299.人身売買じゃねえぞ
リアムの希望で一緒に魔力量を測りに来たが、なんと計測器が壊れた。先に測ったオレのせいで、彼女の計測は出来ない。まあ特に増えた感じもしないらしいので、問題ないのかな。
「高額な機械なのに」
「いや、ごめんて」
悪気はなくて、転移くらいの感じで魔力流してみてと言われて従ったら、ぼんと音がして煙が出た。あたふたする魔術師の前で、木っ端微塵に散る。ちなみに煙が出た時点で危険を感じ、計測機を結界で覆ったため人的被害はゼロだった。
「聖獣5匹と契約したから、増えすぎてるのかも」
ぽりぽりと頬をかきながら言い訳したオレの後ろで、リアムがぽんと手を叩いた。
「性能を上げた計測機を作らせよう。だがセイの計測は禁止する」
皇帝陛下らしい解決方法だ。国庫から必要経費を捻出して損害を補填するが、また壊されることを見越して計測禁止を申し渡す。もう完璧だった。惚れた欲目を引いても、文句の付けようがない大岡裁き!!
「じいや、大岡裁きって感じじゃない?」
じいやは絶対に時代劇を理解してくれる。そう信じて話を振るとにやりと笑ってくれた。そうですなと小声で同意する。ぐっと拳を握ったら、その拳をリアムに解かれた。当たり前のように手を繋ごうとする婚約者が可愛くて仕方ない件について……誰かと熱く語り合いたい。
北の王家を回収するのは8日後、一応滞在期間を最低限にするため、前日のお迎えだった。その前に連絡をとって、ジークムンド達を回収しないと。それにマロンと合わせて契約しないと南の国の国王不在になってしまう。
あのゴツい熊みたいな国王が誕生したら、強面も手伝って誰も喧嘩売らないだろう。いい奴だし、部下の面倒見もいい。公平という言葉を理解してるから、実務は問題なさそうだ。ウルスラに文官を紹介して貰えば、宰相に据えて補佐してもらえるな。レイルの組織にもいい子がいないか、聞いてみるか。王宮への就職なら優良な職場だし、何人か紹介してもらえそうだった。
「セイ、明日は何をするんだ?」
オレがずっと留守にしてたから、毎日一緒にいると宣言したリアムは午前中に書類処理や謁見を済ませる。午後はそっくり空けていた。
「孤児院の様子を見に行く。一緒に行こう」
「親のいない子どもなら、私と一緒だ」
「全然違うぞ。だってリアムには、婚約者がいるからな」
くすくす笑って頬を突くと、すぐにリアムも笑った。やだ、何この幸せ。誰かに自慢したいんですけど。見回しても自慢できる奴がいない。魔術師達は壊れた部品回収に忙しいし、ヴィヴィアンは新しい測定器の開発に意欲を見せていた。じいやは曖昧な笑みで、孫を見守るような穏やかさを纏う。
『主殿は孤児を集めて何をするのか』
「まず飯を与えて太らせる。眠る部屋を用意して管理し、小綺麗に洗った服を着せて勉強させる。そして最後に……」
食うんだ。そんな単語が続きそうだろ。
意味ありげに言葉を切って、にやりと悪い笑い方をした。黒豹の金瞳がきらりと輝く。見開いた瞳孔と見つめ合いながら、続きを教えてやった。
「どこかへ就職を斡旋する」
『人身売買か?』
「どこでそんな単語を覚えた? ブラウなら〆るとして……文字が書けて計算ができれば、大抵の店は雇ってくれる。それも皇帝陛下の婚約者が作った施設の出身者だぞ。取り合いになると思うけどね」
まだ最初に入れた子ども達は10人程。徐々に増やしていくし、上の子は下の子の面倒を見させる。システムが出来上がれば、管理する大人の数は増やさなくても対応できる予定だ。
「セイは凄い。そんな未来まで考えているのだな」
感心するリアムに、オレは少し情けない気持ちになる。日本での知識を利用しただけ、オレが考えた訳じゃないんだ。
「これは日本という異世界の知識だ。オレの発案じゃないから、日本式孤児院だよ」
謙遜するというより、自虐的に発した言葉に、リアムは首を横に振った。黒髪がサラサラと揺れる。
「そうじゃない。知っていても実行しない者がほとんどだ。セイは行動を起こして子どもを救うのだから、誇っていい」
リアムの言葉に胸が詰まって、鼻がつんとした。やばい、涙が出そうだけどカッコ悪いので瞬きで誤魔化す。
「う、ん。リアムがそう言うなら」
中途半端な知識を持ち込んで、なんとか生き残ってきた。苦労もしたし死にかけたけど、頑張ってよかった。頬擦りする黒豹に押されて、いつの間にか現れたコウコに巻きつかれ、マロンがしがみ付く。スノーが肩に乗ったところまでは感動のシーンだったが……頭の上に降ってきた青猫の存在で台無しだ。
「こら、ブラウ! 頭に乗るんじゃねえ」
「キヨ様、お言葉が乱れておりますぞ」
「すんません」
なぜオレが叱られなきゃならないんだ。むっと唇を尖らせた。しかも謝り方が不十分で、さらに説教される。くすくす笑いながら見守るリアムの手の温かさが嬉しくて、叱られながら頬が緩んだ。
「今夜はオレが作るから、官舎で食べよう」
「わかった。ワンピースでいいか?」
「先日買ってた薄緑のワンピース可愛かった。あれがいいな」
簡素な服装でいいかと尋ねるリアムに、愛らしいワンピース姿を強請る。どんな服を着てもオレの彼女は最高だが、買ったばかりの服を着る機会を作るのは婚約者の役割だろ。着た姿を褒めたいし、じっくり見たい。他の傭兵連中が帰ってくる前が、最高のタイミングなんだよ。
「わかった」
照れるとぶっきらぼうになる。可愛いなと心で呟いたつもりが、声に出ていた。真っ赤になったリアムに「もう!」とよくわからない抗議をされる。リア充万歳!!
一度別れて官舎に戻り、入手したスパイスを眺める。これをいい具合に混ぜたらカレーが出来るはず。問題は比率だった。カレー粉ってさ、ルーで売ってるじゃん。カルダモンがどうとか、ターメリックが何割とか。考えたことある? ないよな。普通の日本人でそんなこと知ってる奴の方がすくないわけ。異世界に来ていきなりカレー披露するのは、すごい高度なテクニックだった。
「じいや、カレー作れる?」
「ルーがなければ厳しいですな」
「だよね」
唸るオレは、日本人会から取り寄せた手紙を開封して確認した。女子高生だったパウラは現在、伯爵令嬢で……当然ながら料理の経験はない。クッキーとケーキは作れるらしい。ケーキは教わろう。
鍛冶屋のハンヌは35歳で死んで転生だが、料理は嫁さんに任せてたとか。羨まけしからん。日本でミュージシャンを目指してた解放奴隷のアルベルトも、ルーがあれば作れるそうだ。そんなのオレでも出来る、と思う。
最後の一枚はトミ婆さんだ。元フランス人の彼女は、インドを植民地にしてたイギリスじゃあるまいし。スパイスの粉の調合なんて……知ってた!?
「嘘、すげぇ、トミ婆さんのレシピ使えるぞ」
「ほう、カレーのスパイス調合ですか」
じいやも興味を持ってくれた。あれこれと調味料をすべて並べ、足りないものを厨房からゲットする。何しろ皇帝陛下に献上する料理なので、の一言で大抵の食材は手に入るのだ。しかもナンの作り方まで載っていた。
どうやら前世でよく作っていたらしい。ありがたやと手紙を拝んでから、じいやと手分けして準備する。急がないと煮込む時間が足りなく? あ、魔法でなんとかするか。
「ブラウ、野菜のカット。コウコ、煮たったら弱火で。マロンは……スパイスすり潰す手伝い。スノー、食後の果物よろしく」
それぞれに言いつけて、足元で尻尾を振る黒豹を撫でる。彼はすでに己の役目を果たしていた。兎肉の調達である。邪魔な角や毛皮を含め、ノアに捌いてもらっている。
あれ? うちの厨房スタッフ有能すぎね?
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小説 綾雅
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