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295.食堂会議ふたたび

 リアムがいなくなった途端、シフェルの表情が変わった。ぴりっとした緊張感が漂う。


「状況を報告し合いましょうか」


 促されて、オレは先に口を開いた。東の国を獣人達とアーサー爺さんに預け、南の国にジークムンドを据えること。一瞬考える様子を見せたシフェルが、隣の妹に声をかけた。


「ヴィヴィアン、宰相閣下をお呼びしてくれ」


「わかったわ」


 ひらひらとローブの裾を揺らしながら出て行く彼女を見送り、オレは欠伸を噛み殺した。なんだか眠い。


「少し休んでいい?」


「好きにしてください」


 つっけんどんな口調に聞こえるが、否定しない辺りが優しいんだろうな、たぶん。じいやが差し出したクッションを抱き抱え、机の上にうつ伏せに倒れ込む。出来るだけゆっくり来てくれ、ウルスラ。いっそ見つからないで明日にしてくれると助かる。


 どのくらい経ったのか、先に顔を見せたのはジャック達だった。


「お? キヨの奴寝てるのか」


「ジャックさん、ちょうど良かった。こちらに座ってください」


 シフェルに促されて、オレの隣に座ったジャックが不機嫌そうな声を出す。


「なんだ? 内緒話か」


「前宰相であられたアーサー殿が、再び東の国の舵を取ると聞きましたが」


「ああ、本当だ。祖父(じい)さんを宰相にして、国王に獣人を据えるんだとさ」


 ジャックは傭兵としての立場を崩さない。シフェルは慎重に言葉を選びながら続けた。


「アーサー殿の跡取りは……」


「俺は嫌だし、キヨが嫌うから親父も無理だな。誰か探せばいいだろ」


 適任者を探せ、継ぎたくない。世襲制という決まりもないため、ジャックはあっさり言い切った。少しの沈黙が落ちる。


「何か心配か?」


「アーサー殿の年齢が少し」


 資質じゃなくて、年齢か。確かに爺さんだから、長生きしてもらうにしても先が見えている。オレは顔を埋めたクッションの中で呻いた。見落としてたぜ。


「キヨ、起きているなら参加しなさい」


「やだぁ」


 反対側に顔を動かし、拒否を示したが……クッションを抜き取られた。頭を()つけそうになるが、持ち堪える。睨むオレの前に、ノアが枕を差し出した。


「おう、ありがと」


 再び顎を乗せて目を閉じる。寝ていたいのに邪魔したのはお前らの方だぞ。


「お待たせいたしました。エミリアス侯爵殿下、メッツァラ公爵閣下」


 ウルスラか。殺しきれない欠伸を手で隠しながら、顔を上げた。オレの名を先に呼んだってことは、もう皇族の筆頭分家当主から養子への手続きが進んだってことだな。流石に仕事が早い。有能な宰相閣下は違うな。


「お久しぶりです、宰相閣下」


 にっこりと笑顔で挨拶は基本だ。もちろん座ったまま挨拶を返す無礼はなく、起き上がって一礼した。じいやが満足そう。


「ここで会議をするのも久しぶりです」


 相槌のように、さらりと過去を匂わせてくる。以前にこんな開けた場所で難しい話をしてもいいのかと尋ねたら、こういった場所は隠れられないから都合がいいと言われた。ここの食堂、見晴らしが良すぎて殺風景だもんな。最低限の家具しかない部屋の硬い椅子を勧め、立ち上がった全員が腰を下ろした。


 じいやが手早くお茶の準備を始める。今度は緑茶だろう。くんと鼻をひくつかせ、嗅ぎ慣れた匂いに頷いた。完璧だ。


「東の国の宰相をアーサー殿に任せると伺いましたが、理由をお聞きしても?」


 ウルスラの硬い口調に、オレは懐かしさを覚えた。初対面で、女性宰相と聞いてびっくりしたんだよな。


「まず東の国の状況を把握している人が、国王の側近に必要だから。獣人達にいきなり国家運営は無理だし、経験者が適してる。さらに聖獣であるスノーが許したのが大きいかな」


 聖獣の決定権は大きい。それを散らつかせたオレに、ウルスラは反論しなかった。


「お話はわかりました。では南の国を傭兵に与える件をご説明いただけますか」


 納得してなくても最後まで話を聞いてくれるのは、ウルスラが優秀な宰相である証拠だ。途中で「でも」だの「だが」と口を突っ込む輩が多いからな。特に甘やかされた貴族階級は、すぐに自己主張を始めて他人の話を遮る。会話にならないんだよ。外交官なら一発退場だ。


「南に関しては、聖獣のマロンがジークムンドと契約すると言ったからね。オレが東の国を獣人に管理してもらおうと思ったのと、根本の部分は同じなんだ」


 一度話をきってシフェルとウルスラの顔を見て、このまま話を続けることを選んだ。


「差別された連中にさ、帰れる安全な場所を用意したいんだよ。孤児はもちろん、傭兵や獣人も。安全な逃げ場所って、絶対に必要だぜ」


 ニートだったオレは実感してる。誰かに咎められたり、嫌な目で見られたりしない逃げ場がどれだけ大切か。常に表しか歩いてこなかった奴らには分からない。だから、負け犬予備軍だったオレが用意するんだ。


「……一理あります」


 シフェルは意外にも譲歩を見せた。というより、否定する材料がないのか。表舞台を歩いてきた奴だって、逃げたくなったことの一回や二回あるのかも? ふっと笑って、ウルスラの反応を窺った。


「併合は無理ですか?」


「無理。絶対にダメ、リアムと契約する聖獣はヒジリだけだ」


 実際には契約してくれる聖獣はいる。コウコはリアムと相性がいいし、スノーやマロンもオレが頼めば文句言わない。ブラウはよくわからないが、逆らう可能性は低かった。


 でもダメだ。特産物がなくなるとか、気候が統一されて旱魃などの被害が広がりやすいとか。正当な理由だけじゃない。オレのエゴだった。


 聖獣をすべてコンプリートした立場を彼女に渡すのは、まったく抵抗がない。喜んでくれるなら譲渡する。ただ、彼女が国を統一したら、オレ達の子が相続するのは確定だった。その場合、今のリアム以上に子どもが危険にさらされる。命の危機はもちろん、女の子なら貞操も狙われるし、男の子でも傀儡にされるだろう。


 子々孫々、ずっと餌食にされる可能性があるのに、その選択肢を選ぶ親はいないだろ。気が早いとか言うなよ。実際に他国の状況を見ての実感だった。そこまで彼らに説明する気はないけど。


 きっぱり断ったオレの顔を見つめたシフェルは、机に肘をついて考え込んだ。ウルスラは腕を組んで目を閉じる。どちらも真剣に、可能性や危険を秤にかけているのだろう。オレより頭のいい彼と彼女なら、同じ結論に辿り着くと思う。


「懸念は理解できました」


 シフェルは苦笑いしながら、ブロンズ色の前髪をかき上げた。顔に残る傷が嫌に目につく。


「私はキヨの案で構いません。不都合があればその都度変更すればいいでしょうし、キヨがいるなら聖獣殿は世界を守ってくれるでしょうから」


 世界や国が壊れる前になんとかしろ。責任持つなら好きにしていい。そんな意味合いだった。


 ウルスラが溜め息を吐いて口元を緩める。彼女の前に置かれたカップに、じいやがお茶を注ぎ足した。じいやの急須いいな、これ欲しい。黒い艶のある急須がカッコいいぞ。


「その案で調整します。各国の国王が決まったら顔合わせをしましょう。西の国は王女殿下の婚約者が決まりました」


「へぇ、誰になったの?」


「自国の公爵家から選んだと聞いています。本当は北の国の王弟のご子息様を希望されたそうですが」


 レイル? どこに接点が?

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