329.1人いたらもう1人
捕虜片手に意気揚々と帰ったオレを待っていたのは、魔術師達だった。乗ってきた透明……改め、半透明の空飛ぶ鉄板の技術が欲しいと強請られる。譲るのはやぶさかではないが、問題は魔術の構成なんて知らないことだ。
「僕が、その……魔法陣なら描ける」
捕虜が必死に「僕は使える奴です」アピールをするが、ちょっと信じられん。だって前の世界が日本で、そこで見聞きした魔法陣知識って役に立たないじゃん。言語が違うんだし? そう問い詰めると、思わぬことを言い出した。
「一緒に来た奴がヲタクで、あれこれ教わったんだ。この世界の魔法陣を使いこなしてた。毎日見てたから出来ると思う」
……黒い眼帯の下の右目が疼いて教えてくれる訳じゃないらしい。キャラを設定したなら、最後まで貫けっての。中途半端な厨二病は、拓哉と名乗った。
『僕、せっかく潜伏していたのに』
ブラウは出番がなかったと嘆く。だが、この場面で潜伏は違うぞ。あれって病原菌に使うんだよな。それに事前に潜り込んでた奴に使う単語じゃね? ただ潜って隠れてただけだろ。ジト目で見ると、するすると影に隠れた。
『主殿、この者は使えるかも知れませんぞ』
「使えなかったら、速攻で首を切り落とす方向性で行こう」
残酷? 日本人としての倫理観? 何それ、美味しいの。この世界で生きていくのに重要なのは、敵をのさばらせないこと。タクヤの話では、もう1人異世界からの転生者、すなわち侵入者がいる。そちらの方が手強いなら、こっちも戦力増強の必要があるか。
「ゴキじゃあるまいし、1人いたらもう1人ってか?」
きっちり仕事しろよ。脅してヴィヴィアン達に渡した。半透明の鉄板は彼女の指示で、部下の魔術師が運ぼうとして潰され、最終的に兵士が担いだ。うん、魔術師って非運動系だから無理だと思った。
「どうして半透明にしたの?」
透明な方が魔法っぽくて好きだけど、ヴィヴィアンの疑問には答えておこう。くいっと後ろの連中を指で示し呟いた。
「足下が透けてると怖いんだと」
ノアもライアンも、酔いで青ざめていた。足元が透けると気になり凝視してしまい酔う。最悪の循環だったらしい。二つ名持ちが情けない。
「タクヤから、もう1人の情報を得てくれ」
「わかったわ。拷問なら任せて」
満面の笑みで手を振って去っていく爽やか公爵令嬢ヴィヴィアン。その美しい姿とは裏腹に、なんとも恐ろしい言葉を残した。タクヤ、逞しく生きろ。
魔術師集団を護衛するため、近衛騎士がついていく。その後ろ姿を見ながら、そうだよなと呟きが漏れた。
「そうだよ、考えてみたらおかしかった。オレがあっさり倒したタクヤ程度に、あのシフェルやクリスティーンが負けるはずないだろ」
「負けていませんよ、妙な噂を立てないでください。陛下が無事ならば、近衛の役目は果たしました」
だから負けではない。繰り返し断言する後ろからの声、腕を組んで不服そうなシフェルを振り返る。部下はまだ絆創膏もどきを貼っているが、シフェル達は治癒魔法のお陰で回復していた。体的には怠いかも知れないが、問題なさそうだ。
「メッツァラ公爵閣下が仰るなら、その通りにしておきましょうか」
覚えさせられた面倒な言い回しで、貴族風に返すと……笑いながら小突かれた。
「言うようになりましたね。陛下が目を覚まされ、キヨの帰還を知って呼んでおられます」
「はぁ? バカなやり取りしてる場合じゃないだろ。今すぐ行く」
パチンと指を鳴らし、リアの部屋の前に飛んだ。護衛の騎士は顔を引き攣らせるものの、流石に短期間に二度目なので剣の柄には触れなかった。ノックして開いた扉の先で、ベッドではなくソファで寛ぐリアを見つける。心の底から安堵した。
「おかえり、セイ」
この呼び名も慣れた。リアの柔らかな声によく似合うし、彼女にとってのオレが特別な証拠だから嬉しい。
「ただいま、もう起きて平気なの?」
「転んだだけだが、心配させてしまったか?」
「口調が硬いよ」
隣に座って黒髪にキスをする。日本人で生活してた時は、黒髪をこんなに綺麗だと思ったことはない。みんな同じだから、特に興味もなかった。染めたのも中学生の頃だけで、すぐに面倒になってやめた程度の感覚だ。なのに、リアの黒髪はとても魅力的だった。
こっちに来て、イケメンにしてもらって淡い金髪と紫瞳になった。その直後に出会ったリアに一目惚れしたんだから、結局惚れる相手の色がピンクでも黒でも関係ないんだな。
「襲撃犯の眼帯野郎は、ヴィヴィアンに預けてきたからね」
安心してくれと言うつもりで説明したところ、きょとんとした顔で首を傾げた。こてりと倒れる首が愛らしいぞ。同じように首を傾げて視線を合わせたら、リアが笑いながらオレの首を戻した。
「私を襲った者は眼帯などしていなかったぞ。ただ前髪が長くて目の下まで覆っていたが」
「……妖怪、毛女郎かな?」
「よくわからないが、男の声だった」
証言を元に頭の中に描いたのは、前後が分からないほど毛に覆われた男……妖怪じゃなく変態か。
「眼帯野郎は何もしなかったの?」
「告白された」
普通は顔を赤らめる場面だが、リアの顔色は青い。本音では安心した。嬉しそうに頬を染めながら言われたら、眼帯野郎の未来は終了だった。
「シフェル達と戦ったのは、毛むくじゃら?」
「そこまで毛に覆われてなかったが、そうだな」
中途半端な否定をさらりと流し、考え込む。さっき異世界人が複数いる可能性を口にしたばかりだが、どうやら2人で間違いなさそうだ。眼帯野郎は鈍臭いから置いていかれ、もう1人の毛女郎は逃げたと。
「逃げた奴の特徴、毛の色とか覚えてない?」
「黒髪でした」
一緒に居て、リアを庇って逃げた侍女が静かに答える。こう言う場面で口を挟むのは珍しいと思ったら、許可を得るなり勢いよく捲し立てた。腹が立っていたらしい。
要約すると――麗しの皇帝陛下は愛らしいドレスを身に纏い、ウィッグを被って着飾っていた。眼帯野郎が玄関ホール付近で騒動を起こし、知らずに通った彼女に惚れる。毛玉野郎が「重要人物だ」と叫んでリアの拘束を試みるが、シフェルやクリスティーン達騎士が防ぐ。攻防の中、毛玉野郎が突然逃げた。
「逃げる直前、妙な言葉を……チート野郎、絶対に許さねえとか」
オレのことか? もしかして聖獣コウコを護衛につけたことに関係あるかも。何にしろ、名前はわからないが外見で指名手配だ。
近衛騎士団も動くし、レイルにも依頼をかけ、独自に探るとじいやが外出許可を求めたので頷く。あっという間に手配を終えると、リアの頬に手を当てる。熱はなさそう。
「リアが無事でよかった。襲撃されたと聞いて、心臓が止まるところだった」
「安心してくれ、貞操を守るための魔法陣は持っている」
やや膨らみを帯びた胸元から、ずるりと紙が引き出される。僅かな温もりの残るそれを手渡され、紳士的に受け取った。本音だと顔を押し付けたい。が、我慢だ。
「発動するとどうなるの?」
「触れた相手を串刺しにするらしい。ヴィヴィアン発案だぞ」
こえええ! 普通に弾くとか、びりっとするスタンガンレベルの武器を想像してた。甘かった。でもリアが持つならこのくらいの方が……え? オレ相手に発動しないよな?
「は、発動条件を聞いても?」
「女の秘密だ」
にっこり笑うリアに、咄嗟に微笑み返しながら、内心で恐れ慄くオレだった。




