖だ」


「初代?」


「いや、祖父だ」


 近代史くらいになってからは、リアムの解説が具体的になった。祖父に聞いた話が中心になるから、妙に現実感があって、ときどき脱線する。祖父を尊敬していたリアムが楽しそうに話すので、聞いているオレも楽しい気分になった。


「へえ、歴史書に名前が載るのは英雄みたいだな」


「英雄か。4つの小国を統合した祖父のお陰で、大陸最大の国土を誇るから……確かにそうだ」


 話をしながら、教えてもらった魔法でお菓子を取り出す。ついでにお茶の道具も追加した。本を開いた手を離して、宙に浮かせる。この程度の魔法なら意識しなくても使えるようになった。


 一言言うと、すごく便利。前の世界で使えてたら、確実に布団の住人になってた。こんな便利な能力あったら、世界を救うために苦労しようと思えないわ。コタツから出ないでみかんを取り寄せられるんだぞ? それも階下のキッチンの片隅から。


 ささやかな己の幸せのために、滅茶苦茶活用しながら生きていくと思う。


「お茶は何がいい?」


「そうだな、先日のハーブティは美味しかった」


「今日はミントにするか」


 振り返った庭の片隅に生えているミントの葉を魔力で摘み取る。途端に襲ってくる蔦をバリアしながら葉を確保し、薔薇の攻撃も叩き落した。


 襲ってくる植物はすべて魔力がある。つまり魔力を感知する能力を切らなければ、ずっと動きを監視できるのだ。最初は感知を維持するのが難しかったが、毎日の訓練や突然の奇襲に対応しているうちに、当たり前に維持できるようになっていた。


 シフェルやレイルの訓練は厳しすぎるが、確実にオレの能力を引き上げた。ここ数日は、早朝の訓練も苦にならない。魔法が使えるようになったため、最近は半分眠ったままバリアを張って攻撃を防いだくらいだ。


「茶菓子はクッキーにしてみた」


「クッキー、……焼き菓子か?」


「ああ。毒見が必要だったっけ」


 ミントを水で洗浄してポットに放り込み、湯を沸かす。もちろん宙に浮いたポットのお湯を沸かすのは、火の魔法だ。本当に便利すぎて怖い。あれほど望んだ収納魔法は「開け」と念じれば、簡単に出現した。憧れの魔法使いだ。


 毒見が必要な皇帝陛下のために、先にクッキーを口に放り込んだ。紅茶の葉を練りこんだので、とても良い香りがする。さくさくと食べて、その間にミント茶を注いだカップを差し出した。


「同じ属性同士だと便利だよな」


 毒見は同じ属性の者が行うことが原則だった。基本的に人間と同じなのだが、属性によって苦手な食べ物や匂い、味が存在する。犬や猫はタマネギを食べさせない、は属性でも適用された。つまりジャックたちにタマネギは禁止だ。


 同じ竜同士だから、オレが食べても平気ならリアムも食べられる――この原則に従い、最近は毒見役としての立場が定着していた。


「余計な者を置かずに済むのは助かる」


 最初は危険だと反対された毒見役だが、近くに竜の属性が少ないこともあり納得してもらえた。リアムは友人を危険に晒すと反対したが、逆にオレが押し切ったのだ。以前はシフェルの役目だったと聞いて、余計に奪い取りたくなったのは秘密だ。


「ちなみに、クッキーはオレの手作りだ」


「……異世界人は器用だな」


「はい、あーん」


 差し出されたクッキーとオレの顔を見比べ、リアムは素直に口を開いた。実はこれ、つい先日リアムにやられたばかりだ。仕返しと言うわけではないが、リア充みたいでやってみたかった。


「紅茶か?」


「うん、先日分けてもらったじゃん。あの茶葉を入れてみた」


 リアムに「あーん」をされた日に出された紅茶の茶葉だった。アールグレイに似た香りと味が気に入ったと褒めたら、茶葉の入った缶を2つも持たされたのだ。たくさんあるからシフォンケーキを作ろうとしたのだが、生クリームの代用品が見つからなくて諦めた。


 ちなみに、過去のオレに料理の才能は皆無だ。当然だろう。両親や兄弟も揃った現代日本のニート男子が、お菓子作りの才能があるなんて……そんなのラノベやBLくらいだ。だいたい菓子作るほどマメなら、引き篭もらずに就職してる。


 オレが料理を作れる理由は、たったひとつ――魔法だ!


 といっても、願えば出てくるほど簡単ではない。過去の知識を生かして『食べたことのあるもの』の味を再現していた。甘い、さくさく食感、焼いてある、小麦粉、卵、バターくらいの認識で、材料を適当に集めて魔力を込める。風で混ぜて水を入れて火で焼いた。


 数回失敗したが、今では食べられるレベルのお菓子が作れる。知識の曖昧な部分を魔法が補った感じだが、実は失敗して部屋を1回吹き飛ばした。あのときのシフェルは本気で怖かったな……窓ガラスどころか壁ごと吹き飛ばしたのが悪かったんだろう、たぶん。


 遠い目をしてクッキー製作の苦労を思い出していると、リアムに袖を引っ張られた。視線を向けると、ミント茶片手に待っている。


 いけね、忘れてた。


「失礼、お先に」


 一声かけてミント茶を飲み干す。適度に温くなったお茶は、すっきりした味わいで喉を通り抜けた。飲んだのを確認し、リアムはふぅと息を吹きかけて温度を確かめながら口をつける。


 猫舌らしい。なんだろう、この皇帝陛下――いちいちオレの好みなんですけど。カミサマにBL展開でも仕込まれてるのかもと疑いながら、リアムの反応を待つ。


「ハチミツ、か?」


 少し甘くしておいたのだ。リアムは甘党のようで、前回のハーブティにハチミツを混ぜたら嬉しそうだった。見逃さずに頭にメモしておいたので、今回も少し足してみた。


「気に入ったならよかった」


 微笑んで、薔薇の攻撃を叩き落す。なんなの、この薔薇みたいな植物……リアムは攻撃しないくせに、オレばっかり狙うんですけど? そういや、シフェルも襲われていなかった。どちらかといえば避けられてたかも。


 寄りかかったトカゲが身じろぎする。所謂、西洋のドラゴンがこんな形じゃないだろうか。でっかいトカゲか恐竜に羽がついた感じだ。聞いたところ、この羽は飛ぶときに羽ばたかないらしい。飛ぶのは魔力で、飛んだ後の方向転換や上昇気流を受けるのに使うようだ。


 ジェット機の翼のイメージが近い。まあ燃料じゃなくて、魔力で浮いてるんだが……。


 この竜は属性と関係があるらしく、竜属性の人間にとても懐く。


「ここから先は母の治世だ」


 教科書代わりの歴史書の後半は、まだ新しい紙だ。最初に発行した本の表紙を打ち換えたらしく、中の紙が途中から白くなった。前半の祖父の代はすこし黄色く変色している。


「え、お父さんじゃなくて?」


「ああ、竜の血は母に受け継がれた」


 先々代の皇帝が祖父で、その娘である母が先代なのか。するとリアムの父は婿さんってことだよな。頭の中に家系図を描いてみる。


「だが母は暗殺されたので、その後を兄が継いだ」


「へえ……ん? お兄さんいたの」


 とんでもない発言だ。まず母が暗殺って……女帝である人が簡単に暗殺されちゃダメだろ。周囲の護衛は何してたんだ! でもお兄さんが跡を継いだなら、なぜ今リアムが皇帝なんだろう。


 浮かんだ疑問はすぐにリアムが解決した。


「ああ、次いで兄が殺された」


「………どんだけ無能な警護だ」


 本音が駄々漏れる。だってそうだろ。最高権力者が2代続けて殺されるって、警護の失態でしかないじゃん。飛び起きたオレに驚いたのか、背中のクッション代わりの竜が迷惑そうに鳴いた。

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[気になる点] 犬や猫にタマネギ与えないのは消化出来ないからで、嫌いだから食べられない訳では無い
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