315.首枷は死刑囚の証?
きちんと働く旨を誓約してくれたが、そんな口約束を信じるほどお子様じゃないんだな……これが。
「誓約書を書かせても無視して逃げそうだし。家族を人質にしようと思ってたら、離婚しちゃってる。何か都合のいい魔法とかないかなぁ」
「いい方法があるぞ」
わざとらしく話を向けたら、レイルがにやりと笑った。こいつ、本当に悪人顔が似合うよな。めちゃくちゃ美形じゃないんだけど、凄みがあるっていうか。まあ元王族なのに、孤児状態から情報組織を作り上げる傑物だからね。
「魔法や魔法陣は制約が多くて使いづらい。単純に鎖で繋げばいい」
まさかの物理的な束縛! 鎖ってことはあれか。首枷かな。手枷すると仕事の邪魔だし、足枷でもいいんだけど絡まると危ないし。
「首枷に鎖か。まあいいか、それで」
「「「首枷?」」」
あれ? ジャック達の不思議そうな復唱に、オレ何かやっちゃいました状態なんだけど。異世界でよくチートかました主人公と同じじゃね?
『主ぃ、この世界で首枷は……死刑囚の証なの、知ってるくせに』
「知らねえよ。つうか、そうなの?」
思い出してみたが、確かに雪の中を裸足でそり引いてた奴隷の子、足枷だったかも。うーんと唸る。その後の大量の奴隷は牢内に放り出されてたから覚えてない。
「首枷はダメ?」
「いや、わかりやすくていいんじゃないか」
レイルがあっさり同意した。現時点で王族である彼が同意した時点で、ほぼ決定事項だった。オレが提案したらあの家族は全員賛成に回ると思うけど。
「一応、パパにも相談してみるね」
可愛い子ぶりっ子で拳を口元に当てて小首を傾げたら、大受けした。バカ笑いするノアとジャック、呼吸困難になるほど苦しむライアンを介護するサシャ。全員失礼だぞ。むっとしながら足元の黒豹が無表情なのに気づいた。髭がぴくぴく動いている。
「ふっ、笑いたいなら笑えよ」
『こんな時、どんな顔をしたらいいか分からないの』
「そのネタは前にもやった」
ブラウは引導を渡されて、かっと目を見開く。だからその顔は飽きたっての。
『主様、私も可愛いですか?』
『僕もできます』
スノーとマロンが真似するのをみて、いくら美少年でもやってはいけない領域だったと理解する。特に自分に顔の似たマロンの姿に、顔が引き攣った。
「首枷ってどこで注文すればいいの?」
「……くくっ、調べておく」
まだ笑いを抑えきれないレイルの肩をばんと叩き、オレは溜め息を吐いた。目の前の牢内の元貴族は笑うどころではなく、青ざめて俯いている。
「利息はきっちり耳揃えて返してもらうから。ああ、そうそう。ちゃんと北の国の新しい文官と中央から派遣される監査官が金額チェックしてくれるってさ。よかったね、ちゃんと総額は公表するし、どこまで返したかも教えるよ」
毎日嫌がらせのように報告してやるさ。うんざりするほど巨額だから、全然減らないと思うけどね。
「そうそう。頭割りで個々に返済するのか。全体での返済にするのか。その辺は任せるね」
ひらひらと手を振って、快適すぎる地下牢を後にする。話を聞いていた別の貴族達も騒ぎ出した。しばらくは喧々囂々の醜いやり取りが続くと思われるので、残っていても実はない。階段を登って地上に出て、大きく深呼吸した。
「レイル、なんであの牢に入れたんだよ」
「空きがなかったんだよ。他の牢は罪人がいっぱいで、処刑が間に合わない。裁判前の罪人未満だって部分も考慮した結果だ」
「裁判? それって必要?」
眉を寄せたオレに、レイルは機嫌よく裁判資料を見せた。最近、収納魔法が使えることを隠さなくなってきたな。
「ほら、裁判したら楽しそうだろう?」
並んだ嫌疑に、オレも口元が綻んだ。
各国を股にかけるトップクラスの情報屋がコツコツ溜めた「ざまぁ」の種がびっしり。これは使うしかないだろ。
「裁判、好きかも知れない。公平さって大切だと思うし、でも時間がないから短縮でいいかな」
あまり時間を掛けて3泊以上になったらリアが泣く。そう言いながら、罪状の言い渡ししてみたいと要望を出す。今日はシンと同室だから、強請ってみよう。はっ、これが世に言う枕営業か!? 兄弟でも適用になるなら、そう呼べるかも。
「安心してくれ、罪の裏付けは終わってる。王家にも同様のリストを渡しておいた。お前のために裁判を開いてくれるそうだ」
なんだ、根回し終わってるのか。それなら枕営業は不要だな。あれだろ、枕を投げ合いながら会話して、勝った方がお願いを聞いてもらえるやつ……修学旅行でやると聞いた。ちなみに運悪く、修学旅行は巨大台風で中止になった記憶しかないが。
「いつからやるの?」
「明日の朝だな。王宮の広間に準備してくれるらしいぞ。何でも国王陛下が気合い入りすぎて、裁判長をやると言い出したそうだ」
「あ、それ。不安しかないやつ」
「本心でも言うなよ? あの人は意外と繊細だからな」
レイルが笑いながら注意する。繊細な国王陛下なんていないっての。そんな面倒くさい奴が頂点に立ってる国なんか、すぐ乗っ取られるか潰され……ん? 乗っ取られ掛けてたな、そういや。
マジでメンタル弱い可能性があるので、余計な発言は慎もう。お土産に持ち込んだカレー粉は、薄味カレースープになるそうだ。美味しかったらレシピをもらって、リアに作ってやろう。
鼻歌を歌いながら、庭を横切った。前回の訪問より花が増えた気がする。迎えにきたシンと手を繋ぐのは、もう……賄賂の一環だ。北の国でのオレの扱いは、幼児だった。シン曰く、いつ誘拐されるか心配で仕方ないそうだ。まあ、オレを拉致ればすぐ国王が従うけど――誘拐できる奴がいたらの話だった。
「父上が、金の分配をすると言ってたぞ。先日から回収した金や宝飾品の中から、立て替えてもらった分を返す予定だ」
宝物庫はやはり地下だった。東の国がおかしいよな、塔の上って。壊されて落下してたけど、ほとんど残ってなかったし。過去の記憶を探りながら、宝物庫へ向かう階段を降りる。
宝物庫へ続く扉が、庭の片隅に普通にあるの……おかしくね? 外から泥棒入りまくりだけど。オレが知る知識だと、国王の寝室の書棚が隠し扉になってるパターンじゃん。これでいいのか? 今まで金がなかったから、入っても盗む物ないか。
途中で蜘蛛の巣に顔を撫でられたような不快さがあって、思わず手のひらで顔を拭った。蜘蛛の巣じゃないみたいだ。眉を寄せたオレの後ろで、ジャック、ノア、ライアン、サシャが引っかかった。
「うわっ、なんだこれ」
「通れないぞ」
騒ぐ彼らに、シンが思い出したように注意した。
「忘れていた。王族以外は通れないから、そこで待っていてくれ」
「「はぁ?」」
首を傾げるノアやサシャの横で、ジャックは逆に納得顔だった。
「普通はこういう防衛システムがあるんだよ。聖獣様が機能してる国って証拠だ」
「え?」
ジャックの説明では、東の国はすでに聖獣との絆が切れかけていたので防犯システムが働かなかったらしい。現時点できちんと機能しているのは、中央と西、北だけだろうと苦笑いした。さすがは元宰相の孫、こういう国家秘密を知る立場だったってことか。
「じゃ、悪いけど待ってて」
足元の聖獣達はコウコの領域でも関係ないらしい。ヒジリはするりと入り込み、スノーはその背中で寛ぐ。ブラウが何故か弾かれ、ムッとした顔で何度も押す姿が笑えた。肉球、めっちゃ見えてるぞ。腹を抱えて笑うオレに、マロンが恐る恐る手を伸ばして、当たり前のように抜けてきた。
「コウコの祟りだな」
『僕だけぇ?』
叫んだ後で思いついたらしく、一度影に潜ってからオレの足元に顔を出した。にやりと笑った猫の手を、見えなかったフリで踏ん付ける。何故だろう、青猫って踏みたくなるんだよな。