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17.教育は情熱だ!!(1)

 彼らの気配がする部屋に飛び込んで、見慣れたジャック達の背中に声をかける。


「ジャック、ちょっと」


 良かった、まだだ。間に合った。そんなことを思ったオレは、現場の惨状に激しく後悔した。甘かった。すでに決行された後だ。


 どちらにしろ叱られるのは一緒なら、いまだけ見逃して欲しい。つうか、見逃せ。オレは実行犯じゃないんだから。


 Uターンしたオレの首根っこを掴んで捕まえたシフェルは、それはもうイイ笑顔だった。掴まれた首筋が冷たい。


「主がバカだと、部下も暴走するのですね」


 嫌味を口にするシフェルは、頭の上から足の先まで水浸しだった。顔がいいから、水も滴るナントヤラだが、問題は隣の美女も濡れている状況だ。


 掴まれたオレの首筋もじわじわと濡れていた。熱があって体温が高くなっているから、冷たい手は凶器のように痛い。


 床の上も水たまりが出来ていた。状況的に、何らかの魔法で水でもかけたのだろうか。


 内心で首を傾げるオレの襟を掴んだまま、シフェルは事件後に乱入したオレに尋ねる。


「それで、どうしてこうなったんですか?」


「すみません、それはオレも知りたい」


 シフェルに悪戯?しようとする部下を止めに来ただけで、何をしようとしたか。どうしてここが水浸しなのか、詳細は知らないのだ。


 素直に告げたオレの顔を見ながら、シフェルは「わかりました」とオレの襟を離してくれた。ひやっとする首を竦めながら、明らかに巻き込まれたクリスに頭を下げる。


「ごめんなさい」


 無言で旦那の様子を見ていた美女は、濡れた髪をかき上げて肩を竦めた。


「最初にやらかしたのはシフェルでしょうし、キヨが命じたわけではないでしょ」


 ウィンクつきで笑ってくれる彼女は、ある意味シフェルより大物だった。余裕のある彼女の様子に、巻き込んだジャックが申し訳なさそうにタオルを渡す。


「こちらを……」


「ありがとう」


 タオルを受け取ったクリスは、目をそらしている男性達の気遣いに苦笑いした。白いシャツとミント色のスカートは濡れると透けてしまうのだ。白い下着が透けているのは、目に毒だった。


 シフェルが空中から取り出した大きめの上着を彼女の肩にかけている。そういう紳士な行為が様になるのは美形の特権か。昔の50点なオレが渡したら「きもっ」と避けられる予感しかない。


「あ、キヨは関係ないぞ。おれ達が計画してやったんだ」


 ジャックの言い分に、オレは腰に手を当ててふんぞり返った。一応上司だし、オレが知る軍隊の上官ってこんな態度だよな?


「庇っても一緒。リアムに聞いたけど、仕返しに走ったらしいじゃん」


 リアムが言うには、異世界人であるオレについた国家予算から彼らを雇ったらしい。つまり彼らが何か仕出かせば、責任はオレに返るわけだ。


 彼らが自由な傭兵だとしても、軍に雇われて所属した以上、上下関係を無視していいわけがない。


「だって、おまえの背中!」


「あんなになるまで子供を痛めつけるなんて」


 ライアンとジャックの言葉を「ストップ」と手を挙げて遮る。


「まず、オレは子供じゃないぞ。24歳になった。背中についてはいろいろ意見があるだろうが、お前らが動くのは筋違いだ。許せなければ、オレ自身が仕返しする」


「すまん」


 とっさに謝ってしまったノアは、どうやら彼らを止めようとして止めきれなかったらしい。項垂れた彼の肩をぽんと叩いた。


「オレが上官だろ? じゃあ、素直に謝って引いてくれ」


 傭兵として一流の彼らが本気でシフェルとやり合ったら、水をかぶるくらいの被害じゃ済まない。


 このあたり一帯が火の海になってたり、銃撃戦になってないから、ちょっと嫌がらせする程度の感覚だったのだろう。


「申し訳ない」


「ごめん」


 口々に謝罪する彼らを見回し、サシャの姿がないことに気づいた。


「あれ? サシャは??」


 その言葉にジャックが青ざめた。なんか……聞かなければ良かった系の嫌な予感がビシバシします。


 聞きたくない、聞きたくないけど無視も出来ない。


「えっと……?」


「外で火矢の準備してる」


 火矢。文字通り火がついた矢のことだよな? 準備してるってことは。


「竜は火に強いから、多少脅かしても平気だと思ったんだよ」


 頭を抱えるジャックの呟きに、オレは溜め息を吐いた。


 冗談だろ。なんだ、その危険な発想。人間に火をつけたら耐性がどうの、って問題じゃ……?


「もしかして」


 そこで嫌すぎる作戦を思いついてしまい、言葉を切る。


「あなたが想像した作戦を説明してください。今日の復習にちょうどいい」


 しっかり追い詰めにかかるシフェルに頷き、予想外に子供っぽい作戦を口にした。


「火矢の準備、水びたしの室内、シフェルが竜で、火に耐性がある」


 指折りしながら、ヒントを上げていく。興味深そうに腕を組んで待つシフェルが、タオルで髪を丁寧に拭くクリスに肩を竦めた。


 彼らはとうに気づいていたらしい。


「ジャック達は囮で、シフェルに可燃性の液体をかける。外に飛び出した彼に火矢を射かける。多少の火傷はするけど、シフェルは竜で火に耐性があるから大きなケガはしない。仕返し終了、かな」


 当初の嫌がらせはそれで間違いない。だが予想外の事態が発生して、予定は変更された。


「だけどシフェルに液体をかけた直後、隣のクリスに気づいた。無関係のクリスに火傷を負わせるのは気が引けて、かける液体を水にしたか。かけた直後に気づいて水に変換したか……」


「すごいな! キヨ、大当たりだ」


 喜んでる場合じゃないぞ、ライアン。シフェルのイイ笑顔が黒くなってきた。上司としてここはオレが頭を下げて……許してもらえるだろうか。


「ごめん、シフェル。迷惑をかけた」


「おや? 背中の傷は良いのですか」


 意地悪な言い方をしているが、傷を知って気にかけるあたりがシフェルらしい。悪者になりきれないのだ。本当に悪い奴なら傷の話なんかしないで、オレを一方的に責められる立場なのだから。


 水浸しの室内は少し寒い。背筋がぞくぞくするのは足元が冷えただけじゃなく、熱が上がったのだろう。

早めに引き上げないと、また醜態(しゅうたい)(さら)しそうだ。


「あれは授業の結果。早朝の訓練でしたケガと同じだろ」


「なるほど。陛下から何か聞きましたね」


 勘のよさも健在のシフェルに肩をすくめて正否を避けた。


「ほら、ジャックも」


「「「すみません」」」


 全員潔く頭を下げる。素直な様子に何を思ったか、シフェルはブロンズ色の髪を無造作にかき上げた。ぽたりと水滴が床の絨毯に吸い込まれる。


「謝罪を受け入れます。それよりキヨは身体が辛いでしょう」


 シフェルの指摘に、ジャックとライアンが心配そうに覗き込む。身長差があるせいで屈む形になるのが(しゃく)だが、こればかりは仕方ない。


「怠いかも」


 ここで見栄を張っても意味がないので、体調不良はしっかり報告しておく。あたふたしたジャックが「大丈夫か?」と太い腕で抱きかかえた。お姫様抱っこじゃなくて良かった。肩にあごを乗せて縦抱っこされながら、安堵の息をつく。


「「「失礼します」」」


 ばっちり敬礼して部屋を出る傭兵3人に、オレは声に出さず心の中で呟いた。

 

 ――しばらく、こいつらはシフェルに頭上がらねぇな。シフェル最強伝説じゃね?

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