318.三権分立なんて幻想だ
裁判で甘やかしはなしだ! 異世界の絶対王政では、裁判は国王の鶴の一声だったりするが、この世界はちゃんと三権分立……いや、二権分立している。司法は独立してるが、行政と立法が同じ組織なのだ。そう、国王陛下が決める。
よほど酷い法律なら、司法側の裁判所も口を出すのかと思いきや、悪法でも法は法の精神だった。この辺は、将来的に改良の余地があるかも。義父のハオが立法するなら、あまり心配しない。シンもその意味では半分ほど信用できる。民に悪い法律は作らないと思うけど、オレに有利な法律……と置き換えたら心配が増した。
オレに逆らうな、逆らったら死罪だぞ。そのくらいの法律は作りかねない。その辺の信用はゼロだ。リアはその点で、シフェルやウルスラがいるので安心だけど。そういうストッパーがこの国にはいない。レイルは口出しする気はないようだ。
今回の裁判は、王宮内の広間で行う。そのため室内移動なのだが、廊下の途中で国王ハオが手を振って名残惜しそうに別れた。というのも、張り切って裁判長をすると言う。三権分立してなかった。めちゃくちゃ癒着してねちょねちょじゃん。
食事が終わった頃に合流したレイルは、先日保護した嫁と食事をしてきたらしい。今日は裁判の見学に来る予定になった。興味深々で目を輝かせていたそうだが、それって見学じゃなくて見物じゃね?
裁判所にはV I P席が用意されていた。これは王族や関係者の暗殺を防ぐためらしく、透明ガラスで覆われていた。このガラスが防弾なのかと思ったら、弾くらしい。微妙な曲線を描く美しいガラスの表面に、あれこれ細工が施されていると聞いた。このガラスは他国へ販売もしているというので、一応注文しておいた。
リアの寝室に使おう。見た目もドームで可愛いし、小型にしてベッドを覆う卵型もいいな。作れないか職人に聞いてくれるそうだ。王族特権? 狡いがどうした! 恋人のためなら何でも使い倒すぞ。
『主殿、これは捨ててもよいか?』
「何それ」
V I Pルームに入った途端、ヒジリが何かを発見した。咥えて見せてくれたのは……爆弾。絶対に間違いなく爆発する系だ。しかもチクタク音がしているので、時限式だろう。
「捨てちゃって」
『僕に任せて』
「心配しかない」
青猫に任せたら、どこで爆発するやら。不安だからヒジリに任せたところ、持ったまま影に潜っていった。人けのない場所で捨ててくれるはず。そう思ったのに、裁判所の前の馬車がひとつ吹っ飛んだ。
「え、えええ?!」
「あれは、ニスラ公爵家の紋章か」
モスラ? じゃなくて、公爵家……裁判の対象者か?
「牢で首枷つけるぞと脅した、ふくよか過ぎるおっさんの両親だな」
ニスラ公爵家は今回の詐欺事件の主犯格だ。そのため当主と妻と娘が投獄された。妻は牢内で離婚を申し出たため、即日受理されて現時点では元公爵夫人である。もちろん、離婚しても罪は確定したら償ってもらうけどね。
「両親が爆発した理由って、さっきのヒジリか?」
『主様、さきほどの爆弾を仕掛けたのはあの馬車の老女です』
スノーがさらっと犯人確定発言をした。根拠は分からないが、聖獣達は一斉に頷いた。つまり間違いない。だが爆弾を返していい理由になるのか。
「うーん」
「どうした、キヨ」
心配そうなシンだが、さっき爆発した時は平然としてたな。身内以外には鬼の王子だ。
「この場合、聖獣の主人であるオレが犯人になるのか?」
「何をバカなことを言ってるのよ。まず王族の席に爆弾を仕掛けた時点で、公爵家はお取り潰しよ。それに返されたからって、文句を言える立場かしら?」
ヴィオラがつんと唇を尖らせて文句を言う。その唇の紅、綺麗なピンクだな。後で同じ物を譲ってもらおう。リアに似合いそうだ。真剣に怒る義姉の横で、オレは関係ないことを考えていた。
現実逃避してる場合じゃない。よくテレビで観た「うちの子がそんな酷いことをするなんて」と嘆く犯罪者の親の心境だった。実際のところ犯罪者は公爵家とやらなのだが。
「そもそも、あの爆弾が返されたのは自業自得だ。聖獣様のなさることに、誰が文句言えるんだよ。国王である伯父上より立場が上だぞ? それに、あの爆弾の出どころを探られて痛いのは、誰だろうな」
にやりと笑うレイルは、北の王家で一番悪知恵が働く。言われてみたらその通りだった。
もし爆弾が王家に返されたと言えば、どこへ仕掛けたのかと追及される。自分達のではないと主張したら、偶然テロに遭っただけ、として処理されるのが道理だった。持ち主だと名乗り出るわけにいかない以上、爆発は偶然で片付けるしかない。
運が悪かった、いや因果応報ってこの場面で使うのかも。感心していると、焼け焦げた馬車から老夫妻が引き摺り出された。喚き散らしている様子から、大きなケガはなさそうだ。
「元気だなぁ」
『骨の一本くらい折れるかと思ったが、悪運の強い奴らだ』
ヒジリが不満そうに呟くものの、馬に被害が出ないように後部席へ返したらしい。ところが、ちょうど馬車がついて降りようとしていた夫妻は前方へ移動しており、体を打ち付ける程度のケガで済んだ。その辺は「ヒジリ、調整したんじゃないの?」と思ったが、口にしないのが主人の優しさだろう。
「ご苦労さん、ヒジリはやっぱり出来る聖獣だ」
ぐりぐりと撫でれば、ご機嫌で喉を鳴らす。オペラ会場にも使われる広間を開放したため、席の形がぐるりと扇形だった。上部にある小部屋は全部で3つあり、今回は中央のこの部屋のみ使用する。お陰で足元に大量の貴族や罪人が見えた。
「これ、あれを言いたくなるよな」
『見ろ、人がゴミのようだ』
打てば響くブラウと笑い合い、さっさと席に陣取った。席といっても、観覧席のような硬い感じじゃない。柔らかいソファーベッドのような平らな椅子だった。しかも中央には山盛りのクッションが用意され、快適仕様だ。
「豪勢だね」
「ああ、聖獣が集まってるからな。特別に用意させたと聞いてる」
レイルが苦笑いして説明した。その間にシンはお茶の道具を広げ、ヴィオラはお菓子を侍女に運ばせる。軽食も含めると、かなりの量だ。
「さあ、聖獣殿。好きな物をお食べくださいな」
ヴィオラがにっこり笑い、聖獣に専属メイドがついた。もちろんこの部屋でのみ専属だ。欲しがる飲み物や食べ物を取り分ける係だった。
至れり尽くせり。オレが裁判に集中できるよう取り計らった裁判長の思惑通りだ。というか、国王陛下なのに裁判長していいのかよ。
「お、始まるぞ」
期待の声をあげるレイルは、手元の資料をばさっとオレの前に置いた。先日地下牢で覗いた、各貴族家の悪さの証拠だった。
「よし、順番にやっちゃって!」
「パパに任せろ」
ん? 下に並んだ5人の裁判官の中央に座った国王陛下のお声が聞こえたんだけど?? 足元ににょきっと生えた金属製の管を指差された。
「これが声の交信を可能にしている。我が国に数百年前に降りた異世界人が伝えた技術だ」
「えっと、思い出せそう。ほら、潜水艦とかで通信に使うやつ」
名前が出てこない。後でじいやに教えてもらおう。




