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327.ヒジリの治療は高くつく

 無事だったぁ……膝から力が抜けて座り込む。振り返った侍女が息を飲んだ。リアは眠っているのか、目を開けないが呼吸は感じ取れた。薄掛けをかけた胸元が僅かに動いている。


「……誰か、事情を教えて」


 呟いた声をかき消すような騒ぎに、オレは振り返る。後ろの扉を叩くシンとヴィオラの騒ぎに苦笑いした。声が漏れてるぞ。一度立ち上がり、扉の前で話しかける。


「ケガ人の部屋だから静かにして。オレは何ともない」


 さすがに2人とも黙った。オレが突然扉をすり抜けたんで、驚かせたと思うけど……そもそも突然の転移だったし。コウコがするりと足を伝って腹に巻きついた。ベルトのようだ。


『ごめんなさい、知らせるのが遅くなってしまったわ。彼女に大きなケガはないの。襲撃犯から逃げるときに、転んでしまっただけ。今は落ち着かせて眠らせたところよ』


「うん、ありがとう。コウコが守ってくれたんだよな」


 音を出さないよう気をつけて、リアの顔を覗き込む。侍女達が気を利かせて場所を空けてくれた。枕元で膝を突いて彼女の手に触れる。握らずに、上掛けに乗せられた指先に重ねるだけ。温かいし、眠ってるだけ。大丈夫、オレの結界もあったんだから。


 自分に言い聞かせ、後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。シンとヴィオラは何も言わない。リアの専属侍女が一人、部屋から出てオレに頷いた。説明してくれるらしい。クリスティーンやシフェルがいないのが気になった。


「ねえ、護衛のシフェルは?」


「メッツァラ公爵夫妻は、陛下を守って手傷を負い、治療中です」


 オレの想像より大規模な襲撃だったらしい。近衛騎士で無事だった者がリアの部屋を守り、残りは治療中だという。侍女が向かう先は、騎士団が使う建物に通じる廊下だった。


「ヒジリ、治療を頼むかも」


『主殿の命令とあらば、我に異存はなし』


 のっそりと足元から顔を見せた黒豹は、オレの手に頭を擦り付ける。猫科特有の甘える仕草に、慰められたのかな? と手を動かした。ゆっくり撫でるたび、ささくれ立った神経が穏やかになっていく。気持ちを落ち着けて、騎士団の本部へ足を踏み入れた。


 散らかった現場は戦場ほどでないにしろ、血の臭いが漂う。クリスティーンは赤く濡れた金髪を乱雑に結び、右腕の切り傷を縫われていた。シフェルは心配そうに身を起こすたび、周囲に注意されて横になる繰り返し。どうやら腹か背に傷を負ったらしい。


 オレや皇帝陛下の侍女が来たことに気づかない現場で、オレはパチンと大きな音で手を叩いた。注目が集まる。そこで声を張り上げた。


「聖獣のヒジリに治療をさせるから、重傷の人を教えて」


「隊長です」


「公爵閣下から」


 言われてよく見れば、上半身血塗れだった。どんだけ出血したんだ? 右手の指先も切れてる上、左足かな? も出血するケガだったらしい。ベッドの上に横たわる重傷者に近づき、にやりと笑う。


「治してあげようか?」


「キヨ、すぐにお願いします。皇帝陛下の警護に戻ります」


 言われて慌てた。


「コウコ、戻って。リアが狙われるかも!」


『今は、スノーとマロンが残ってるわ。医師や侍女も同席してるから問題ないわよね』


 先回りして懸念材料を潰され、ほっとして頷く。


「うん、ありがとう」


 視線を戻すと、シフェルはぐったりとベッドに沈んでいた。安心して気が抜けたのか。痛みで顔が歪んだ。美形って、どんな顔しても美形なんだよな。鼻をほじっても美形なんだろうか。ちょっとした興味が湧くが、動けないケガ人相手は卑怯だから諦めた。


「ヒジリ、お願い」


『仕方あるまい』


 文句を言った割にはあっさりと、驚くほど広範囲に治癒を施した。かすり傷に絆創膏もどきを貼り付けた人も、傷口を綺麗に塞ぐために縫ったクリスティーンも、全員ひっくるめた治療だ。起き上がったシフェルはすぐに奥様の傷を確認し、問題ないことを確認してほっとした顔を見せる。


 愛妻家って、こいつの事か。イケメンは中身もイケメンだった。この点はオレもがっちり履修して、常に……ん? 違うな、そもそもケガをさせないよう結界で覆うのが先だ。


「そんで何があったのさ」


「襲撃です」


「流石にその程度の見当はつくけど」


 バカにされてるんだろうか。唸ったオレの語尾に被せるように、聞き慣れた声が部屋に響き渡った。


「治療用の絆創膏もどきを確保しましたぞ!!」


 ベルナルドだ。すでに軍人を退役した元侯爵閣下だが、緊急事態で軍に戻ったか。あるいは現場に居合わせたか。後ろにジャック班の傭兵がいるところを見ると、オレが装備した官舎の備蓄から持ち出したらしい。後で騎士団に請求書を送るけどな?


「もう治ったよ」


 ベルナルドが目を見開き、うるうると涙を浮かべた。すごい勢いで突進され、後ろのベッドに倒される。いい歳したおっさんが泣きながら、子どもに縋る姿って、どうよ。


「我が君っ! ご無事でしたか……っ、奴がキヨ様を傷つけたらと心配しておりましたぞ」


 オレの知り合いが犯人か? 脳裏に浮かんだ知り合いから、まず傭兵達と家族を除外、もちろんレイルもだ。後の知り合いは……聖獣もありえないから、各国で知り合った奴らか。


「とにかく、事情を説明してくれっての」


 ぽんぽんと肩を叩いてベッドに座らせ、隣に座った。向かいに椅子を持ってきたクリスティーンが礼を言い、シフェルも丁寧に謝辞を並べた。普通にありがとう程度でよかったんだけど。貴族の装飾過多な言い回しは理解できないんだよ。


 簡単に言うと――宮殿の正面ホールを守る騎士に襲いかかった若者が出た。すぐに取り押さえられると思ったので、警報は出さない。庭からの帰り道にうっかり皇帝陛下がお通りになり、惚れたと騒ぐその若者が近づこうとして近衛騎士と戦う。でもって、騎士が多数負傷したものの、皇帝陛下は無事に私室へ逃げ込んだ。


 逃げ込む際に階段で転んだため、手のひらと膝を擦りむいたが、現時点で治癒済み。こちらに医師と魔術師が駆り出されたため、騎士達は自力で絆創膏もどきを貼って回復中だった、と。


「あのさ、情けなくない?」


「面目ありません。鍛え方が足りなかったようです」


 軽い嫌味に真面目に返されると、なんとも言えない。


「キヨ様、そのような意地悪を申し上げてはいけませんぞ」


 すっと背後に控えるじいや、いつ来たのさ。オレに気付かせないって、凄いチートだけど。気配や魔力感知に引っかからないじいやは、平然としている。隠密とか暗殺者じゃないよね?


「その若者っての、オレを知ってたの?」


 さっきのベルナルドの発言からすると、オレを狙ったら留守だったと聞こえる。だがシフェルや騎士の見解は違った。


「先にチート無双しやがって、と叫んでいましたね」


「異世界転生のルール守れ、とか」


 おや? カミサマがまた誰かを召喚したけど、すでにオレが攻略した世界だったのでキレた感じの台詞だな。そんなわけないか。


「あと、右目に眼帯をしていました」


 ものもらい? 


「ああ、それなら見た。眼帯に剣先が掠めた時に、この右目が疼くとか気味の悪い発言を……」


 あ、厨二病の方か。オレなら右手が疼くけど。じゃなくて、これは日本人でラノベやゲーム好きの、チートの可能性が高い。犯人のプロファイリングできちゃうくらい、情報を残してったが。異世界人だと情報がないだろう。一応レイルには連絡するとして。


「キヨ、まさか対峙する気か? やめておけ」


 シンが止めに入る。だけど、オレが許すわけないよなぁ? 大切なリアにケガをさせたんだから、さ。

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