316.利息の方が大量だった
すでに待っていたシンとヴィオラが、あれこれもと手渡してくる。貸し出した金貨分を超えてると注意したら、それは利息だと言われた。あと、取り返すための人員手数料……すなわち傭兵の賃金だ。そう言われたら断れない。
「これなんて似合うんじゃないかしら、ほら」
「いいな。こっちも持っていくといい」
金細工の鳳凰みたいな鳥に、ルビーに似た石が散りばめられている。緑の瞳も宝石じゃないか? 高そうなブローチを手渡され、次は雫型の琥珀っぽい耳飾りを受け取る。よく見たら琥珀の中に蜂みたいなのが入ってた。こういうのって詳しくないが、虫が入ってると高い気がする。珍しいっぽいし。
大きな石の塊はオパールが入ってて、親指の先くらいの塊のようだ。宝石の価値はよくわからないが、リアに渡そう。彼女なら上手に加工する人も知ってそうだ。
受け取った宝石や原石、宝飾品を次々と収納へ投げ込む。隣でレイルが金貨を数えて積み上げた。
「キヨ、これを確認してくれ。出世払いの分だ」
「出世の途中で取り立てかよ……いんじゃね? 足りるなら」
思ったより金貨の枚数が少ないと呟いたら、げらげら笑った後で積み上げた金貨を袋にしまった。
「おまえ、金銭感覚おかしいぞ。今ので家族4人が250年は暮らせる額だ。大金だぞ」
250年? この世界の寿命は属性別だから……牙や竜並みの寿命でも平気って意味か。あれ? オレ、傭兵達に払いすぎてね? 今までに支払った時にジャック達が大喜びしていた理由がわかった。多分、他の雇い主の10倍くらい払ってるわ。そりゃ裏切らないわな。それだけじゃないと思いたいけど。
「これも似合う」
王冠らしき飾りをシンから受け取り、首をかしげた。宝飾品は詳しくないが、王冠ってぐるっと後ろまで同じ幅で輪になってるじゃなかったか? 前は豪華だけど、後ろ側が細くなって差し込みになってる。どこかで見た形だった。
手に持ってぐるぐる回して眺めていると、ヴィオラがつけて見せてくれた。長い赤毛を手早く後ろでまとめ、さくっと髪に差し込む。耳に掛けるのではなく、もっと頂点に近い位置に乗せる感じで……あ!
「こうやるのよ、ティアラなんだけど。王女や王妃がよく公式行事で身につけてるわね」
「天皇陛下の娘さんがつけてたやつ」
「「「てんのぉへぇか?」」」
「異世界の話なんでスルーしてくれ。へぇ、こっちの世界にもあるんだな。っていうか、これは貰ったらまずいだろ」
女性王族が身につける装身具だろ? そんなの、男のオレがどうするんだ。リアは自分のを持ってるだろうし。
「キヨがつければいいじゃない」
「そうだな、きっと似合うぞ」
シンも調子に乗って微笑むが、そうじゃない。オレは男で、第二王子で、リアの婿に入るんだから。
「性別を勘違いしてるのかな?」
にっこりと唇を横に引いて笑みを取り繕うが、目元がひくっと怒りに震えていた。気づいたレイルは金貨を手に後ろに下がり、気づかない北の王家の兄妹はきょとんとした顔で繰り返した。
「女とか男とか、拘らなくていいわ。だって可愛いんだもの」
「そうだぞ、似合うんだから付けたらいい」
「……シン兄様も、ヴィオラ姉様も、大っ嫌い」
ぼそっと呟いた言葉の威力は覿面で、慌てた彼らはティアラを後ろに放り投げた。別のジュエリーを手に機嫌を取りに走るが、オレは腕を組んで無視し続けた。最終的にレイルが取りなしたんで許すが、今後は注意するように!!
夕食時にまだ膨れっ面のオレに、しょんぼりした2人。一緒に宝物庫へ向かいたいのを我慢して、きちんと仕事を終えた義父は不思議そうに首を傾げた。レイルがあっさり事情をバラしてしまい、現在は膝の上だ。恐れ多くも現役の北の国王陛下のお膝だよ。後ろから抱っこされた腕は、どこの騎士団長かと思うほどがっちり腹に回されていた。
一家で過ごすリビング的な部屋で、豪華な調度品に囲まれ、お洒落なカップに注がれたお茶を前に父親の膝に乗るって……何歳まで許されるんだろうな。まあ、今日のオレに許せないなんて発言したら、軽く吹き飛ばしてやるけどな?
まだ頬を膨らませたリス状態のオレに、せっせと義父ハオが焼き菓子を運ぶ。ちなみに夕飯も途中から膝に乗って食べた。子ども扱いを羨ましがる兄や姉の存在に、つい降りると言い損ねた。存分に羨ましがるといいぞ!! と思ったら、予想外のケンカが勃発した。
「ずるいぞ、父上。俺もキヨを膝に乗せたい!」
「そうよ。私だって窒息するほど抱き締めたいわ」
窒息は勘弁だが、あの豊かな胸はクリスティーンの窒息未遂事件を思い出させるな。じゃなく、え? 羨ましがる方向はそっちなのか? てっきり、父親の膝争奪戦だと思った。愕然とするオレに、爆笑しすぎのレイルは「腹筋が、腹筋がぁ」とひぃひぃ言いながら笑い続けている。その腹筋、あらぬ方角へ割れてしまえ!
「お前達は可愛いキヨを傷つけたのだから、反省しろ」
国王らしい威厳のある声と口調で、ぴしゃりと言い聞かせる。内容が問題だが……そこに目を瞑れば有能な王様に見えた。あれだ、見た目詐欺。
「キヨ、今夜は一緒に寝ようか」
「なっ! 父上、順番を守らないのはどうかと!!」
「いいよ、パパと寝る」
「そう、パパと寝ような」
頬ずりしながら嬉しそうなハオ、悔しさに歯ぎしりするシン。別にいいじゃないか、順番が入れ替わっただけだぞ? 思わぬ騒ぎに、レイルが肩を竦めた。
「傾国の美少年ってか? ったく、悪い奴だな」
「え? オレが悪いの?」
レイルの言い方だと男心を玩ぶ悪女のように……しばらく考えてみる。自分の言動を反芻した後、ちょっと目が細くなった。その後さらに変化し、チベットスナギツネ風になる。そっか、悪女か。性別以外は合ってるな、うん。
『主はぁ、傾国なのぉ?』
間延びした青猫を黒豹が齧って回収する。グッジョブ、さすがは心の友だ! 親指立てて、よくやったと褒めておく。表情はつんと澄ましてるくせに尻尾が本音を示して、めっちゃ揺れてるぞ。マロンが駆け寄って、義父にしがみ付いた。
「僕もご主人様と一緒に寝たいので、ベッドに入れてください」
何この可愛い生き物。オレの顔してるのに、全然あざと可愛い。首をこてんと傾けるのとか、妙に丁寧な口調とか狙ってるだろ。このやろ、可愛すぎなんだよ。伸ばした手で抱き締めた。スノーがそっとマロンの頭に着地し、ちらちらと黒豹が視線を送ってくる。
「パパ、皆も一緒でいい?」
「もちろんだとも。全員乗れる大きさのベッドだぞ」
オレと手を繋いで歩きながら、ハオはご機嫌そのものだった。部屋の扉を開いたところで、くるっと振り返る。期待の眼差しを向けるシンと、面白がるヴィオラに手を振った。
「また明日ね。シン、ヴィオラ」
「「そこはお兄様だろ(お姉様でしょう)?」」
無視して手を繋いだ国王と歩く。反対側の手はマロンが握り、ヒジリが隙間に鼻を突っ込む。なんだなんだ? いきなり全員寂しがり屋になりやがって。国王の私室はやたら立派な扉で、衛兵がきっちり守ってた。部屋の主がいなくても守ってるのか。
ふかふかの絨毯が敷かれた部屋に、でんと大きなベッド! 確かに全員一緒でも寝られそうだ。というか、シンやヴィオラも入れそうだな。寝相の問題はあるけど。
これがまさに――「キングサイズ」。