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17.教育は情熱だ!!(3)

「ごめん、わかんない」


 素直に尋ね直したところで、3本足の椅子が傾いた。さすがの反射神経でそれぞれがコップを掴み、乾パンだけが床に零れ落ちる。硬い音を立てた乾パンを拾い「3秒ルール、3秒ルール」と呟いて埃をはたく。


 子供の頃、親とやらなかったか? 落ちて3秒以内に拾ったら食べてもOK! という、何の科学的根拠もない迷信みたいなの。多少地方色はあるけど、近所の子も普通にやってたな。


 机代わりの椅子がなくなったので、右手のコップを床に置いた。キレイ好きなサシャが渋い顔をするが、さすがに注意まではしない。代わりになる台が手元にないのだから、仕方ないだろう。


「3秒ルールって、何だ?」


「いや、先に読み書きの説明して」


「キヨが呟いたくせに」


 埃をはらった乾パンを口に放り、唾液を吸われながらミルクで喉へ流した。ごくんと無理やり飲み込んだら、喉の奥で違和感がある。変な咳をしながら、残ったミルクを飲み干した。


「順番にいこう。まずは『話せると読める』の説明から。そしたら、『3秒ルール』の説明する」


 混乱してきた状況で、強引に話を分割する。納得したのか、ノアが説明役を買って出た。


「話せる言葉は読める。これは世界のすべての言語に適用される。2ヶ国語話せれば、2ヶ国語読めるという意味だ。逆に話せない言葉は読めない」


 端的に事実を語るノアは、サシャが引き裂いた干し肉をつまんで口に放り込んだ。咀嚼する回数が少ない。うん、次からはオレも裂いて食べよう。


「異世界人はすべての言語が話せるんだっけ?」


「そうだ」


「じゃあ、オレはすべての言語を読めるのか」


 さっきのルールによれば、そういう意味だろう。これは便利だ。すごいチートだった。だって、過去のオレは英語読めなくて話せなくて書けなかったんだぞ? 世界共通語なのに。大半の日本人が同じだろうけど、やっぱり話せたらいいなと思う部分はあったわけで。


「ああ、あと異世界人は書ける奴も多い」


「ん?」


 書ける奴が多いってことは、この世界では文盲(もんもう)が多いってことか? いや、文盲は読めて書けない人にも使えるのかな? 読めるのに書けない、の状況がわからない。


「読めたら、そっくり同じ形を書けばいいんだから書ける、よな?」


 ジャックが首を横に振った。ライアンがサシャの干し肉に手を伸ばし、大量に掴みすぎて手を叩かれている。なんか欲張りだな、ライアン。


「普通は読めても書けない」


「オレのいた世界だと、読めれば書ける人が多いから理解しがたいけど……そういうものか」


 もう納得するしかない。因数分解の数式なんかと同じだ。理屈を考えるより、こういうものだと暗記した方が早かった。いずれ理解できるまで、原理や理由は後回しだ。


 覚えることが多すぎて、丸暗記しか出来ないのが本音。


「それで、3秒ルールって何だ?」


「えっと……小さい頃に親によく言われたんだよな。落としたお菓子とか、3秒以内に拾って食べたらセーフ! 3秒以上経つとアウト」


「「「3秒の根拠は?」」」


 異口同音にハモった連中をぐるりと見回す。そうだよな、全員そう思うよな。わかる、わかるけど、オレも根拠なんて知らんよ。口の中に干し肉が入っているサシャだけが参加していないが、彼の顔を見れば同様の疑問を持っているとわかる。


「根拠は知らないなぁ……いつの間にか決まってたんだ」


「親が決めたのか?」


「いや、親も誰かに言われたんだと思うぞ」


 ふーんと相槌が返る。わかる、オレも子供の頃に3秒と4秒で何が違うって親に聞いて、よくわからない返答されたときに同じ返事したもん。彼らの常識である『話せたら読める』と、オレの知る『3秒ルール』に大きな違いはなさそうだ。つまり、きちんとした根拠はない。


「読めるけど書けない。でも教われば書けるって解釈で合ってる?」


「ああ」


 ノアが再び裂いた干し肉に手を伸ばすが、サシャが避けてしまい宙をかいた。残念そうに干し肉の大きな塊を噛み千切る様子に、ノアの面倒くさがりの一面が垣間見える。そうか、マメなのはサシャだけか。


「計算は特別なのか?」


「計算が出来れば王宮務め、それも上級の文官になれるぞ」


 上級の文官……どの程度の職なのかわからないが、かなり高給取りのイメージだ。しかも前線で戦わなくていい職業だろうから、政治家や大臣みたいな位置づけか。


「商人も計算できるのに?」


「あいつらの計算は足したり引いたりだろ。お前みたいに数字が踊って絡みついた計算じゃない」


 踊って絡みついた計算、ね。言いえて妙だ。分数や小数点以下の計算程度しか披露していないが、知らない人間から見たら奇妙な光景だったらしい。あれで因数分解やら偏微分が出たら天才扱いかも知れない。


 小学生の算数で商人レベル、ちょっとした都市の官吏でも中学生レベルの数学で用が足りるのだろう。確かに普段の生活で複雑な計算式は使わないのだから、当然といえば当然だ。三角形の面積を求められれば、土地の面積計算が出来るから官吏レベルだった。大学入試レベルなら、もう専門知識に匹敵しそう。


 日本の基礎教育って素晴らしいレベルだったんだな。微分積分とか懐かしい。もしかしたら理科の知識も、この世界より優れた教育されてる可能性があるわけだ。


 もぐもぐと干し肉を噛み締めて、口の中で解けてバラバラになった繊維を飲み込んだ。


「シフェルの戦術理論も、お前はすぐ理解してただろう」


「異世界人に知識豊富な奴が多いのは、本当なんだな」


 ジャック達の声に「なるほど」と頷きながら、ミルクを飲み干した。空になったコップを逆さにする。これ、この世界の常識なんだそうだ。そのままにしておくと、さっきのノアみたいに延々と飲み物を注がれる椀子蕎麦状態になる。というか、すでに経験した。


「知識は子供の頃に『受験戦争』があるから詰め込まれるんだよ。戦術を習う授業はないけど、昔の歴史を学ぶうちに陣の話は覚えたんだと思う」


 引きこもる前から読書は好きだった。歴史物もミステリーや名作文学など、とにかくジャンル問わずに読み漁った時期があったから、多少知ってる方だと思う。まあ、苛められっ子だった過去と重なる記憶なので、あまり思い出したくないが。


「そろそろ、その鬼教官1が来る頃か」


「へえ、鬼教官1ですか。2は誰でしょうね」


 背後から気配を消したシフェルの声が響き、驚いて飛び退る。毎朝の早朝訓練の結果、引き抜いた銃の安全装置を外して床に伏せるところまでセットだった。


「……誰でしょう、ね」


 うふふと笑って誤魔化すが、シフェルはそれ以上追及してこなかった。ほっとして身を起こし埃を払うと、シフェルの後ろからひょこっと顔が覗く。


「鬼教官2は、余のことか?」


「うひゃあぁ……」


 変な声が漏れた。今度はきちんと迎撃体勢を作れず、腰がぬけた様にへたり込む。埃が舞い上がるのを手で払いながら、黒髪の美人はオレの顔を見つめる。


 ちょっとやめて。照れるでしょうよ、こんな美人に見つめられたら。


「こ……」


「こ?」


「皇帝陛下が、こんなとこ来ちゃダメでしょうが」


 小首を傾げる最高権力者へ、情けない抗議をする。ついでに先の発言をさりげなく誤魔化す。しかし彼は思わぬ切り返しをした。


「この宮殿敷地内はもちろん、この国は余の土地だ。どこに行こうと自由であろう」


「ソウデスネ」


 カタカナであっても返事をできた自分を褒めてやりたい。

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