314.拷問じゃないよ、嫌がらせ
目の前の牢にいる奥さんの表情が強ばり、娘達に嫌悪の眼差しを向けられる。仕方ないよな、若い女性をご所望になったんだ。若い女性だぞ? ただし血縁関係にあるだけだ。美しい女性もいるぞ? あんたらの嫁だが。
『主殿、これらは処分する餌か?』
「食べたいならあげるけど」
話を振ってみる。チビドラゴンのスノーが、ぐっと体積を増した。本来の大きさには届かないが、ヒジリより大きくなった。廊下が狭く感じる。
『主様、私の食料にします』
「腹を壊すなよ」
遠回しに許可を与えるフリをする。怯えてガタガタ震える男達の中で、裏切り行為が始まった。
「お、おれは全部しゃべる! 話すから獣の餌は嫌だ!!」
「貴様、裏切る気か!」
「私は全員の名簿を持っている、それを渡すから助けてくれ」
「くそ、こうなったら……主犯は公爵だ」
素直に嘆願する者、慌てふためく者、裏切って助けを求める奴。これはあれか。裏切りのなんたら……とタイトルをつけて飾るべき?
足にまとわりつく青猫が、ぶわっと膨らむ。急に巨猫サイズになると、ほら、後ろ足でレイルの足を踏んでるぞ。オレも前足で踏まれてるけど。
『僕、こういうの鼻が効くんだけど。全員裏切ってるし、この際だから全部殺しちゃって良いと思う』
「言い分はわかるが、ひとまずサイズダウンだ。足踏んでるっての」
小さくなれと命じて、素直に従うブラウの喉を撫でた。マロンがそっと袖を掴み、一人を指さす。
『あの人、悪いこと考えてそうな顔』
「ん? アレか、よし殴れ」
号令ひとつでジャックが牢に近づく。レイルが鍵の束から1本選んで差し込んだ。よくみると記号が刻まれており、錠部分にも同じ記号が。なるほど、どの牢の鍵か一目でわかる親切設計か。逃走防止だと問題ありだけど、貴賓席みたいな牢だからありなのか?
慌てて扉から離れる彼らだが、裏切りが始まった牢内は残酷だった。名指しされた公爵を他の連中が押し出す。とばっちりを食らうのが嫌なのか、または協力したと温情を願い出る気か。どっちでも無駄だけどね。
「よっしゃ、こういう仕事なら任せろ」
がしゃんと扉が乱暴に開けられるが、誰も逃げ出そうとしない。というか、白いドラゴンが道を塞いでいた。外への通路はみっちり埋まってる。スノーは窮屈そうだが、あれ便利だな。栓を外すときは小型化すればいいわけか。
押し出された公爵の胸ぐらを掴んだジャックが大きく振りかぶり、全力で加減容赦なく拳を叩き込んだ。
『僕、いま感動してる。あれが、へぶしぃいいぃ! ってやつだよね』
「ああ、間違ってない」
ブラウと頷き合う。顔がぐしゃりと変形し、2本くらい歯が飛んでいった。さらに血が綺麗に飛沫状に飛んで、絨毯や壁を彩る。天井まで赤が散ったのは、良い仕事だった。
「反省した?」
もごもごと何か言ったが聞き取れない。後ろを振り返ると、レイルも肩をすくめているし、他の傭兵達もいい笑顔で首を横に振った。そうだよな、誰も聞き取れなかった。
「反省してないようだから、もう一発いっちゃって」
「ま、待って。私は夫のしたことを知らないけど、ここまでされるのはおかしいわ」
「うん? 夫……じゃあ夫婦一蓮托生で、今度は奥さんが受けてみる?」
汚れた拳を拭うジャックが嫌そうな顔をする。女性を殴るのは信条に合わないとか言う?
「殴るのはいいが、首が折れたら責任はキヨが取れよ?」
「ああ、そっちの心配か。問題なし、処刑が早くなっただけの話だから」
傭兵って汚れ仕事ばかりだったと聞いてたのに、変なこと言い出すと思ったんだ。にっこり笑うオレに、悪ノリしたジャックが、わざと拳をゴキゴキ言わせながら近づく。牢内の壁にぺたりと張り付いた奥方はあっさり前言撤回だった。
「わ、私は関係ないわ。あの人とは離縁するもの、そうよ。関係ないの」
「何だと!? どう言うつもりだ!」
まあ、そういうつもりだろう。としか答えられない状況だった。夫婦の一蓮托生は、あっという間に離婚騒ぎになる。周囲の奥方も同様に騒ぎ出し、娘達も母親の味方を始める。
曰く愛人をよそに作った話や、奥方が問い詰めた際に手を挙げた奴も出てきた。それらを淡々とメモするレイルがにやりと笑う。
「処刑方法は決まったか?」
「おう! ちょうど手が足りない部署があってね。そこを手伝ってもらうことにしたよ」
偉そうな公爵や侯爵の一族はまとめて、獣人国の建設現場に放り込むことに決まった。ほぼ役立たないだろうが、これは罰だからね。何しろ、先祖代々ちょろまかした利息が、まだ大量に足りない。
「あんたらがさ、王家から奪った利息のほとんどが不当利得なんだよね。分かるかな? 難しい単語でごめんね、簡単に言い直すとあんたらのお金じゃない」
『僕知ってるぅ、探偵物で観た』
ブラウが得意げに胸を張る。でも猫だけどね。まあ聖獣なので反論したら、一発殴ることにしようか。幸い誰も口を開かず……いや、ぽかんと開いたまま何も言えなかった。
「考えたこともないって顔してるけど。長い年月かけて返済した金の計算がおかしいし、そもそも貸付自体が違法だから。オレのいた世界にもあったんだよ、高利貸しから利息が返ってくるシステム」
法律相談所へ電話してね! ってやつ。オレは関係なかったけど、両親が電話相談してたな。そこそこの額が返ってきてればいいけど。
指を立てて、偉そうに講釈を垂れる。
「それから不当利得は返還義務だけじゃなくて、その期間に得られたはずの利益を利息として請求できるから、とんでもない額になる。でもって、あんたらの屋敷や財産を売り払ったと仮定して、足りないんだわ。働いて返してもらうから」
正確には不当利得は悪意の場合のみ、利息の請求ができる。だが彼らは最初から王家を騙す気だったので、当然利息分も働いて返してもらう。さらにオレが知る法律だと時効があるが……不当利得だったと知ってから何年だっけ? まあ、知ったのがつい先日なので、当然適用対象だ。
詳しい法律は専門家じゃないから知らないし、都合のいいところだけ聞き齧って適用した。だって……こいつらへの罰だからな。文句を言わせないための方便として使う法律に根拠は不要だった。
本来、王政ってこういうものだと思う。トップダウンで全部決まっていく。その王家を虐げて、好き勝手に振る舞ってきたツケはきっちり払ってもらうのがルールだ。
「くそっ、そんなの絶対に働かないからな」
「そうだ!」
言うと思った。にこにこと機嫌よく、罠に飛び込む獲物を眺める。顎に手を当てて考えるフリをした後、思いついた演技で手を打った。
「じゃあ、奴隷制度を一代限りで復活させよう。今回の不当利得騒動に絡んだ貴族は、全員奴隷にする。もちろん仕事内容は建設現場じゃなくて、危険な鉱山や……女性には口にできないようなお仕事もあるし?」
この国の貴族が、東の国から奴隷を仕入れていた過去は把握してる。彼らの先代までは奴隷が普通に使われた。知ってるよな? 彼らがどんな扱いを受けてきたか、目の前で見たんだから。
「え、あの……それはおかしい」
「おかしくないって。ちゃんと一代限りに限定するから、新たに生まれた子は孤児として教育含め面倒を見るよ。そこは安心して欲しいな。それに自分が望んだんでしょ? お金返すの嫌で働かないなら、奴隷として身を売るしかない――わかってたくせに」
自分で選んだかのような口振りで、彼らを地獄に叩き落とす。面倒だから奴隷制度なんて廃止するけどね。脅しには効果抜群だった。