311.傭兵の王様誕生だ!
傭兵への勲章やら褒賞の支払いもあり、北の国での功績に関しても追加報酬が支払われた。ちなみに金の出所は北の王家だ。悪徳貴族が蓄財したあれこれを全部没収した形で、国庫はかつてなく潤っている。潤沢な資金の一部はオレが返済用に貸し出した個人資産なので、後で返してもらおう。
北の国の地下牢は現在満員御礼、偉い人であっても個室が与えられないほどの盛況ぶりだった。近日お伺いして、謝罪とざまぁの予定だが……まあお祭り騒ぎが落ち着いてからだな。一ヵ月以内には顔を出すので、牢屋の臭い飯を堪能して欲しい。
心が折れかけた頃、最後のトドメを差したいと口にしたところ、義父が快く頷いてくれた。義兄や義姉も反論せず、途中まで拷問……げふん、尋問しておいてくれるそうだ。悪い顔をしている? 自覚はあるから指摘は結構だ。
お茶会にジークムンドを招待したら、丁重に全力で断られた。解せぬ、仕方なくリアと一緒に出向いたら溜め息を吐かれる。いい加減失礼だぞ。オレは雇い主だっての。まあそれも数日で立場が変わると思うけど。
毒見したお茶をリアに差し出し、聖獣達もそれぞれに菓子を食べながらくつろぐ。マロンは今回主役級の扱いで、オレの隣に座った。何しろ南の聖獣だからな。今後契約するジークムンドとの関係は築いておいた方がいい。
コウコとブラウは継続の更新で落ち着いたが、東のスノーはまだ不満そうだった。どんなにごねてもオレは契約しないからな。新しく獣人の誰かと契約してくれ。
「おう、追加報酬ありがとうな。お陰で何人かは結婚資金も足りそうだ」
「そりゃよかった。合同結婚式しようぜ。お祭りにして楽しんだらいいよ」
以前にちらりと話題に出た合同結婚式の提案をすると、それはいいとリアも賛成してくれた。結婚衣装も用意して、ついでに希望する国民も募集したらいいよな。新婚さんで式を挙げてない人も招いたらどうだろう。話は一気に盛り上がる。
以前は傭兵への偏見と差別が酷かったが、最近は少し和らいだそうだ。孤児院の影響もあるが、オレが傭兵と戦争を終結させた話が広まったのだ。広めたのはどうせレイルだろう。好意的な話が広まることがおかしいんだから。普通は反対の噂も同時に広まるものだぞ。
じいやが用意した緑茶を飲みながら、ジークムンドに南の王家を継いでくれと切り出したところ、青ざめて無言になった。それから辞退を表明するが、ここに拒否権はない。
聖獣が決めたら、それが世界のルールだ。元神様の分身だし、聖獣は神様のように崇められる対象だ。名指しされたジークムンドに断る選択肢はないんだよ。そう説明したら、さらに青ざめた。
『迷惑、ですか』
しょんぼりしたマロンの呟きに、周囲が慌てる。護衛を兼ねて食堂に残ったジーク班の傭兵達が協力を申し出て、無理やり頷かせた。下手すると国がひとつなくなるからな。併合すれば南の国という区分がなくなる。だが拒否して契約が消滅すれば、大地が消えた。故郷がなくなる奴も出るわけで、必死だった。
「今後の名前としては獣人の国と傭兵の国でいいのかな」
「そのまま東と南でいいと思う」
リアがそれでいいなら、全然問題なし。それで行こう。現行が一番いいよね。混乱や呼び間違いもないし。にこにこと相槌を打つオレに、『お調子者ぉ!』と叫んだ青猫を蹴飛ばした。お調子者はお前だ。
オレに似たガキにお菓子をくれたら、お返しに国をもらってしまったジークムンドはさておき、東の国の獣人の王様も決めなければならない。まだまだ、宮殿内でスローライフは先の話になりそうだ。
「なあ、なんで俺だったんだ?」
不思議そうに尋ねるジークムンドへ、マロンは数えるように指を折って説明する。
「僕に優しくて、お菓子くれて、誠実で、筋肉がいっぱいで、ご主人様を助けてくれるからです」
片手で足りる理由だ。ジークムンドは理解できないだろうが、マロンの過去を聞いた身としては納得できる。マロンは裏切られる痛みを知っていて、切り捨てられた過去を持つ。自分は出来損ないだと思い込み、誰かを選んだり選ばれる立場にいないと言った。
なのに、ようやく契約してもいい人を見つけたのだ。それがオレの知り合いで、面倒見のいいジークムンドなんだから、反対する理由はないよな。ちょっと寂しいが、どうせ契約してもオレの隣にいるんだろ?
「ジーク、マロンは寂しがりやだから大事にしてやってくれ。弟みたいな感じで」
「あ、ああ。でも俺でいいのか?」
「うーん、違うな。ジークじゃないと嫌なんだとさ」
「国王なんて柄じゃない」
「周囲に賢い人を配置してやるから、偉そうにしてろよ」
ふふっと笑う。向いていないと自覚してれば、努力家のジークムンドは頑張るさ。その立場に相応しい振る舞いを身につけるのも、すぐだろうな。それに周囲も助けてくれる。ジークムンド班の半数以上は彼についていくから、近衛騎士くらいは結成できるじゃないか?
「あのさ、国王っていってもジークの好きにやればいいよ。口調だってこのままでいいし、オレも変える気はないし」
にやりと笑う。
「傭兵の国が、行儀良くマナー正しい国だなんて、誰も思わないさ。それでいいじゃん」
驚いた顔をした後、ジークムンドの表情が柔らかくなった。そうそう、そんな顔で賢い部下を数人顎で使ってやれよ。国は回るさ。それに傭兵ばかりの国なら、傭兵のやり方で殴り合って解決するのもありだろ。
「我が国は格式張っているが、他国に同様の振る舞いを求めたりはしないぞ。安心してくれ」
「リア、口調が皇帝陛下になってる」
くすくす笑って指摘し、慌てて口を押さえる愛らしい仕草に惚れ直す。正式な婚約者になったばかりの美少女の黒髪にキスをして、真っ赤になった彼女を抱き寄せた。
「ずいぶん見せつけるじゃねえか、ボス」
むすっとした口調のジークムンドに、実はお土産がある。というか、嫁候補だ。
「あのさ、自称才色兼備の伯爵令嬢が婚約の申し出をしてるんだけど……会ってみる?」
思い出した。筋肉フェチのパウラこと愛梨に頼まれてたんだっけ。ジークムンドかジャックを紹介してくれと言われ、ジークムンドを勧めたのは、思い出した時に目の前にいたからじゃないぞ? 忘れたわけじゃない。
「誰だ? 中央の国の貴族令嬢か?」
北の国の王族でもあったオレに尋ねるリアは、未婚の貴族令嬢リストを頭に浮かべたらしい。その中にいるよ。
「クロヴァーラ伯爵令嬢だよ」
親しくても貴族令嬢を下の名前で呼び捨てるわけにいかない。愛梨と呼ぶのも問題ありなので、家名で話を進めた。
「ああ、パウラ嬢か。彼女なら伯爵令嬢だから、ジークムンド殿の治世の手伝いも出来る」
リアの言葉に都合のいい部分があったので乗っかる。
「そうそう。パウラ嬢には兄が3人もいるし。2人は南の国の統治を手伝ってもらうのもいいと思うぞ」
「南の国が乗っ取られる心配はしないのか?」
皇帝陛下らしいリアの指摘に、オレは肩をすくめた。
「傭兵の国だぞ? 乗っ取られたと感じたら、実力で排除されるさ」
金や他の貴族家を抑えて乗っ取ったとして、この傭兵軍団が大人しく頭を下げると思うか? 答えはノーだ。乗っ取った貴族の首をへし折って取り返す。そのくらいじゃなけりゃ、傭兵団のボスなんて務まらない。
「俺らはそこまで野蛮じゃねえぞ」
「ん? でも取られたら取り返すんだろ」
「確かに」
後ろの補佐に頷かれてしまい、ジークムンド達はぽりぽりと頭を掻いて笑い出した。これで一安心だ。オレの思惑通り、各国はそれぞれ独立を保つ。現在属国になっている西の国も、王女殿下が結婚して女王に即位した時に独立する予定だった。
完璧だ! オレが望む独立した5つの国――各地の農産物や特産物は維持できる。笑顔のオレを尊敬の眼差しで見つめるリアの視線が、痛いぞ。絶対勘違いされてる……たぶん、きっと。