309.権力は人のために振るう
オレ達はここで退場となるが、この後も場所を移して様々な叙勲や任命式が続いた。そのリストを眺めながら、リアとお茶を楽しむ。ちなみに、オレと一緒に行くと主張した北の王家御一行様だが、当然ながら外交は仕事だとレイルに説教されて項垂れていた。夕食を一緒に食ってやるから泣くな。
「この薔薇の庭も久しぶり」
「本当だ。セイがいつも出歩いているから、私一人だった」
ぷくっと頬を膨らますリアに、苦笑いして謝る。両手を合わせる所作で表情を和らげた彼女は、冗談だと許してくれた。実際は事実だし、寂しかったと思う。シフェルやウルスラがいたから、心細さはなかったかも知れないけど。
『なぜ、僕に絡むのぉ』
ずるずると足を掴まれて引き摺られるブラウ。相変わらず薔薇の蔓に絡まれている。ヒジリは近づく蔓を叩き落とし、さっさと影に潜り込んだコウコは被害を免れた。だが、不思議なことにマロンは絡まれず、不思議そうに首を傾げている。抱っこしたスノーが無事なのは、マロンのおかげか?
ちなみに、オレはぱちんと結界で弾いて引っ込めさせる作戦を取った。やっぱり絡まれるんだよ。理由は分からないが、久しぶりに見かけたトカゲもどきのドラゴンも蔓を引き千切って移動するので、異世界人という括りは関係ないらしい。
「行いが悪いんじゃね?」
自分を棚に上げて笑い、セバスさんと並ぶじいやも無事なことに気づいた。なぜだ、理由がわからん。そういや、リアも襲われないんだよな。
「リア、この薔薇が襲う人と襲わない人の違いって、知ってる?」
「考えたこともない」
体質のようなものだと思って、気にしてこなかった。きょとんとした様子に、逆に納得した。あれか、蚊に食われやすい人と食われにくい人の違い。同じ場所にいても食われない人もいるもんな。
「ジャック達、今頃あたふたしてるのかな」
指でリストをなぞる。ジークムンドは南の国を改名して初代国王に決まった。というのも、聖獣のお達しなので問答無用だ。貴族が騒ごうと、国全体が消滅する可能性に比べたら、何てことない。傭兵達の大半もついていくことになり、南の国はしばらく大忙しだった。ここはジークに諦めてもらおう。
ジャックはオレの護衛隊長を蹴り、代わりにノアが就任する。ジャックは東の国から宰相の跡取りとして引き渡し要求が来てるんだが……この国で護衛隊長になった方が良かったんじゃね?
「ジャックはどうするんだろ」
せっかく4人でいいチームなのに、バランスが崩れる。それにジャックと離れるのも寂しい。頬杖を突いてそう呟くオレの頬を、リアがぷすっと押した。
「何をおかしなことを言っている? ジャックはセイのために護衛隊長を辞退したのに」
首を傾げたオレに、リアは淡々と説明し始めた。ジャックがもし中央の国の軍人となって皇族の護衛につくと、命令に従う義務を負う。それは命令があったら断れないという意味だった。東の国の要請に応じて、一軍人を派遣することも可能になるのだ。それを防ぐため、わざと契約した傭兵の地位に留まった。
正直、そんな複雑なこと考えてなかった。宰相として跡取り教育をされたからこそ、ジャックは気づいたのだろう。リアやオレの専属護衛であっても、他国の王族から要請があれば無視は出来ない。一時的な貸し出しか、事実上の返却か。ジャックはどちらも選ばず、オレや仲間の近くにいる方法を選んだ。
「……ありがとう、わかった。つまり、あれだな。ジャックの給料は3倍に引き上げておく。あと契約書も自動更新にして契約が切れないよう注意しなくちゃ」
最低限やることが見えた。オレは仲間を守らないといけない。この世界に来たばかりで右も左も分からなかったガキに、命や金を預けてくれた彼らに報いる方法はそのくらいだ。手にした権力だって、自分じゃない人のために使うのが当たり前だよな。誰かに押し上げてもらったんだから。
じいやに契約書類作成をお願いすると、再びリストに目を向ける。ライアンとサシャはノアの部下で落ち着いた。個人契約でジャックも足したら完璧だな。
ユハは中央に残ると決めたらしい。ルリとの結婚資金も弾んでやろう。元々西の王家で兵士やってたから、安定する公務員的な仕事を用意するか。個人的には、子ども好きなようなので、孤児院の護衛兼教師役をお願いしたい。
騒々しかった官舎も一気に人が減るな。転移でひょいひょい移動できないから、きっとたまに会えるだけか。
「寂しいのか?」
「うん、そうだな。この世界に来てからずっと誰かが居てくれた。これからは、リアが隣にいてくれるから平気だ」
ジャック班もじいやもいる。聖獣だってうろちょろしてるから、寂しいわけがない。シフェルと口喧嘩して、クリスティーンが苦笑いしながら仲裁して。そんな日常が始まるだけだ。
そう思うのに、ジークムンド達が南の国へ行くことを素直に喜べない。出世だし、安定してる。傭兵の地位が向上することを願ったオレのアイディアだったのに。
「実は……こっそり進めてきたのだが」
まだシフェルが口外を許可していないから、秘密だぞ。唇に指を押し当てて、微笑むリアが首を傾げる。秘密が守れるなら教えてやるぞと笑う彼女に、頷いた。
「耳を貸せ。今まで敵だった国がすべて、事実上の同盟国となる。互いの王城に魔法陣を設置する計画が上がった」
ひそひそと耳元で話すリアの声と、吹きかけられる息が擽ったくて首を竦める。首は急所だから敏感なんだよ。煽るな、危険。
「大丈夫なのか?」
王宮や宮殿の敷地内に設置予定だという。中央の宮殿は酒蔵だった地下室を使うと笑った。北は城門近くの庭に、南は王族不在でまだ決まっていない。地下迷宮を出た部屋を選んだ西、東は王宮にある塔の部屋を修繕する予定らしい。なぜか宝物庫だった塔のてっぺんだ。
対になる魔法陣を刻み、それを持って和平の協定書とする。発案者がレイルだと聞いて驚いた。くすくす笑いながら、リアは「権力は誰かを助けるための力なのだろう?」と告げる。ずっと、そうあれたらいいと思う。
頷くオレの前に、顔色を変えたレイルが飛び込んだ。なんとか食い止めようとした騎士をぶら下げ引き摺り、強引に突破したのだろう。整えた服も髪型も乱れてぐしゃぐしゃだ。王族相手なので、無茶ができない騎士の必死さが伝わる。
「キヨ、手伝ってくれ。おれの嫁が拐われた!」
「「「嫁?」」」
じいややリアとハモリながら、レイルに事情を聞く。かつて南の国で繁栄した大きな商家の娘らしい。王族の魔の手から逃すため、親は我が子を隠した。以前に南の国で探す協力を求められたのは、その子だった。実際には、入国してすぐにレイルに保護の連絡が入り、オレは用無しになったのだが。
保護して匿ったその子は、祖父や両親から受け継いだ莫大な財産と、商業ルートを持っている。誘拐されたと焦るレイルの顔色は真っ青だった。最悪、洗脳されるか殺されるか。そう聞いたら助けるしかないだろ。
「わかった。レイルの嫁ならオレの妹同然だ。助けるから、特徴を教えてくれ」
聖獣達も集まり、話を聞くが……途中でオレの表情が強ばり、最後にはチベットスナギツネだった。
大人しくてほとんど話さない。現時点で20歳になるが、牙属性なので見た目は10歳前後。レイルによく似た赤髪と、緑の瞳……もうお分かりだろう。北の国から誘拐された少女の正体はあの子で、誘拐犯は――オレ?!
「レイル、冷静に聞いてくれ。その子ならオレが……」
「キヨ様が保護なさっております」
じいやの助けの手が! そうか、攫ったじゃなくて保護したって言えばよかったのか。友情に亀裂が入ると思って、言葉を探しながら言い淀んだ隙に、じいやがファインプレイだ。
「お前が? 助かったぁ」
北の国に置いてきた仲間から連絡が入り、焦ったらしい。昨夜カレー食わせて、その後……誰に預けたっけ?