323.断罪劇よ、再び燃え上がれ
おかしいな、何かが違う。オレが思ってた断罪劇だと、びしっとポーズが決まる筈だったんだが?
掴まれた指を取り返すオレの前で、ニクラ伯爵親子が連行された。ああ、オレの断罪対象が騎士に蹴られながら、地下牢に運ばれていく。
「ありがとうございます。父も喜びます」
盗られた財産はすべて返却されることとなり、伯爵家に残ったわずかな資産を差し押さえて賠償金に当てる話が決まった。この間、オレが口を挟む余地はない。詳しい法律談義はそっちでやってくれ。
さらに国民からの陳情や訴えは続く。ほとんどは簡単に解決されるため、論破する相手がいなかった。がっかりだよ、くそったれが。もっと根性みせやがれ!
「両親の仇っ!!」
右へ左へ裁いていく法廷を横目に、ヒジリに凭れていたオレは、思わぬ言葉に顔を上げた。目の前を駆けていく少年を、咄嗟に引き止める。突然袖を掴まれた彼が転びそうになったところへ、青猫を蹴り飛ばした。
『ぐへぇ、主ひどぃい』
「よくやった。ブラウの犠牲は無駄にしないぞ」
普通猫サイズでよかった。大きかったら蹴飛ばした足を痛めるところだった。ほっとしながら青猫の健闘を称える。ぐしゃりと平らになりながらも、無事少年を保護していた。
邪魔された少年は固まったものの、ぐしゃりと顔を歪めて泣き出す。その手から落ちた刃物が、すとんと床に刺さった。
『あ、主。僕のヒゲが、カッコいい自慢のヒゲがっ!!』
さくっと1本切れて落ちる。カッコよかったかと問われると微妙だし、左右の長さも本数も元々違うから、問題ないだろ。うん、それに自慢されたことないし。
「問題なし」
言下に切って捨てると、気の毒そうな顔をしたヒジリが、己の顔を両手の肉球で覆った。想像したら、自分のヒゲが心配になったのか? 可愛い奴だ。こういうとこ、本当に猫だよな。
「貴族のくせに邪魔するな!」
「貴族つうか、王族? で皇族だけどね」
王族と発言したところで、すでに皇族の養子縁組が終わっていたことを思い出す。北の王家から中央の皇家に移籍が終わってたわ、うん。
驚いたのか再び固まる少年の肩を叩き、近くにあった椅子に座らせる。まだ中学生くらいに見えるから、15歳前後か。両親の仇と叫ぶんだから、殺されたんだろう。
現時点で犯人らしき人物は一人だ。壇上で被告人してる奴は、THE課長って感じのおっさんだった。残り少ない髪を伸ばしてバーコードにしているが、色が薄茶なので微妙だ。さらに油の臭いが凄いので、ポマード代わりに豚脂でも使ったか? 質のよい絹で仕立てもそこそこなので、モデルはともかく金は持っていそうだった。
半分寝ながら裁判を傍聴していたため、このおっさんの正体が分からない。首を傾げて後ろを向くと、レイルが教えてくれた。ちなみに彼は王族の観覧席から飛び出したシンとヴィオラを回収する手伝いをして、そのまま残っている。懐から何やら書類を取り出したところを見ると、この少年が絡んだ事件に心当たりがあるらしい。
「ああ、なるほど」
納得顔のレイルが差し出した書類に目を通す。その間に刃物を拾って駆け出そうとした少年を、再び捕獲した。兄弟喧嘩のようにうつ伏せに倒した少年の上に座る形でホールドだ。
「少年、オレが復讐の手伝いをしてやろうか?」
思わぬ申し出だったのだろう。裁判で罪が確定しても両親は戻らない。ならば、犯人を殺したいと願った。その気持ちは理解できる。死ぬより残酷な刑って山ほどあるし。
「お待たせいたしました」
地下に玉鋼を取りに行っていた騎士が2人掛かりで合金を運び込む。にやりと笑うオレ。興奮を抑え切れず、尻尾を揺らす青猫……少年は逆らうことなく頷いた。
「お願いします」
素直でよろしい。立ち上がって手を差し伸べ、少年を起こした。与えられた椅子に今度は大人しく座る。少年はごくごく普通の、そこらにいそうな子供だった。育ちは良さそうだが、貴族特有の傲慢さはない。
「オレが知る調査結果だが、両親をそこの叔父に殺されて、爵位と領地を奪われた……で合ってる?」
「はい。爵位と領地、両親……あと妹がいます」
「妹?」
レイルの表情が変わった。なんか似たような状況だったもんな。まあ、レイルの場合は自分の親が悪いんだが。
「妹は連れてかれて、何度も取り返そうとしたけど」
うまく行かなかった。裁判が行われると知って、最後のチャンスに賭けたんだろう。ここにオレがいたのが、運の尽き……あれ? 幸運か。叔父とやらにとって運の尽きだった。
「妹は取り返してやる」
赤毛の短髪を乱暴にかき上げる王族服のレイルに、少年は丁重に頭を下げた。お願いしちゃって、了承しちゃってるけど。オレの立場がないんですが? レイルのセリフ、オレのだよね。じと目になるものの、レイルはどこ吹く風。気にしていなかった。
「パパ!」
手をあげて、進行中の裁判を一時中断させる。手元の資料を自ら運んで、国王ハオの手元に広げた。
「お願い、これも裁いて?」
あざとい? 承知の上だ。外見の利点は、最後まで美味しく活用するのがマナーだぞ。
「プリンシラ侯爵を名乗る者よ、そなたの爵位継承に異議申し立てがあった。ゆえに爵位剥奪は一時保留とする」
勘違いしたらしく、喜ぶバーコードのおっさんに、オレが事実を突きつけた。
「あんたから爵位を剥奪するのは決定事項」
「なぜだ! 今、国王陛下が」
「うん。義父上の言葉を都合よく解釈したみたいなんで、訂正しておくよ」
公式の場仕様で呼び方を変えたところ、国王陛下からクレームがあった。
「パパだぞ」
「……わかった、パパ」
イタリアのマフィアが呼ぶ「パーパ」なら権力者的な意味だから、と自分に意味不明の言い訳をしてみる。人前でパパ呼びは幼い感じがして恥ずかしいのだ。中身24歳だしね。もうすぐ25歳になるからね。
「パパが侯爵を名乗る者よって言った意味も理解できないのかよ。もう侯爵じゃないと断言したんだけど」
こういう口喧嘩っぽいやり取りは好きだ。勝てる時は余計に気分がいい。にやにやするオレの足元で、青猫がクネクネと腹を見せて誘う……今は忙しいから後で! あ、と、で。存分にスーハーしてモフるから!
「あんた、爵位が欲しくて兄夫妻を殺したんだろ? 罪は償わなきゃな」
「冤罪だ」
「ふーん、強盗が入った夜……侍従達はあんたの姿を見ている。だがあんたは酒場にいたと友人が証言した。なるほどね、でもってその友人がニクラ伯爵ってわけか」
思わぬ場所で繋がった。ニクラ伯爵はさきほど、詐欺の主犯で捕まったばかりだぞ。レイルの詳細な調査結果を読みながら、呆れてしまった。もっと信用できる奴を証人にしろよ。まあ、この国の貴族はほぼほぼ腐ってたから、同類しかいなかったと思うが。
「あのさ、証言って相手の地位や言動に信憑性がある場合に有効なんだよね。詐欺の主犯が見たと証言しても、信じる人いないじゃん」
裁判官の机に肘をついて講釈垂れる間に、腰に回された手に引き寄せられて膝に乗っていた。国王ハオ、こういう場面で手が早いし、抜け目ないな。
「当時は伯爵だ」
証言した時はまだ伯爵で、地位があった。そう言いたいのか? ならば追加情報をやろう。
「酒場に勤めてる奴は誰も、あんたの姿を見ていない。頭がバーコードなら目立っただろうな」
「帽子を被っていた!」
オレとレイルは顔を見合わせ、大笑いした。酒場と濁しているが、場所は貴族用の会員クラブだ。帽子もコートも入り口で預かるのがルールだった。過去に乱闘騒ぎがあったので、ステッキすら持ち込み禁止だ。
「規約違反で即、外へつまみ出される案件だろ」
レイルがからりと笑う。この時点で論破どころか、結論が出ちゃうぞ。呆れ顔のオレは、パパのお膝で脱力した。




