303.傭兵回収は魔法の杖持参
カレーのレシピは、トミ婆さんと話し合ってから公開するか決めることにした。他人の功績を得意げに触れ回ったら、絶対に後で足元掬われるからな。この辺は日本の権利意識を振りかざして、しっかり確保していこう。
カレーに夢中になっている間に、婚約式が近づいてきた。あと2日なので、明日は北の国王族御一行様を回収する。つまり、残った猶予は今日しかないのだ。
「レイル、決行するぞ」
「あ? そんな大作戦じゃねえだろ。どうせひょいっと飛ぶくせに」
「そういう言い方しない。オレが非常識みたいじゃないか」
「常識に謝れ」
くそ、なんで非常識確定なんだ? 赤いピアス越しに通信したレイルは、明日の回収王族に含まれるので、今日は放置だった。彼が養ってきた孤児の一部も孤児院で引き取ることになったので、その辺の話し合いも婚約式の後で時間取れるといいんだが。
「そんじゃ、これから行くから傭兵の点呼よろしく」
最低限の用事を伝えると通信を切った。これ、便利だからいつまでも通信しそうになる。動力が魔力なので、あまり調子に乗ってると、レイルが魔力不足で吐く。ちなみに一回やってみたい気もするが、後で殺されるだろうな。
くるりと振り返り、リアムに歩み寄った。見送りに来てくれた彼女は、セバスさんと一緒だ。じいやをオレが連れていくから、帰りの護衛も兼ねて騎士が数人来ていた。人前だけど、いいよな? もう発表する婚約者なんだから。
「行ってきます、リアム」
「気をつけて」
心配していないと笑ってくれるリアムの手を持ち上げて、膝を突いた。手の甲に唇を寄せて、触れさせる。ドキドキした。
貴族階級で育ってないから、こういうキザな所作はまだ慣れない。体の動きは叩き込めば動くけど、そうじゃなくて。精神的にね、恥ずかしさが先に立つんだ。でもこの世界で生きていく覚悟をして、彼女と並んで皇帝陛下の配偶者になると決めた。
愛してる、好きだ。そんな言葉も日本なら恥ずかしいけど、この世界では当たり前で。だから小声で口にしてもう一度唇を寄せる。振り払わずに好きにさせてくれたリアムは、立ち上がったオレに抱きついた。驚きすぎて受け止めた手が震える。
「早く帰ってきてくれ」
「分かってる。傭兵を迎えにいくだけだからね」
「うん……夜は一緒に食べられるか?」
「そうだね。官舎で傭兵も一緒に、どんちゃん騒ぎしよう」
「賑やかそうだ!」
楽しそうと喜ぶリアムの後ろで、セバスさんはにこにこ笑っている。あれは本心から「陛下が幸せそうでよかった」と思ってる顔だな。
逆に苦虫を潰したような顔をしたのは、騎士だ。名前を聞き出す必要もない。じいやが無言で目に焼き付けてるから、後で確認すれば名前も家名も一瞬だ。今度、オレが勉強に使った似顔絵付き貴族年鑑をプレゼントするか。
「後でお迎えに上がりますよ、我が愛しの婚約者様」
一度言ってみたかった。貴族が出てくる異世界もので、主人公がヒロインに使った台詞。カッコいい。
コウコはしばらくリアムの専属になってもらうので、マロンとヒジリが同行する。魔力補充要員だと息巻いているマロンには悪いが、多分足りるぞ。可哀想だから足りないフリで補充してもらった方がいいだろうか。
幼い子どもの外見の影響で、どうも感覚が幼児に対するそれになるんだよ。実年齢は、絶対にオレより上だけど。
悪魔召喚魔法陣は一部を変更して、今は魔王召喚用になった。その上に乗って、魔法の杖を振る。実はファンタジー映画に憧れてるから、雰囲気を味わいたくて……ブラウとこっそり作っておいた。庭の木の枝を拝借したが、今のところバレていないはずだ。
「転移魔法陣、発動」
厨二っぽい声がけで、北の国に飛んだ。
びしっと整列した傭兵……なんているわけない。だらだらと自由解散しそうな連中が、オレの出現に慌てて寄ってきた。
「ジーク、どこ?」
「おう、こっちだ」
拳を突き上げるまでもなく、頭ひとつ大きいジークムンドは立ち上がると目立つ。さっと間が開いたので、遠慮せず通らせてもらった。ハイタッチしたが、ジークムンドの場合は頭くらいの高さなのが悔しい。こっちは目一杯背伸びしたんだぞ。
「ご苦労さん、成果はどう」
「レイルに報告したが、順調だった」
「屋敷を壊したって?」
「ああ。公爵だか侯爵だか知らんが、妨害するんでな。二つ名持ちを舐めんなよと言ったら、騎士を前面に押し出された。仕方なく叩きのめして、地下牢に放り込んだら宝の山があったのさ」
くすくす笑いながら話を聞く。なるほど、妨害して追い返すつもりが、用心棒を全員倒された。挙句に地下に隠した資産も発見されて没収の憂き目に遭ったと。なかなか楽しんだようで何よりだ。
「楽しかったろ」
「そりゃ、宝探しなんざ、子どもの頃からの夢だからな」
「わかる!」
ぱんと手を打ち鳴らして笑いあう。子どもの頃って、虹の根元に何か埋まってると信じて追いかけてみたり、庭に宝物のおもちゃを埋めたり。宝探しや宝を隠す作業に没頭した。いい思い出だが、変なところで共有できて嬉しい。
「壁を掘ってダイヤを見つけたらしいじゃん」
「あ、ボス。それならユハが見つけたんすよ」
近くにいた傭兵の声で、ユハが寄ってきた。かつて西の国の飛び地で騎士をしていた彼は、照れた様子で話す。
「あの屋敷の主人がやたら壁を気にしてるんで、俺も気になりまして。試しに突いたら大騒ぎしやがるから、壊してみたら埋め込んでありました」
途中で妙に言葉が崩れたけど、すっかり傭兵生活に馴染んだらしい。ルリだっけ? 嫁は元気か?
「ユハは結婚したんだっけ?」
「まだ、です」
金を貯めてるんですよ、と他の傭兵が教えてくれる。綺麗なドレスを着せてやりたいと言われ、そんなの幾らでもプレゼントすると笑った。他の連中が俺も! と騒ぐので、合同結婚式の話を立ち上げる。
彼女がいる連中を集めて、一緒に結婚式をするのだ。会場は官舎があるし、芝の庭にテントも張れる。その上で、料理の食材も提供して作ればいいと言ったら、一気に盛り上がった。
「ボスはこういう騒ぎが好きだな」
げらげら笑うジークムンドに、恋人はいないか尋ねたところ、顔の傷を指差してにやり。
「この傷でも平気な女なら、誰でも」
「ふーん。心当たりがあるから紹介してやるよ」
先日、リアムの侍女の一人が筋肉フェチだと判明した。顔は厳つい方がよく、傷は男の勲章らしい。もしかしたら結婚できるかもね。
「戦利品は北の王家に預けたぞ」
仕事の報告を終えたジークムンドは、オレの紹介を本気にしてないらしい。さらりと流された。リアムに夕食に侍女を伴うようお願いしなくちゃな。にやにやしながら、幸せのお裾分けを考える。
「キヨ様、余計なお節介はほどほどになさいませ」
「もちろん、ほどほどに紹介するよ」
じいやの忠告の意味も分かる。ダメだった時、期待させた分だけショックが大きいと言いたいんだろ。紹介者のオレが恨まれる可能性もあるし。相手はちゃんと選んで紹介するから安心してくれ。肩をすくめてそう話せば、じいやは穏やかな笑みで一歩引いた。
「魔法陣に乗ったら、全員手を繋いでてくれ。まれに行方不明が出る」
浮かれた連中が足や腕を忘れてこないよう、しっかり釘を刺した。足元に魔王召喚魔法陣を投げて広げると、大慌てでごつい連中が飛び乗る。隣の奴と手を繋げと言ったのに、腕組んでる奴もいるぞ。まあいいけど。
「えいっ!!」
自称魔法の杖を振って、中央の国へトンボ帰り。人数を数えなかったオレは、思いがけない者を連れ帰っていた。