322.一応論破してみたかった
情報源は聞いても教えてくれないと思う。そういう契約だろうし、正直どうでもいい。アホな子爵家を憎たらしい伯爵家が操って、薬屋親子から何もかも奪った話だろ。わかりやすく話を整理して頷いた。
「加害者の言い分も聞いてみたいね」
にっこり笑って促せば、すでにレホ子爵家は獄中だった。王家に金を貸してた方に絡んでたらしい。仕方ないので、ニクラ伯爵家を罰することにしたが……こっちは金貸してない? あ、貧乏だったのか。
家柄だけあっても金がないと、悪さも出来ないのか。後日別口で悪さしたけど、ご先祖に金がなかったことが周知の事実となってしまった。かなり恥ずかしいぞ、伯爵家。
「身に覚えはありませんな。そのような下賤の民が口にした訴えなど、退けていただきますよう」
お願いします、までちゃんと言えない子はお仕置きだ。にやりと笑ったオレに、宰相含め本性を知る人間は怯える。何も知らない伯爵は偉そうに顎を逸らした。あの割れた顎を蹴飛ばしてやりたい。
『僕、割れた顎を砕いてみたい』
「気が合うじゃん、ブラウ。だがまだ早い」
それは今じゃない。一応論破してやろうじゃん。収納空間から取り出した書類をぺらぺらと捲り、薬屋事件を見つけた。やっぱりレイルが情報源だったな。
「薬屋の弁護はオレが引き受けるとして、そっちも誰か味方引きずってきていいよ」
親切に弁護人をつける権利を与えたが、伯爵に味方する者はいなかった。前回オレがやらかした断罪劇を知ってる奴は、真っ青な顔で首を横に振る。最終的にニクラ伯爵の息子が弁護として隣に並んだ。こうなりゃ、親子まとめて牢屋行きにしてやる。
「まず、被告の話を聞こうか。お先にどうぞ」
譲る姿勢に満足したのか。割れた顎をのけぞらして、偉そうに伯爵は口を開いた。
「薬屋を乗っ取ったというが、そもそもあの土地は我ら伯爵領にある。薬草は勝手に生えていたものであり、放置された土地を我が伯爵家が管理して荒れないよう手入れしたのだ」
「なるほど。土地の売買契約書に血判を押しているのは事実だけど、その血が殴られた際のケガによるものだから、血判は無効だね」
魔法により血の持ち主を特定すれば、確かに隣の少年の父親の血だ。だけど、普通の血判じゃない。
「その証拠はない」
「逆に、この血判こそが証拠なんだけど?」
にやりと笑った。それから収納へ手を入れ、小さなナイフと契約用の真っ白な紙を取り出す。
「実験してみようか」
両方を持って、裁判長役の国王を振り返ると頷く。ハオがオレの行動を遮るとは思えないけどね。一応ここは裁判長の許可が必要な場面なんで。その方が本物の裁判ぽくてカッコいいじゃん。
歩くオレの後ろに黒豹が付いてくる。さらに青猫ものそのそと後ろに並んだ。
「じゃあ実験始めるよ」
手招きして呼び寄せた騎士に、ニクラ伯爵の手を固定するよう頼む。それからチクッと刺して血を流させる予定が……大騒ぎされた。
「貴様っ、何をする気だ!?」
「父上を謀殺するのか」
思わぬ反応にぽかんとしたオレは、振り返ってヒジリに尋ねる。
「これは正常な反応?」
『ただの臆病者であろう』
聖獣の断定に、顔を真っ赤にして「臆病ではない」と否定する。だったらと、もう一度指先にナイフを近づけた。めっちゃ指に力入ってるけど? 本当に怖くないの?
よく研いだナイフの刃を滑らせて、細い線傷を作った。滲んだ血を確認して、白い紙をぺたりと押し付ける。ぐりぐりと傷の上で動かして離した。
「これを証拠の第一号で提出する」
騎士が恭しく預かり、別の騎士にリレーされて国王の手元に届いた。それを確かめてから、オレは自分の指にナイフを突き立てる。ぶわっと大量の血が噴き出し、直後にハオが叫んだ。
「何をしている! キヨを助けよ」
「邪魔しないで、裁判長」
命令が撤回されないので、仕方なく「パパ?」と首を傾げると不満そうにしながら騎士に停止命令を出した。だらだらと血を流す指を白い紙にべったり押し付ける。ひょいっと指を後ろに見せると、待ち構えていたヒジリが舐めながら癒していく。今日は噛まれなかった。
ほっとしながら指を引き抜いたら、手首を噛まれた。激痛に顔を顰めるが、その程度だ。すぐに痛みも傷も消えていく。
「ヒジリ、治すだけで良かったのに」
『治療の対価ですぞ』
次からはケガしても我慢するか。大ケガじゃなければ、手首砕かれるよりマシかも……でもすぐ治るから我慢すべきか。悩ましいな。唸りながら、2枚目の血がべっとりついた紙を騎士に渡した。
「証拠の第二号で提出する」
赤く濡れた部分はまだ乾いておらず、触れないように縁を摘んで運ぶ騎士経由で、国王の手元に届いた。生唾飲みながら、紙を凝視しないように。変態か!
「2枚の証拠を比べていただこう。第一号に関しては、通常の血判と同じだ。血の量が正常なら、指紋が残る」
伯爵の指で押された血判は、指の傷口をぐりぐりとにじったにも関わらず、綺麗に指の形が出ており、半分ほどは指紋も読み取れた。だがオレが押した方は別だ。
「第二号は殴られて出血した場合を想定した。手に入れた資料によれば、頭を殴られた傷は派手に出血し、その傷を押さえた指で押したという……」
そこで思わぬ邪魔が入った。某裁判ゲームを気取った口調で、云々するつもりのオレに、駆け込んだ兄姉が抱き付く。
「キヨ、傷はどうした?!」
「あんなに出血するほど切らなくても……痛かった、でしょう? あら?」
シンとヴィオラに腕を掴まれ、苦笑いする。どうやら駆け降りてきたらしい。多少息が切れていたり、髪がほつれているのが必死さを示していた。
「平気、ヒジリに治してもらったから。でも心配してくれてありがとう。そこでオレの勇姿を目に焼き付けて」
人前なので、いい子の仮面を被る。義理の家族である事実は周知なので、仲良しをアピールしておく。これで王家が誰に味方するのか、周囲もよく理解できると思うよ。
うるうると目を潤ませ、キヨに礼を言われたと感動する2人に、長椅子が運ばれてきた。ベンチ式の安いやつじゃなく、豪華な猫脚タイプだ。さすがは王族だな。
「土地や権利の譲渡契約書に押された血判をよく見てください。オレが押した血判に酷似しています」
似ていますを類語辞典で変更してみた、そんな感じの使い慣れない言い回しを選ぶ。本物の裁判っぽくね?
「異議あり。血判を押す際に指を切り過ぎる事例もあります」
伯爵子息、親ほど馬鹿じゃなかった。まさかの反論かよ。それも頷けちゃうレベルだけど……残念だったな、裁判長はオレの下僕だ! じゃなかった、間違えた。これだと悪役展開になってしまう。
「なるほど……大きく手を切ったとしよう。普通は血判をそのまま押さないだろ? 血が滴るほど濡れた指を、治療もせずに放置し、大切な契約書が赤く染まるのを承知の上で、指紋が見えない血判を押した? おかしいと思わないか」
ぐっと押し黙る。そう、おかしいだろ。だって指紋がある程度残る状態で押さないと、誰の血痕かわからないんだから。他人の血で血判を押すのと同じくらい、価値がないんだよ。殴り倒した相手の濡れた指を拭う、その手間を惜しんだ結果がコレだ!!
びしっと指差してやった。後ろからそっとシンが指を握る。
「キヨ、人を指差してはいけないよ」
「あ、はい。ごめんなさい」