298.女性に押し倒されかけた
北の国でさくっと予定を決めて、数時間の滞在で戻った。魔力量は枯渇する様子はなく、帰ってくるなりヴィヴィアンに捕獲される。というと語弊があるか。正確にはヴィヴィアン率いる、宮廷魔術師御一行様だった。魔力封じだという紐で縛られ、引きずられていく。
封じられてる気がしないんだが、ここは指摘しないでおこう。余計なことを言うと、拘束が長くなる予感がした。こういう勘はよく当たるんだ。連れて行かれた部屋で、ヴィヴィアンに迫られた。
「キヨ、お願いがあるの。聞いてくれるわよね?」
「内容による」
そろそろ、じいやがオレを探し始める時間かな。北の国を出るときに連絡入れたのに、まだ官舎につかないから動き出すと思う。今日もリアムと夕食を共にする約束だし、明日から婚約式に着用する服の打ち合わせがあるんだよ。早く帰らないと……。
コンコン、ノックの音が響いた。びくりと扉を振り返る宮廷魔術師の様子から、ここに誰かが訪ねてくる予定はなかったらしい。
「どうぞ」
勝手にオレが応答する。ヴィヴィアンが「ちょっと!」と声を上げるが、もう遅い。
「失礼いたします。こちらにお邪魔しております、主君の迎えに参りました」
にっこりと礼儀正しく一礼するじいや、硬直する面々、ひらりと手を振るオレ。そのまま許可を得ずに入ってきたじいやが、オレの首にかかった紐をぷちんと切った。風の魔法だ。すげぇ、チートなしって言ったくせに普通に魔法使ってんじゃん。隠し技か? 出来る執事は、やっぱりチート付きでなくちゃ。
「キヨ様、夕食のお時間が迫っております。お急ぎください」
「あ、うん。行く」
扉まで来たとき、ヴィヴィアンの声が背にかかる。振り返って、にっこり笑った。
「まだ話が終わってないわ!」
「夕食後にしてよ、愛しい皇帝陛下をお待たせできないから」
ぐっと押し黙った彼女の脳裏に浮かぶのは、おそらく兄の存在だろう。シフェルに逆らい、皇帝陛下との時間を邪魔するほど彼女は愚かじゃない。研究熱心な魔術師だから、オレの魔法か魔力に興味があるんだと思う。ある程度は協力するつもりだった。リアムと暮らす国が魔法で豊かになり、安全になるなら公開する。でも結界のように軍に転用できる魔法は教えない予定だった。
よくチートなラノベで、なんでもかんでも無自覚に公開する馬鹿がいるだろ。あれ、ご都合主義の主人公だから許されるわけ。現実でやったら、教えた技術を自分に向けられるし、最悪は口封じと称して殺されるか、監禁だった。国単位でやられたら、逃げ場がなくなるぞ。まあ、オレは聖獣がいるからな。最悪のパターンでも、リアムと逃げて国を作るけど。
「夜遅くてもいいから、魔力量だけ測らせてよ」
「拉致らないで最初にそう言えばいいのに。そのくらいならいいよ」
あっさり許可を出すと、魔術師達は唖然として顔を見合わせた。もしかしてプライバシー侵害になるから気を遣ってくれてたの? 普通は嫌がる案件らしい。オレの場合、逆に興味があるんだ。自分がどれだけ使えるのか、限界がまだ見えないから。
ぽんぽんと転移を連発するので、宮廷魔術師の興味を引いたのは間違いない。測る方法があるなら、一度経験してみるのも楽しそうだ。
「い、いいの?」
「いいよ。ダメな理由はないもん」
「キヨ様、お言葉が幼稚です。あとお時間がありません」
じいやは末尾が「もん」は許せないらしい。ごめん、次から気をつける。時間がないと懐中時計を示され、慌てて廊下を歩き始めた。宮廷魔術師が使ってた部屋って、宮殿内の奥深い場所にあるんだな。約束には間に合いそうだ。
「リアム、お待たせ……っ?」
扉を開けるなり飛びついたリアムを受け止め、後ろに転がりかけたところをヒジリに支えられた。頭をぶつけないよう、じいやの手も添えられている。のけぞったオレが尻餅をつくと、リアムがその上に座った。
「ん゛……リアム、どうしたの?」
半泣きでしがみつかれたら、転がって頭を打つところだったなんて、どうでもいい話だ。オレの軽い頭なんてぶつけても何も出ないだろうし。心配で見上げたリアムが、ずずっと鼻を啜った。
「セイが浮気した」
「はい!? してないぞ」
「ヴィヴィアンと抱き合ったと聞いた」
「情報が間違ってるよ。抱き合ったんじゃなくて、捕獲されたの。それに密着度で言ったら、今のリアムの方が、その……よほど近いよ」
照れてしまう。彼女いない歴が年齢で死亡した24歳ニートだぞ。尻餅ついたオレの太腿に、がっちり両足ホールドで乗っかる美少女。黒髪と青い目が美しいリアムが涙目のサービスだ。俗な表現で悪いが、息子がおっきしそうだし、柔らかな尻の感触が堪らない。手を伸ばして撫で回したいし、もみほぐしたいが我慢だ。
痴漢行為だからな。ここで人生棒に振ることは出来ない。ぐっと堪えて握りしめた拳を、じいやから見える場所まで突き上げる。よく我慢しましたと言わんばかりの、じいやの撫で撫でがオレの髪を乱した。
「浮気しないか?」
「リアムがいて、誰に浮気するの。オレの気持ちも愛も心も、すべてリアムのものだよ。独占してるのに、まだ心配なのか」
漫画で覚えたキザな言い回しを使ってみる。ぽっと頬を赤らめたリアムは、オレの肩に手をついて降りた。それから差し伸べられた手を受けて、身を起こす。ここで彼女の手を当てにして引っ張ったら転ぶので、鍛えた腹筋に頑張ってもらった。
「食事だよね、明日は衣装の打ち合わせだと聞いてるけど」
「これからは可能な限り一緒に食べたい」
「オレも」
甘い雰囲気でつい唇を寄せたら、ぶちゅっと何か違う物に唇を押さえられた。閉じた目を開いたオレが見たのは、シフェルの手だ。リアムとオレの顔の間に差し出されていた。相変わらず邪魔は絶妙なタイミング……ん?
「どうしてシフェルが」
「一緒に食べてくれると言うので、誘ってみた」
今までは一人だったので、賑やかな食卓に憧れると笑う彼女に、オレは曖昧に微笑んで頷く。否定できねえ。オレだけいればいいじゃん、と言える状況じゃなかった。
「そういや業務連絡な、北の国は王族3人、レイルもいるから4人か。全員出席で準備してくれ」
「留守は?」
「宰相に任せる。転移で連れてくるから。あと傭兵に振る舞う料理と食材もだ。前回みたいに傭兵を差別したら、クーデター起こすぞ」
きっちりシフェルを脅しておく。複雑そうな顔をしたものの、個人的な感情では納得したらしい。シフェルは公爵家の次男で、ある意味貴族の見本みたいな奴だった。礼儀正しく公正で部下や上司の信頼も厚く、融通が効かない。徐々に崩れて、今ではこんなだけど。
傭兵の扱いについては、他の貴族と大差なかった。契約をすれば裏切らないから使える手足、危険な場所を任せて切り捨てられる存在。その程度の認識だった。オレが傭兵を手足として使うのは、ジャック達がオレを育てたからだ。この世界にいるキヨは、異世界転移した時に生まれ変わった。過去のオレとは別人で、その人格形成に大きく関わり、命を守り、保護したのが傭兵だ。
一宿一飯以上の恩義があるのに、見捨てる選択肢はない。オレが偉くなったから、上品な貴族とだけ付き合う必要はないだろ。心を許せる友人を贔屓するのは人間らしくていいんじゃないか。
「この国はまだキヨに追いついていない。いずれ、キヨの考え方が広まれば良くなる」
リアムが硬い口調で噛み締めるように口にした。シリアスなところ悪いけど、腹が空いた。
「リアム、難しい話は後にして飯食わないか?」
ぐぅと情けない音を立てた腹を撫でると、皆の表情が和らいだ。オレの腹の虫、いい仕事したぜ。