308.婚約式の前にプロポーズ
邪魔するなよ、これはフラグじゃない。万が一にも何かあったら、カミサマに報復するからな!!
八つ当たり気味に何度も脳裏で呟いておいた。今日だけは大人しくしてろ。狙撃しようもんなら体中を蜂の巣にすんぞ、おら。主賓の一人なのだが、中身は多少オラついていた。今までの不幸を鑑みると、これも致し方あるまい。うん、今の用法あってる?
緊張を解そうと脳内会議をしてみたり、カミサマに喧嘩を売ってみたりと忙しいオレは、表情をきりっと引き締めて歩き出す。ひらひらと手を振って見送る義家族は、別の入り口から入るそうだ。隣室へ移動させられたオレは、準備が整うまでここでステイとなる。犬よろしく待てを実行する。付き従うのはじいやだけ。
「キヨ様、この度はご婚約が調い誠におめでとうございます。お幸せになってください」
「ありがとう、じいや。これからもよろしくね」
こんなに優秀なじいやは手放せない。宮殿でも、セバスさんと仲良く頑張ってほしいな。そう告げるともちろんだと頷かれた。そこへシフェルがノックして一礼する。
「キヨヒト・リラエル・セイ・エミリアス・ラ・シュタインフェルト第二王子殿下、ご案内いたします」
正式名称で、勲章じゃらじゃらの騎士服で案内される。普段のシフェルが嘘みたいだ。緊張した面持ちで後ろに続き、謁見の大広間の扉を見上げる。大きな扉だ。両側に観音開きになる扉に、懐かしさを覚えた。
傭兵達に拾われて、誘拐事件で赤瞳の竜だとバレた。バズーカで本部を壊したオレはシフェルに捕獲されて、謁見をしたんだ。あの時一目惚れした美少女が、オレの正式な婚約者になろうとしている。なんだか不思議な気分だった。
「懐かしい」
「ふふっ、あの時の子どもがここまで駆け上がるとは、当時の私に教えたいですね」
シフェルが整った顔に笑みを浮かべ、オレも口角を持ち上げて笑う。どちらともなく手を出し、ぱちんとハイタッチした。
「行こう」
「かしこまりました」
立場は変わる、でも人間関係は変わらない。そう思えたから、何も切り捨てずにリアムの婚約者として隣に立とう。皇族になっても、皇帝陛下の婚約者であっても、オレはオレだ。
ゆっくり扉が開く。そのさきに美しい祭壇が用意されていた。この後はオレが入場して皇帝陛下と手を取り合い宣誓を行う。祭壇に用意された婚約の契約書類に署名すれば、終了だった。
手順を頭の中で確認し、誘導するシフェルがオレの名を高らかに読み上げるのを聞く。肩書きや地位、余計な物がごちゃごちゃと肩に乗った。それをすべて吐き出すように告げられる。
聖獣達の主人であること、竜殺しの英雄で、赤瞳の竜である事実。北の王家の第二王子、死神という有り難くない二つ名、各国を平定した実績をもつ……異世界人――それがオレがこの世界で背負ったもの。これから受け止めるのは、リアムの婚約者の地位。
歩き出したシフェルに続くオレを見送るじいやが、扉の内側に入ったところで傍に避けて頭を下げた。執事を従えるのは権力者の特権で、椿旅館のオーナーだったじいやの知名度は高い。
歩くオレの足元から黒豹が現れた。しなやかな動きの彼に続いて、ミニ赤龍がふわりと左側に舞う。白いチビドラゴンが右肩に現れ、金角馬の姿でマロンがヒジリの隣に並んだ。堂々と最後に現れた青猫は、久しぶりの巨大猫だ。聖獣が勢揃いしたことに、集まった貴族や他国の賓客がどよめく。
「聖獣すべてが揃った場で誓う。ロザリアーヌ姫、オレと結婚してくれますか?」
まだ正式なプロポーズをしていなかった。女性にとって一生に一度のチャンスで、記憶に残るものにしたい。だから膝を突いて愛を乞う。オレが持つ能力も権力も地位も、すべてリアムに帰属すると明言した。
プロポースは今日、一番大切なことだろ?
目を潤ませたリアムが微笑んで「はい」と頷く。薄化粧をした頬に、一筋の涙がこぼれ落ちた。美しいな。見惚れてしまう。彼女が差し出した指先に唇を当て、正式な婚約者として振る舞った。
今日のリアムは淡い桜色のドレスだ。先日作らせた義家族への挨拶用のドレスに手が加えられている。新しいドレスも注文したのに、これをリメイクしてくれた。その気持ちが嬉しい。オレが贈ったドレスを気に入ったという意思表示だろう?
外側に加えた透けるレースの飾りには、所々に宝石が飾られていた。薄紫や紅の石がきらきらと光を弾く。黒髪にピンクって似合うんだな。微笑んで彼女と腕を組んだ。肌も真っ白じゃなく象牙色だから、柔らかなパステルカラーがよく似合う。薄化粧も品よく、顔色良く見えるように乗せられて、肌を彩っていた。
こんな美少女が、オレの嫁になる。異世界に来て一番の幸せだ。顔を上げてもオレの目は彼女に釘付けで、促されてようやく祭壇の前に立った。すでに彼女自身に誓ったオレだが、改めて並べられた誓いに同意する。隣のリアムも同じだった。宣誓は彼女の方が先で、これは地位の高さで順番が変わるらしい。
祭壇へ続く階段を、聖獣達が思い思いに占拠する。5匹が揃うことは過去にないため、王侯貴族が目を輝かせていた。美しい透かしと飾りが施された婚約の契約書に署名する。美しい彼女の文字の隣に、やや右上がりの綴り。何度も練習した甲斐があり、それなりにサインっぽく仕上げた。
腕が疲れるまで書いたサインも、今回のためと思えば辛くないか。頬が緩んでしまうのを引き締めながら、聖獣を神に見立てて誓う。神様という宗教概念がない世界に、オレが持ち込んだ考え方だった。今後は流行るかも知れない。
そしてもう一組、書類が用意されていた。こちらも内容にさっと目を通して署名していく。今度はオレが先で、その下にリアムが書く形だった。
進み出て書類を確認した宰相ローゼンダール女侯爵ウルスラが、書類をかざした。
「ここに、北の王家の第二王子であられるキヨヒト・リラエル・セイ・エミリアス・ラ・シュタインフェルト殿下が、中央の皇族として養子縁組が成立したことを宣言する」
噛みそうな名前をすらすらと読むのは、この世界の貴族の嗜みだろうか。ウルスラが最初に掲げたのは、二枚目の書類だった。こちらは養子縁組、北の王子から中央の皇族として正式に籍を移すものだ。
「重ねて、皇帝ロザリアーヌ・ジョエル・リセ・エミリアス・ラ・コンセールジェリン陛下、皇子キヨヒト・リラエル・セイ・エミリアス・ラ・コンセールジェリン殿下、両名の婚約を宣言する。本日この時より、御二方は正式な婚約者となられた」
ここで一斉に拍手が送られた。振り返って一礼するが、皇族になったので会釈程度だ。頭のつむじが見えるほどの礼は不要になった。皇子になったことへの気負いはない。オレが重要視するのは、リアムの正式な婚約者という点だった。
「リアと呼ばせてくれる?」
リアムは亡くなった義兄の呼び名で、彼女の愛称じゃない。もう隠す必要はないから、彼女だけの愛称で呼びたかった。微笑んで囁くと、嬉しそうに頷く。彼女の黒髪に飾られた大きな髪飾りは、銀の繊細な細工に青と紫の魔石が散りばめられていた。ドレスに合わせてピンクでもいいのに、そう思いながらオレの簪も青なんだけどね。
微笑み合うオレ達に送られる拍手は途絶えず、ただただ幸せな時間に酔いしれた。