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297.準備早くね?

 微笑みすぎて頬が痛い。初めての経験かも知れないな。顔の筋肉がとにかく痛い。ジャック班の4人と早朝訓練をこなしながら、隙を見て頬をほぐした。


 そう、お分かりだろう。オレはリアムの部屋に泊めてもらえなかった。泊まりたいが、暴走しないのかと問われたら微妙だ。嬉しすぎて抱きついた勢いで押し倒さないか、自信がなかった。だからシフェルが「絶対に許しません」とお泊まり禁止を言い渡したとき、大変申し訳ないが安心したんだよな。


 リアムは膨れっ面だった。可愛かったので指先で突いたけど……思い出しニヤリをしながら、飛んできた銃弾を結界で弾いた。


「キヨ、反則だ」


「結界はずるい!」


 ライフルで狙撃したライアンの指摘に続いて、サシャにも叱られた。訓練なのに結界を使ってしまったら、危険察知能力や魔力感知が錆び付いてしまう。


「ごめん」


 つい弾いちゃった……そんな言い訳が口をついたオレに、見守っていたじいやが溜め息を吐いた。


「今の攻撃は油断して結界で受けた形とお見受けしましたので、キヨ様の負けです」


 勝敗判定が出たことで、お開きとなる。負けたオレは大量の部屋掃除と食事当番が言い渡された。別に大した罰じゃないし、普段から傭兵達はこのルールが適用されている。干し肉とミルクの朝食は嫌なので、手早く卵と薄切り肉を焼き始めた。


「キヨ様、ベーコンのご用意が可能です」


「は?」


「ですから、ベーコンのご用意が」


 じいやの思いがけない言葉に食いつく。今、手元にない食材だ。慌てて収納から取り出した調味料や食材の見本を提示した。


「何と交換してくれる?」


「……黒酢は興味があります」


 この世界に来てから基本の、物々交換を行う。ベーコン20枚と黒酢1本だ。焼いた薄切り肉はこのまま食べるとして、ベーコンも焼き始めた。良い匂いが漂う。


「おはよう、セイ。朝食か?」


「おはようさん、リアム。一緒にどう?」


 頷く彼女のために、大急ぎで卵を追加する。ノアが丁寧に盛り付けを始めたので、サラダ用の野菜を机に置いた。お互いに真っ赤な顔をしているのは、許して欲しい。プロポーズの翌朝だから照れるんだよ。


「ブラウ、カット」


『僕は食品カッターじゃないのに』


 文句を言いながらも薄切りの野菜を作るブラウの口に、熱々のベーコンを押し込んだ。きらんと目が輝く。ご褒美があるから頑張れと匂わせたせいか、スノーが果物を引き摺り出した。貴重なキベリだ。何度見ても、木の枝にぶら下がる大量の芋虫だが、間違いなく美味い。


『あの、私も……直接……あーん』


 口を開けて照れながら待つチビドラゴンに、ベーコンを突っ込む。しらばっくれて並んだマロンにも。以前ならこういうシーンを羨ましそうに見ているだけだったから、ポニー姿でそっと並ぶ様子は可愛い。許せてしまった。


『もう、男共はこれだからダメなのよ。そうは思わない?』


 リアムに同意を求めるコウコは、机の上でとぐろを巻いていた。苦笑いして頷くリアムの足元で、黒豹がちらちらとこちらを伺っている。聖獣の分も目玉焼きを追加して、オレはようやく調理を終えた。パンを並べて、スープを注ぐ。いただきますの挨拶をして、食べ始めた。


「結婚式だが、もう準備に入るそうだ。希望があれば聞いておいて欲しいと、ウルスラが……」


 照れるリアムに、反射的に微笑み返したオレの喉にベーコンが刺さる。かりっかりに焼いたベーコンの端が詰まった。咳き込んで飲み込み、涙目でリアムを見る。


「え? 準備始めるの?」


「婚約式は10日後に決まった。まず婚約を知らしめて、その際に私が女性だったと公表するらしい」


 話をしっかり聞いて、ニヤつくジャック達を睨んでから考え込んだ。それって参加する人達、間に合うのか? ジークムンドはいずれ南の国王になるから参加して欲しいし、でも北の国で貴族の回収中だ。いざとなったら、転移で1日だけ借りてくるか。


 頭の中で目まぐるしく算段をつけながら、オレはリアムの口に半熟の黄身が挟まったパンを差し出した。彼女が齧ったパンの残りを食べながら、聖獣達の器にスープを足す。簡単ポタージュは、実は料理長から分けてもらった。これは収納を使える人間の裏技だな。


 珍しい調味料と使い方を提供する代わりに、多めに作った食事を分けてもらった。これまた物々交換だ。今のオレは北の国で使った金貨がないので、貧乏まっしぐら。現金がない。ジークムンド達の給与は、国の異世界人予算から出るから問題ないけど、オレの個人的な支出は不可能だった。ほぼ無一文なのだ。


「午前中は謁見の仕事があるが、午後は時間が取れる。お茶をしないか?」


 可愛い婚約者のお強請りに、ノーと言えるオレじゃない。もちろんだと頷いた。スケジュール管理するじいやが何も言わないから、問題ない。


 キベリを貪る傭兵達の隣で、取り分けた分をリアムの口に入れる。ぱくりと雛鳥のように開いた口へ、外見芋虫を入れるのは抵抗あるけどな。美味しい高級フルーツだから仕方ない。好物だと言いながら、リアムの指がオレにキベリを運んだ。全部食べちゃってもいいんだぞ?


 楽しい朝食を終えて別れ、護衛は再びコウコにお願いした。見送りながらピアスの通信機に触れる。


「レイル、やっと連絡取れた」


 口調が尖るのは仕方ない。いろいろ頼みたいことや聞きたいことがあるのに、連絡が取れなかったんだから。何が直通の連絡方法だよ。


『余計なことだろ』


「そうでもない。西のお姫様といつ知り合ったの? 求婚断った理由は? 西の国王になる気ない?」


『……通信切るぞ』


 低い声で脅されたので、仕方ないから気持ちを切り替えた。西の国は安定してるので後回しだ。


「北の借金回収部隊の成果はどう?」


『お前、何を吹き込んだ? すごい形相で追いかけ回して、ほぼ全員捕まえたぞ。しかも屋敷の地下に埋められた金塊を発見するし、壁の穴に隠された宝石も掘り起こしてたぞ』


 ボーナス、そんなに期待されてるんだ。ここで見つけた財産を、傭兵がちょろまかす心配は不要だった。契約命なのが傭兵だし、ジークムンドが部下にそんな甘さを許すわけがない。もしちょろまかしたら、二度と仕事が出来なくなるんだ。そのリスクを理解させて管理するジークムンドに全部お任せしたからな。


「そんなに凄いの?」


『お前が貴族屋敷の保全を言い渡さなかったから、あちこち掘り起こされた。中には倒壊した屋敷もある』


「ああ、うん。尊い犠牲だったね」


 自分に関係ない屋敷の話なので、そこは他人事と笑う。隠さずに頭を下げて差し出せば、屋敷の倒壊には至らなかったはず。つまり隠して逃げ回ろうとしたから、見せしめにした可能性が高い。そこは許すのがボスの器だろ。


「それで、婚約式には間に合うかな」


『あと一週間もしないで終わると思うぞ。それからシンとヴィオラと陛下が騒いでる。殺し合いに発展する前に何とかしてくれ』


 苦笑いが口元に浮かぶ。あの3人が揉めるとなれば、誰が出席するかが原因だ。もう全員来ちゃえよ。宰相ってそのためにいるんだろ? 払った給与分、半日くらい王族全員いなくても問題ないよな。


 通常ルートでは長く移動するから、往復と滞在を含めて10日前後必要だ。でも転移で迎えに行って、1日滞在して翌日転移で送って行ったら。王族の不在はさほど長くない。よし、交渉させよう。


「今夜、話に行くって伝えてくれ」


『あいよ。それから頼まれてた調査関係の書類と、孤児院の運営費を横領しようとしたおっさんの情報もある。帰ってきたら連絡くれ』


 了解したと伝えて通信を切り、口元が緩んだ。


「なんだかんだ文句言いながら、北の国に馴染んでるじゃん」


 帰ってきたら連絡くれ? レイルの組織の拠点って、北の国じゃないだろ。なのに帰ってくると表現した。無意識なんだろうけど、いい傾向だ。この件で揶揄うのはやめておこう。武士の情けってやつか。


「キヨ様、武士の情けはここで使う言葉ではありません」


 口から漏れていたらしく、じいやにざっくり切られた。ぐぁああ、介錯してくれぇ。

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