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305.なぜピンクになったし

 迎えに行ったリアムの隣で、ちょっと失礼して椅子に立つ。じいや指導の下、ちゃんと靴は脱ぎました。この辺は日本人の習性だよな。


「今日は新作! まずはピンクのマヨネーズが掛かった野菜を平らげること。その後、ご飯の上にカレーを掛けて食べることを許可する。以上、いただきます」


「「「「いただきます」」」」


 慣れた傭兵達の唱和があり、目の前に置かれたマヨ和えサラダを掻っ込む。彼らの前にカレーは置かれていない。そう、匂いだけ嗅ぎながら野菜を食べるのだ。普段からサラダの消費が少ないから、こういった駆け引きは必要だった。あれだ、親が食後のデザートを餌に苦手なピーマンを食べさせる的な感じ。ちなみにオレはピーマン平気だったぞ。


「食ったぁ! カレーだ」


 一抜けはジャックだった。カレーの味を知るジャック班の動きが早い。ノア、サシャ、ライアンの様子に、慌てたジークムンドが続いた。聖獣達は両方並べて出したが、特に問題なく食べている……いや、1匹を除いて問題ない。


「ブラウ、食い方汚い」


『僕のご飯だもん、僕の自由だ!』


 ピンクのマヨネーズ和えサラダの上にご飯を乗せ、カレーを掛けた品のない猫まんま……あ、合ってる。猫だからこれで正しかったんだ。オレが悪かった。頷いて納得することにした。


 今日の給仕係は女中さん達だ。カレーの匂いに釣られて、彼女らの分を確保することを条件に、カレーを公平に注ぐ係を頼んだ。傭兵に頼むと偏りそうだし、カレーの恨みは末代まで祟るからな。これは学校給食で、過去に経験済みだった。危険なこと、この上ない。


「なぜピンクなのでしょうか」


 じいやが不思議そうに呟く。味は普通のマヨネーズだ。卵も別に黄身が赤いわけじゃなく、普通に透明の白身と黄色い黄身だった。油はやや緑がかった透明でオリーブオイルっぽい感じだし、酢は柔らかなオレンジ系の美しい液体だ。混ぜたらピンクになる要素がないよな?


「味は平気」


 この世界の食材の色は、もう気にしないことにした。奇妙な科学変化したような色も、慣れれば食える。ピンクのマヨネーズを味見するときは、死ぬかもしれないと思ったけど。サラダの紫レタスとよく合うし。


「色が可愛い」


「そうだね」


 リアムが気に入ったならそれでいい。あのカミサマの放り込んだ世界がまともだと思う方が間違ってるし、もしかしたら日本が間違ってるのかもしれないと疑う今日この頃。


 ちなみにオレのテーブルには小鍋にカレーが用意されている。甘口予定のトマト入り、黒林檎と青蜂蜜が作り出す奇跡の激甘デザート、トミ婆さんの辛口だ。リアムは迷った末に辛口から行った。勇者だな。


 甘口になると思われる青いトマト入りカレーをよそう。大丈夫、考え方の方向性は正しいと思う。じいやもそう言った。同じく甘口予定トマトカレーを注いだじいやと視線を合わせ、頷き合う。せーので口に入れた。


「ぐっ」


「ぶはっ! げほっ、がは……」


 堪えたじいやに対し、オレはダメだった。転げ回りたいほどの痛みに涙が滲む。なんだこの激辛! トマト入れて辛いっておかしいだろ。間違えて唐辛子を入れた? いや、この世界で唐辛子は黄色、オレがカットした青いトマトと色が違う。混乱したオレは、水を作り出したコップに口をつける。


『あ……』


 何か言いた気に眉を寄せたブラウ。なあ、ブラウ、知ってるか? 辛い口に水を入れると……さらに痛みが広がるんだぜ。オレはいま知った!!


 激痛に転がるオレの横で、リアムがひょいっと残りを口に入れた。リアムが吐き出す前になんとか……シリコンの赤い鍋をイメージした器を作って差し出す。が、彼女は吐かなかった。


「美味しい……ちょっと辛くて刺激が強いけど、これ美味しい」


 感動した彼女の表情に冷や汗はなく、晴れやかだった。つまり、本気で言ってる?


「これ、がっ……けほっ、うまい?」


「どうしたんだ? 口に合わないのか。ワインしかないが」


 食卓のワインを注いだグラスを渡され、ごくり……あまり口の中の辛さは和らがない。仕方ないけど。


 滲んだ涙を拭うオレの目に、トマトカレーに群がる傭兵達が見えた。新作に興味を示したジャック、ノア、サシャは問題なく流し込んでいる。ライアンは前回と同じ辛口を普通に……飲んだ。やっぱりカレーは飲み物か。


「キヨ、様……いろいろ、考えるところはございます、が……今後の試作はお諦め、ください」


 もう付き合えない、無理。はっきり言い切ったじいやに、オレも頷くしかなかった。トミ婆さんに相談して、彼女が甘口の作り方を知らなければ諦めよう。トマト入りの激辛と毒林檎青蜂蜜のデザートカレーは、話題の種に日本人会に提出することを決めた。じいやも笑顔で賛成してくれた。そうさ、オレ達だけ酷い目に遭うのは納得できない。同じ目に遭いやがれ!


 雄叫びをあげてカレーを掻っ込む集団を横目に、小鍋からよそって幸せそうに激甘カレーを頬張るリアムをおかずに、オレは白い飯にほんの少しの辛口カレーを絡めて食べた。ドライカレーと表現したら、このオシャンティな食べ物が伝わるだろうか。ものすごく味の薄いカレー風味、でもピリピリ口が痛い系だ。


 ナシゴレンか! って勢いでかちゃかちゃかき回す姿に、ノアが手を止めて見入る。それから真似した。あっという間に周囲の傭兵達に伝播していく。食堂中からカチャカチャとスプーンの金属音が響き始めた。


 やべっ、なんかの儀式みたい。若干怖い。


「キヨ……これはいったい?」


 リアムの迎えに来たシフェルの呟きで、はっと我に返った。場の雰囲気に飲まれるって、これのことか。


「お迎えに上がりました、陛下」


「うん、ご苦労様」


 微笑んで「ごちそうさま」と挨拶したリアムが立ち上がる前に、オレは彼女の手を取ってサポートした。満足そうなシフェルの頷きに、及第点はもらえたと安堵する。じいやがさっと椅子を引かなかったら、ガタンと派手な音で倒してたと思うけど。


「キヨ、カレーという料理を騎士に振る舞わない理由を教えてください」


 あ、あいつら。自分で言えなくて、騎士団長に泣きつきやがったな?


「簡単だよ、作ってくれと言わないからだ」


 腰に手を当てて堂々と言い返した。隣でリアムも頷く。


「私もカレーを侍従らに振る舞う話が出た際に同席したが、騎士達は何も言わなかった」


 皇帝陛下のお墨付きだ。参ったか。ふふんと得意げに顎を反らした。大人げない? それで結構。リアムとの婚約前だし、まだ外見12歳の子供ですが何か?


「彼らが私に報告した内容と食い違いますね。陛下の証言があったので、もう一度精査致しましょう」


 うっわ、詳しく調べられちゃうのか。まあ軍で嘘情報を上司に報告するなんて問題行動だけど、カレーが食べたいと素直に強請れば良かったのに。シフェルに嘘を吐くくらいなら、オレだったら頭下げるけどね。うーん、軍の連中と反目しすぎるのも問題か。オレは皇帝陛下の夫になる予定だし。


 唸るオレの後ろからじいやが提案した。


「今回の件を不問にする必要はございませぬが、カレーを用意して振る舞う準備は必要かと。騎士や兵士が素直に並んでカレーを手にするなら、和解も可能と存じます」


「うん。その辺は婚約式後にしよう」


 指先でカレーのスパイスを弄り続けたせいか、どうも体中からスパイスの匂いが抜けなくて。いい匂いだよ? だけどカレー臭い男って最低じゃん。


「カレー臭い婚約式は嫌だし」


『加齢臭』


 余計な発言をした青猫を、まだカレーの残る皿に突っ込んだ。顔についたピンクのマヨネーズとカレー、目に染みるスパイスにのたうちまわり、鼻から吸い込んだらしい。激しいくしゃみで瀕死の重症に陥った聖獣を見て、ヒジリがふんと鼻を鳴らす。


『自業自得よ』


 ほんと、その通り。

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