300.カレーは飲み物だぁ!!(2)
お供え感覚で、まずは聖獣の前にカレーを並べる。カレーライスだが、お椀を使ってチャーハン風にしたご飯の上にカレーをドバッと掛けた。聖獣は獣食いするからな。味が満遍なく染みてる方がいいだろう。
オレの渾身の作である熊っぽい何かの形をした白米に、布団風にチーズを乗せて、そっとカレーを流し入れた。これはオレとリアム、じいや用だ。傭兵達には丁重にお断りされた。くそっ、微妙な形をしてるのを押し付けようと思ったのに。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
声を揃えて挨拶し、一斉にスプーンを入れる傭兵。食べた後、かっと目を見開く聖獣! そしてリアムはどこから食べようか困っていた。
「どこから食べよう」
「頭は?」
「最後まで残したい」
「じゃあ、足か腹かな」
手は上に乗せた形なので、腹を真っ二つか足を切り落とすか。そう表現すると途端に残酷だな。明日はチャーハン風で統一しよう。うん。オムライスにかけても美味しそう。お昼はそれがいいかな?
カレーの懐かしい香りに誘われて口に入れる。日本で食べたのより香りが強くて、ぶわっと口の中で広がり……爆発した。
「ぐっ、げほっ……なんだ? めちゃくちゃ痛い」
「辛すぎたようですね」
冷や汗を拭きながらじいやが指摘する。辛すぎて痛いのか! あ、リアムを守らないと――焦って振り返った先で、リアムはけろっとしていた。足部分の米をざっくり削いで、たっぷりカレーを乗せてぱくり。嬉しそうに頬を赤く染める。
顔を上げた先で、傭兵達も平然と流し込んでいた。マナーも作法もない。かき混ぜて一気に口をつけて流し込む。あ、これ、足りないやつだ。倍くらい作ればよかった。がたんと椅子を揺らして立ったライアンが山盛りにお代わりし、慌てたジャックが喉に詰まらせて暴れる。ノアが無理やり水を流し込んで、そのままお代わりに立った。
サシャはノアの後ろに並び、その後ろで目を輝かせるコウコが器を持って続く。聖獣は香辛料平気なんだ? 人間の食べ物が平気なのはわかるが、豹もカレーとか問題ないの?
マロンとスノーはお子様舌らしく、はふはふ言いながらも食べている。美味しいけど、熱くて辛い。といったところか。じいやがまさかの戦法に出た。米だけ追加だ。それは卑怯だぞ。我慢しようとしたが無理で、じいやの卑怯な戦法をそっくりパクった。
「じいや、辛味の原因スパイスって分かる?」
「残念ですが、わかりかねます」
だよな。いくら優秀な執事で日本旅館のオーナーでも、カレーの知識は専門外だ。それもスパイスだから……料理長あたりに相談してみようか。カレー粉を提供する代わりに、どのスパイスが辛いのか教えてもらおう。
明日への対策を練りながら見つめる先で、ざらぁと皿から流し込んだカレーを飲む青猫が叫んだ。
『カレーは飲み物だぁ!』
「それは前にも聞いた」
どっかのアニメに出てきた看板だろ? 現実にそういう看板があるとテレビで観た気もする。ところでブラウ、お前、鼻血出てるぞ。実は辛いの苦手だろ。
リアムは上品に、だが着々と熊型の米を解体して「ごちそうさま」と笑う。この笑顔が見られたならいいか。辛口も悪くないよな、でも絶対に甘口カレーも作ってやる。
リアムが気に入ったので、料理長にレシピを伝授することになった。もちろん、カレー粉はこちらで調合する。いっそトミ婆さんとアルベルトに頼んでみようか。すり潰す作業は孤児の仕事斡旋に使えるな。各スパイスごとにすり潰してもらって、最後のカレー粉製作だけアルベルトこと海斗に頼もう。
今日の夕飯は好評だったが、量は足りなかったらしい。まだ食べられると豪語するジャック達に、明日のお昼に出すからと納得してもらった。流し込んだから実感がないんだろうけど、普通に2人前食ってるからな? 足りないはないだろう。サラダ残しやがって。次からサラダを食わないとカレーは与えない方式でいく。
リアムを無事に部屋に送り届け、セバスと明日のカレー昼食会の参加者数打ち合わせた。151人って……上級使用人がほぼ全員じゃないか? かなり絞ってこの人数だとお願いされたら、減らせとも言えない。
辛さの調整ができてないが、中央の国の人はスパイスの辛味は平気らしいので無視。大量に作ってやんよ。笑顔で約束して官舎に戻り、じいやと聖獣総出でスパイスを砕いてすり潰した。
早朝訓練で飛び込んだジャックが、振り返ったオレに銃口を突きつけられ両手を挙げる。一瞬で降参だった。部屋の中に舞うスパイスで、サシャが咳き込む。ノアが咄嗟に口と鼻を布で覆ったが、目に染みて涙ぐんだ。
やや隈が出来たオレの目は座り、ぼろぼろ涙が出て赤く目元が腫れていた。途中までは順調だったのに、最後の最後でくしゃみをしたブラウのせいで、全員が目元を腫らした。
青猫? オレの足の下で土下座中だが、なにか?!
『主ぃ、わざとじゃない。わざとじゃ』
「わざとだったら、その尻尾引き抜いてるわっ!」
過失だったから踏み付けと土下座で許してやったんだぞ。ヒジリなんて黒豹パンチでブラウを叩きのめし、コウコが締め落とした後だけどな。スノーは果物を取りに留守だったので無傷、人化して作業中で被害が大きすぎたマロンはまだ泣いていた。
「まだ目が痛い」
「徹夜だったのか?」
訓練中止を告げるジャックに従い、ライアンが合流して顔を顰めた。スパイスの匂いがやはり気になるらしい。でも食ってたけどな、がっつり食ったけどな! 二度言っておく。
「徹夜だった。じいやは撃沈して、そこにいる」
先程、肩が痛くて動けなくなるまで頑張ったじいやが殉職した。いや、表現が悪かったです。治癒した上で休んでもらった。魔法で粉砕した後、香りを出すために摺る作業が意外と辛い。何か新しい便利な道具……石臼? 構造がわからんな。石同士が擦り合うのは理屈としてわかるんだが、どうやって外に出てくるんだ? 人力だと大変だし。
孤児に作業させようと思ったけど、もしかしたら危険手当が必要な仕事かも知れない。慎重に判断しよう。
『主殿、くしゃみが……っ』
「我慢だ!」
咄嗟に布巾でヒジリの顔を覆う。さっき台を拭いたやつだが許して欲しい。今、スパイスが飛んだら大惨事なんだ。オレの踏み出した足がにじった青猫も大惨事だった。
『ぐぎゃぁ、腹ぁ!!』
「あ、ごめん」
悶える猫を撫でてやり、立ち上がると手を洗った。獣に触ったんだから当然だよな。
『主ぃ、……僕は、汚く、な、ぃ』
ダイイングメッセージみたいになってるぞ? 呻きながら訴える青猫に、けろりと返した。
「何言ってんだ。人間同士だって髪に触ったら、料理の前に手を洗うんだよ。それより朝食はノア達に任せていいか? これから調合なんだ」
すでに極秘の薬扱いのカレー粉レシピの重要性に気づいて、ノアが頷いた。
「任せろ、向こう半分を借りるぞ」
「頼む」
以前と違い、傭兵の地位が向上しつつあるため、官舎に材料はふんだんに用意される。皇帝陛下の婚約者も住んでるし、厨房の連中とオレは仲がいい。傭兵を見下すのは貴族、騎士、兵士だろうか。軍属以外の使用人達は、徐々に意識が変わってきていた。
「この間に極秘調合を開始する」
オペの執刀くらいの厳かな口調で、スパイスを慎重に計量し始めた。まだ辛味スパイスは判明していない。今日の昼食も、激辛カレー確定だった。