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313.家族水いらずの裏側

 婚約式とその後に続く様々な儀式を堪能……というか、無理やり参加を余儀なくされた北の国の王家御一行様を送り届ける日が来た。前夜はカレーを振る舞うことになり、またスパイスと格闘したので、指先がまだ臭い。


 カレーの量産体制は早急に準備することにして、じいや経由でトミ婆さんの許可をもらえるよう頼んでおいた。その際に目配せで「甘口レシピの確認も頼む」と告げたオレに「承知しております」といい笑顔で頷くじいや。完璧に主従としての阿吽の呼吸が……この言葉はここで使えるか?


 前は日本人がオレだけだったから、間違った慣用句や諺を好き勝手に使ってきた。今後は控えることにしよう。突っ込まれると恥ずかしいし。じいやは人前だと黙ってて、後で教えてくれるけどさ。


「ヒジリ、ブラウ、スノー、マロンは同行して。コウコはごめん、リアと一緒ね」


『仕方ないわ、主人の大切な人だから守ってあげる』


 本当は北の国の聖獣はコウコだから、リアに付けるのは違う気もするけど。やっぱり護衛する以上、風呂や着替えの時も注意を払うわけで……何かあって飛び込んだときにヒジリがリアの裸を見たら、目を抉る案件だからね。


 コウコなら同性だから我慢できる。ブラウだったら全身の毛を毟っても許せないけどな。絶対にわざとやりそうだし。


『声に出さずディスられた気がするぅ』


「最近、カンが鋭くなったな。さすがは青猫だ」


『え、そう、やっぱりぃ?』


 定番のやり取りの後ろで、ぼそっとヒジリが否定した。


『頭の足りぬ奴よ』


 ディスったことを否定してないどころか、遠回しに肯定してるんだけどね。笑いながら、今回は留守番のじいやに手を振る。


「悪いけど、連絡と根回し、あとスパイス工場の予定地探しお願い」


 頼み事が多過ぎるが、じいやは笑顔で請け負った。今回の護衛はジャック班で、義家族とレイルの送迎をしたら城に三泊する予定だ。シンが一緒に寝たいと言い出し、ヴィオラが乗り、国王陛下まで立候補した。夜寝てる最中に部屋を移動するのが面倒なので、1人一泊ずつ。


「家族水いらずでゆっくり過ごしてくれ」


「うん、絶対に三泊で帰るから」


 彼らが泣いて縋っても帰る約束をして、リアと軽く抱擁した。これも婚約者なら許される特典だ。軽く頬を寄せ合う、あの欧米人がよくやってる挨拶程度だけど照れる。


 にこやかに別れ、足元に置いた魔法陣に乗ったメンバーと転移した。すぐに連絡を受けた宰相やら大臣が飛んでくるのを、義父が軽くあしらった。仕事が溜まっているのだから、ここに出迎えなど不要だ。そんな雰囲気の言い回しだけど、オレは知ってる。


 吐きそうだろ? わかる、最初の頃のオレがなったもん。だいぶ慣れたシンに促され、執務室へ逃げ込んだ。ちなみにオレの宿泊に関する順番は、言い出しっぺのシン、翌日がヴィオラ、最終日が国王である。彼らを見送った後、宰相を呼び止めた。


「ねえ、捕まえた貴族に会わせてよ。地下牢だっけ?」


 にっこり笑う子どもに、宰相は顔色を青くした。おかしい、オレの美少年スマイルゼロ円が効かぬとは……。


「おい、悪党の本性が滲んでるぞ」


「ひどいな、レイル兄様はオレを誤解してると思う」


 足元でくねるブラウの口調を真似て小首を傾げた。薄氷色の瞳を見開いた後、レイルが笑い出した。遠慮なく笑って腹筋を押さえながら、宰相に指示を出す。


「おれも行く。騎士を数人つけてくれ」


 護衛はジャック達で十分すぎるんだけど、北の国としては王族が地下牢に向かうのに護衛をつけないわけにいかない。そこは面子の問題なので仕方なかった。オレとレイル、聖獣、ジャック達、騎士と大行列で地下牢へ向かった。


 捕まった連中には悪いが、まだオレが予定してたざまぁは終わってないから――最後まで楽しんでもらわないと。


 帰ったらカレーの量産体制の準備をして、リアと街中デートの計画を練らなくてはならない。オレは意外と多忙の身なのだよ。


 階段が湿ってカビ臭いのは、地下牢のデフォだ。ジメジメ感が罪人の精神を削り、まずい食事と監視される狭い空間が心を折る。そういう地下牢しか認めないぞ、オレは。だから目の前の快適そうな地下牢に、怒りが湧いても仕方ない。


 罪を犯した高貴な方々にお留まりいただくお部屋……そう表現したらぴったりきそうな部屋だった。まず地下牢なのに水が滴ってない。おかげで湿度が低くて、クーラー効いてる感じがした。ひんやり快適だ。ジト目になりながら進むオレを案内するレイルが、肩を震わせて笑う。


 さては知ってたな? くそ、最初に言ってくれたら、普通の牢屋にぶち込ませたのに。地下牢は湿気とカビがセットなんだよ! 鉄格子がやたらお洒落な装飾付きで、葡萄の蔓が踊ってるようなデザインだ。頑張って全力で蹴飛ばしたら壊れそうな華奢な牢だった。


 まあこの辺は異世界特有の魔法強化でもしてあるんだろう、と思いたい。牢の床は絨毯が敷かれ、天蓋付きベッドが置かれていた。さすがに客間のソファはないが、テーブルと椅子は用意されている。


 あれか? 上級国民乙! みたいな反感買うぞ。ここを作ったのは誰だよ。というか、許可出したであろう義父を今夜の夕食で〆る。きっちり泣かせる。


「悪くないだろ、おれもここに入ってたんだ」


 前科者だったね、そういえば。厳密には父親の罪のとばっちりだけど。牢に入っていた事実は変わらない。ちなみに、途中から塔への幽閉に変わったので長くはいなかったと説明された。その辺の事情はどうでもいいが、この牢に定員って概念はないのか?


 ひとつの部屋に10人くらい突っ込んである。そういや罪人が多すぎて牢が足りないから、まとめて放り込んだと報告を受けたか。両側から何やら叫びながら手を出そうとする連中を横目に、一番奥の牢を目指した。偉そうな奴は奥に入れたらしい。


「この辺から公爵と侯爵だ」


 レイルが指差して肩を竦める。少し牢内が空いてきた。といっても、6人は詰め込まれている。なぜか大量の木箱と一緒だった。


「あの木箱なに?」


「ああ、何だっけ。ほら、着替えを要求されたので適当に入れた」


 サイズも種類も関係なく放り込んだため、開けた木箱の端からドレスが覗いていたりする。問題があるとすれば、この木箱がある牢内におっさんしかいないことか。


「仕方ないよ、忙しかったんだし。それに誰にでも失敗はあるさ」


「そう、失敗はよくあることだ。なのに偉そうに何だかんだ騒ぐんで、腹が立ったから飯を抜いてやった」


「ダイエットになるし、健康療法でそんなのあったぞ。問題ない」


 数回に一度飯を抜くだけ。罰としては軽いのだが、肥え太った貴族のおっさんには辛かったらしい。


「あと差し入れに侍女やら若い女を寄越せと騒ぐので、向かいに奥さんや娘さんを入れてやったぞ」


「それはすごい。親切じゃないか、レイル。オレじゃこんな配慮はできないな」


 レイルがイイ笑顔で報告するたび、オレは満面の笑みで答えた。すべて褒め言葉や肯定で締め括る。騒ぐ貴族連中が赤くなったり、青くなったり忙しいが……わかってるか? お前ら罪人だからな。


 ざまぁはこれからだ! え? まだ始まってないのかって? 閉じ込めたのは罪人だから当然で、罪を償うのはこれからだから合ってるだろ?

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